ベネット首相が仲介着手:安息日にモスクワでプーチン大統領・ベルリンで西側首脳と会談 2022.3.7

モスクワへ向かうベネット首相 PMOffice

ベネット首相安息日にロシアのプーチン大統領とドイツのショルツ首相訪問

昨年10月にプーチン大統領を訪問したベネット首相とエルキン住宅相

5日土曜朝、安息日の中、ベネット首相がモスクワを電撃訪問し、プーチン大統領との直接会談を実施した。ロシアのウクライナ侵攻がはじまってからプーチン大統領と会談する西側首脳としては初である。

同行したのは、ゼエブ・エルキン住宅相。ウクライナのハリコフ出身で、ロシア語が堪能である。昨年10月に、ベネット首相がプーチン大統領を訪問した際にも同行していた。エルキン氏の家族はまだ激戦地になっているハリコフにいるとのこと。

ベネット首相は、モスクワでプーチン大統領と3時間話したあ

と、ゼレンスキー大統領と電話で話をし、その後、ドイツへ移動して、ショルツ首相と会談。この後、フランスのマクロン大統領とも電話で会談し、土曜夜に帰国した。

さらに帰国後の日曜、再度プーチン大統領と電話で会談。その後、ショルツ首相、マクロン大統領と会談してた。また、この一連の訪問の前には、ウクライナのゼレンスキー大統領(前にベネット首相に仲介を依頼)と、アメリカからの承認も得ていたとのこと。月曜には、ラピード外相が、ブリンケン米国務長官と話し合う予定になっている。

ベネット首相のこの巡回の内容に関する詳細は不明だが、今回、ベネット首相は、自らの停戦案を持ち回ったのではなく、まずは、あちこち動きまわって、それぞれの思いや考えを、それぞれに伝える連絡係のような動きをしたもようである。

ヤド・ヴァシェム訪問中のベネット首相とショルツ独首相 GPO

なお、ドイツのショルツ外相は、先週、エルサレムに来て、ベネット首相と会談していた。無論、ヤド・ヴァシェムも訪問しており、ホロコースト問題も交えて今回のロシア侵攻、ベネット首相のプーチン大統領訪問についても話し合われていたとみられる。

www.timesofisrael.com/bennett-israel-has-moral-duty-to-mediate-between-moscow-kyiv-even-if-chances-low/

今のところ、ベネット首相が動いたことで、めだった大きな前進があったわけではないが、今日、行われる予定の3回目交渉になんらかの貢献があった可能性もある。

ベネット首相は、プーチン大統領と会談した後、「世界のメディアが言っているように、プーチン氏の精神状態がおかしいということはない。」と言っていたという。

これについて、アメリカは、ロシアが、ベネット首相を使って、ロシアの悪いイメージを変えようとしているのではないかと懸念を表明した。しかし、プーチン大統領のプライドを回復させることが、問題終結への一つの条件になるかもしれない。

www.timesofisrael.com/bennett-found-putin-to-be-rational-during-meeting-report/

帰国後すぐの閣議で、ベネット首相は、「進展はあまり期待できないとしても、イスラエルが仲介者として動くことは、道徳的にもやらなければならないことだ。」と語っていた。

なお、ベネット首相と、エルキン住宅相は、2人とも敬虔なユダヤ教正統派である。その2人が安息日に、あえて飛行機に乗りモスクワ、さらにはベルリンへ行ったということは、これが命に関わる緊急重要事項であるとの判断であったということである。

また、安息日であったこともあり、プーチン大統領や、ショルツ首相とのツーショット写真が全く撮られていなかった。政治的なスタンスではなく、これまで通りのできるだけ目立たないようにという方針の維持もまたうかがえるところである。

ベネット首相が仲介に出る背景:イランとの核合意との関係は?

今回、ベネット首相が、プーチン大統領を直接訪問できたのは、これまで、イスラエルが、シリア問題でロシアとの関係維持に相当勤めてきたこと。また、今回の侵攻についても、ロシアが主導権を握るシリアでのイラン攻撃の可能性を維持するため、直接のロシア批判を避けてきたことがあげられる。西側諸国で、プーチン大統領と、直接話ができるのは、いまやイスラエルぐらいであろう。

トルコもロシアと一定の関係を維持しているので、仲介をめざして動いているが、トルコのエルドアン大統領は、少し前までロシアと共に、今欧米が核合意でにらみあっているイランと関係を強化している動きがある。西側首脳にとっては、ベネット首相以上にトルコを信頼するということはありえないだろう。

イスラエルもまた、これを機に自国にとっても有利になるようにと、考えている可能性もある。一つは、まだウクライナ国内にいるイスラエル人と、移住権利があるとみられるユダヤ人20万人の安全な脱出を要請すること。また、イランと西側諸国が今、ウイーンで行っている、イランの核交渉において、イスラエルの言い分を聞いてもらうという点である。

