トランプ大統領:シリア北部の米軍撤退発言で中東に激震 2019.10.9

6日、トルコのエルドアン大統領は、トランプ大統領に電話をかけ、長年計画していたシリア北部のクルド人勢力への攻撃を実施すると伝えた。これについて、トランプ大統領は、アメリカはこれには関与しないことを決め、地域にいる1000人の米軍を撤退させると発表。これまでに約20人が撤退したと伝えられている。

トランプ大統領は、撤退と同時に、この地域にいるIS生き残りとその家族の管理もトルコに任せるとし、中東の問題は中東自身で解決すべきであり、アメリカ人の血税を使うべきではないとの従来の考えを繰り返した。

www.bbc.com/japanese/49956496

中東からの米軍撤退は、トランプ大統領の選挙公約である。トランプ大統領は、就任当初にもこの発言をして、イスラエルを含む中東、世界がいっせいに反発。結局、中東からの米軍の撤退は実現しなかったという経過があった。来年の選挙を前に、今、その実現をあせっているとみられる。

<トルコのクルド人攻撃に青信号?:直後にトルコの経済破壊予告>

今回、トランプ大統領は、トルコがクルド人を攻撃するということを聞いた上で、米軍を撤退させるということなので、実質、アメリカがクルド人を見捨てたということに他ならない。

実際、トランプ大統領のこの発言からわずか数時間後、シリア北部では、クルド人の輸送隊が、トルコ空軍によってすでに空爆された。クルド人勢力は、アメリカはクルド人を見捨てたと非難している。

www.rt.com/news/470397-turkey-bombs-kurds-syria/

これを受けて、トランプ大統領は、「クルド人を見捨てたわけではない。」と釈明。「もしトルコが、クルド人勢力に攻め込むことがあれば、アメリカはトルコの経済を破壊する。」と、すでに侵攻準備を整えたトルコに強い口調で釘をさした。

しかし、トルコに攻撃を黙認するといいながら、攻撃するなら、経済制裁するというトランプ大統領の発言は、大きく矛盾しているといえる。BBCによると、トルコ軍は、すでにシリアとの国境に続々と戦力を派遣強化しており、エルドアン大統領は、「準備は整った。」と言っているとのこと。

www.bbc.com/news/world-middle-east-49978567

<アメリカ国内からも批判殺到>

中東では、先月、サウジアラビアの油田がイランの攻撃を受け、米軍との対立が高まっている最中である。その中で、イランの進出が問題になっているシリアからの米軍撤退では、まさに何を考えているのかと言われてもおかしくないだろう。

シリアからの撤退は、結果的に、アメリカは中東での足がかりを失うことにつながり、イラン、そしてロシアに中東の支配権を引き渡すことにもつながっていく。トランプ大統領は、政権の全員と協議したと言っているが、大統領自身の共和党内部からも、この決断に反発する声が相次いでいる。

<イスラエルの見方:ユーフラテス川の東>

クルド人自治区は、今、問題になっているシリア北部からユーフラテス川東側に続く広大な地域。このうち、シリア北部は今、シリア反政府勢力がアサド政権軍に押されてのがれてきて最後の砦となり、戦乱の中にある。ロシア、イランによる非人道的な攻撃が時々報じられている地域である。

この地域に今、トルコが攻撃を開始しようとしているわけだが、この地域を制覇したあと、トルコが、広くクルド人自治区にまで進出してくる可能性も出てくる。

ユーフラテス川東のクルド自治区には、今も米軍が駐留しているので、トルコが攻めてくることはない。しかし、米軍がここからも撤退した場合、クルド人は孤立無援となるため、生き残りのために、アサド政権(背後のイラン)に投降するしかなくなる。そのアサド政権は、イラン、ロシアの支配下にあるといってもよい。この2国とトルコの3国は、シリア問題においては強力関係にある。

今、アメリカがクルド人を見捨てて撤退してしまった場合、ユーフラテス川東という戦略上、非常に重要な地域に、ロシア、イラン、トルコが勢力を維持するようになる。

すると、イスラエル北部のレバノンにまで続く道が続いてしまい、大きな軍隊が、障害なく来ることができるようになる。これはイスラエルにとっては非常に危険なことである。

これを避けるため、イスラエルは、ユーフラテス川に近い、シリアとイラクの国境付近にまで足を伸ばしてイランの拠点への散発的な軍事攻撃を開始している。しかし、イラクは9月30日、このユーフラテス川に近いシリアとの国境を開放すると発表した。これはイランが、イラクを通ってシリアに行きやすくなったことを意味する。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5600269,00.html

今後米軍がどうなっていくのか、イスラエルは高い関心と警戒をもって、ことの動向を見守っている。

トランプ大統領は、イスラエル支持派とみられ、イランへ強硬姿勢にも積極的で、イスラエルも感謝していることは多い。しかし、トランプ大統領の動きは予測不能で、イスラエルも懐疑的にならざるをえないようである。

先月、サウジアラビアの油田が攻撃された後、アメリカがイランへの攻撃に出るのではと世界に緊張が走った。しかし、アメリカは軍事攻撃には出ずに、経済制裁を強化し、制裁の軽減を餌に、イランの直接交渉を行うよう圧力をかける道を選んだ。

イスラエルは、アメリカがイランとの戦争を避ける点には合意するが、アメリカがイランとの交渉に臨むことには反対している。交渉で、また甘い条件でイランの核開発が受け入れられることを懸念するからである。

厳しい制裁を継続することで、イラン市民によって今のイランの現イスラム政権が崩壊し、別のイスラム主義でないイラン政権になることがベストである。しかし、トランプ大統領は、その点にはこだわりがなく、現政権の生き残りに反対しているわけではないようである。

イスラエルは自己防衛に関しては、たとえアメリカであっても全面的に依存することはない。したがって、トランプ大統領の予測不能なジグザグに想定内であり、今回のシリアからの米軍撤退発言も、大きな驚きではなかったようである。最終的には、自分を守るのは自分でしかない。イスラエルがホロコーストで刻んだ厳しい教訓である。

<石のひとりごと>

シリアから米軍撤退、ネタニヤフ首相起訴前聴聞、3回目総選挙の可能性。。。並べるとなんとも気が狂いそうになるが、それでもイスラエル国内では、何かがおこってしまうまでは、日々の日常にはなんら変わりはない。今日の静かなヨム・キプール。ネタニヤフ首相は何を考えているのだろうか。

46年前の1973年、このヨム・キプールの日に戦争が始まった。断食してシナゴーグで祈っていた人々に徴兵令が発せられた。家族たちは、息子やお父さんたちを突然見送らなけれなならなかった。

来るべき時には来る。イスラエルの人々にとって、それは現実である。そこから目を離さず、逃げることなく、できる準備はしておく。しかし、そこに支配されて、日々恐れて生活する人は一人もいない。来る時には来る。だから、後悔しないよう、1日1日を楽しんでいる。

そういうイスラエル人の姿に学ばされる点である。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。