今、ウイーンでは、アメリカが中心になって、イランとの核合意(JCPOA)を復活させる交渉が大詰めに入っており、今出されている案で合意に至るのは近いと言われている。もし合意に至った場合、イランは核開発を部分保留とし、そのみかえりに、世界はイランへの経済制裁を徐々に緩和する。

そのJCPOAにおいて、ロシアは、今、ウクライナで敵対関係にあるEUなど欧米諸国と並んでの関係国である。なんともややこしいことだが、ウイーンにおいては、欧米とロシアはイランを前に同じ敵を敵としているわけである。

これについて、イスラエルのベネット首相は、この案は、前の合意より甘く、将来、イスラエルだけでなく、中東地域に危険に陥れると強い危機感を表明している。

Russian Foreign Minister Sergei Lavrov attends a meeting with his Kyrgyz counterpart in Moscow on March 5, 2022. (Photo by SERGEI ILNITSKY / POOL / AFP)

しかし、この10日ほどの間に、世界情勢は一変。アメリカをはじめ、世界はいっせいにロシアへの超厳しい経済制裁を発動した。ラブロフ外相は、5日、JCPOA関係国に対し、もし今のイランと核合意に賛同してほしいなら、アメリカが、ロシアとイランとの貿易(武器含む)については、制裁対象から除外することを条件とすると発表した。

ロシアが、イランとのJCPOAに合意しない場合、この計画はすすまない。一方、アメリカが、今ロシアに課している経済制裁を、イラン相手についてだけは免除するということもありえない。ブリンケン国務長官は、ウクライナ問題と、イラン問題は、まったく別問題だとして、ラブロフ外相の声明を一蹴した。

しかし、結果的には、今のJCPOAは、合意できないということになる。これはイスラエルにとっては、好ましいといえるかもしれない・・・ともいえないかもしれない。JCPOAでの合意がなかった場合、イランがいよいよウランの濃縮を加速し、核兵器にしてしまうかもしれないからである。

ラブロフ外相が、この声明を出したのは、ベネット首相が、モスクワのプーチン大統領を訪問したと同じ5日であった。この訪問と、ラブロフ外相の声明の間になんらかの関係があるかどうかは、全く不明とされている。

www.timesofisrael.com/russia-says-wont-back-iran-nuke-deal-without-us-guarantees-over-ukraine-sanctions/

ロシア富豪のオリガルヒが制裁前にイスラエルに来ていた?

ロシアには、オリガルヒプーチン大統領を支えていると言われている新興財閥の大富豪の集まり、オリガルヒと呼ばれる人々がいる。その一人がユダヤ人のロマン・アブラモビッツ氏(サッカーのシェルシー保有者)である。

アメリカはオリガルヒらに経済制裁を発動し、資産の凍結を実施した。しかし、これに先立つ先週、オリガルヒたちが、トルコの飛行機で、イスラエルに7回も入国していたことがわかっており、なんらかの制裁回避をしたのではないかとの報道が出ている。

イスラエルが何か関係しているかどうかは全く不明だが、オルガルヒたちが、プーチン大統領から離れ始めているとの記事が、出回りはじめている。

www.timesofisrael.com/oligarchs-could-be-flying-to-israel-on-chartered-jets-to-evade-sanctions-report/

石のひとりごと:イスラエルが加わることに少々懸念も

イスラエルは、いよいよ仲介に乗り出したようだが、それにより、逆にロシアがイスラエルへの怒りにつながるような流れにならないだろうかとも思ったりする。今のロシアの様子をみれば、状況を作り上げ、情報操作をすることで、他国の攻撃を正当化してしまうことは、簡単なことだろう。

ウクライナ危機は、日に日に悪化している。アメリカはさらなる経済制裁に踏み込むという。こうなるとロシアが目を向けるのは、まずは、中国。そうして、先の特別国連総会(2日、141カ国)でロシアへ即時撤退を求める非難決議にロシアに反対票を投じたか、棄権に回った国ということになる。

反対票を投じたのは、ロシア、ベラルーシ、シリア、北朝鮮、エリトリア。問題なく、すでにロシア側に立つ国々である。棄権標と投じたのは、中国、イラン、イラク、アルジェリア、スーダンなど35国であった。

もし今後、イスラエルが仲介の中で、ロシアを怒らせてしまうようなことがあれば、これらの国々が、正義感に燃えて、イスラエルに攻め込むという、まさにエゼキエル戦争(ゴグ・マゴグの戦い:エゼキエル38ー39章)の形もありえなくない様相である。

イスラエルがこの問題に入っていくことで、本当に停戦になっていけばよいが、若干、少しの不安も感じるところである。まるまる石のひとりごとではあるが・・。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。