過越の祭り2024:人質まだガザから解放されてない中 2024.4.24

あまりにもつらい過越の祭り

イスラエル、また全世界では、4月22日(月)日没から、過越の祭り(ペサハ)が始まった。過越の祭りは、かつてヘブル人(ユダヤ人)たちが、奴隷となっていたエジプトから、モーセを筆頭に解放され、自由になったことを記念する、聖書に明記されている祝祭日である。

しかし、今年の過越は、皮肉にもガザ地区での戦闘が200日目(23日)を迎え、100人以上の人質がまだ解放されていないという状態での過越となった。いわば、神の約束とはやや違うのではというような、過越である。

過越の夜は、ユダヤ人たちは、エジプトを出る際、急ぎ種無しパン(イーストで膨らんでいないパン)を焼いて食べたと言われている。このため、ユダヤ人はこの日から1週間、種無しパンを主食とする。

ペサハの始まりには、「今夜はいつもと何が違うの?」と歌いながら、出エジプトの喜びを語るのだが、「今年はいつもと全く違う」との記事もあった。

海外のユダヤ人も過越:急速に悪化する反ユダヤ主義の大嵐の中で

以下はニューヨークのユダヤ人たちのセデルの夜の様子。人質を覚えている。またアメリカでは、今急速に、悪化する反イスラエルデモの中にいる。ホロコーストサバイバーの娘の女性は、同じこと(ユダヤ人迫害)が始まろうとしていると懸念を語っている。

“いつもと全く違う”過越し:今年は祝わないと言う人質家族たち

1) テルアビブの人質広場で覚える過越

毎年、過越を準備してくれた母が10月7日、自宅から50メートル地点でハマスに殺され、それを目撃した妹(姉)は、今もまだガザで人質になっているという男性は、「今年は過越を祝えない」と語っている。

以下は、テルアビブの人質広場に設置された、まだ帰ってこない人々の空席となっているセデルのテーブルと、家族に犠牲者がいるイスラエル人たちのコメント

人質広場では、100人の犠牲者と、ガザ周辺のキブツ・べエリの住民たち約500人が、犠牲者や人質を覚えつつ、一緒にセデルの時を持った。

キブツ・べエリでは、当初30人が拉致され、人質となった。このうち13人が釈放され、その後6人の死亡が確認されたので、11人が今もガザにいるとみられている。以下は、アルジャジーラの報告(ユダヤ系メディアは撮影ができないため)

2) テルアビブの防衛省前で特別イベント:人質と不明者家族の会

セデルの翌23日夜には、テルアビブの人質広場で、6人のパネル(人質の親族、犠牲者遺族、国内避難民などさまざまな立場の人たち)を前に、オープンQ$Aのイベントが行われた。しかし、質問というよりは、それぞれの思いをシェアするような1時間半だったという。

集会の途中、人質解放を訴えるグループの中で、反政府デモを伴うデモを行うグループが、その主張をしたという。しかし、人質家族全てが、反政府を今訴えるとは限らない。

キリヤ入り口に座るガザ捕虜の人質の親族ら。(チャーリー・サマーズ/タイムズ・オブ・イスラエル)

意見は違うが、どちらも人質家族である。イベントの主催者で、息子を、ガザのカンユニスでの戦闘で失ったアディ・エルドールさんは、こうした人質関連のイベントは、人々の関心を人質に戻すことであるとし、政府打倒については同意するものの、今は一致すべき時だと思うと語っている。

イベントの後、人質家族の中には、口にテープを貼り、手を赤く染めてしばりつけた様子で、その向かいにある防衛省(キリヤ)に向かって人質奪回を訴えた。

www.timesofisrael.com/hostage-families-hold-public-qa-panel-to-mark-200-days-of-loved-ones-captivity/

3)過越にネタニヤフ首相官邸で怒りをぶつけた人々も

過越は22日日没から、23日だが、その夜、人質家族のグループ数百人は、カイザリヤのネタニヤフ首相官邸前に集まり、人質がまだ解放されていないというのに、ネタニヤフ首相は、過越を祝うべきでないと訴えるデモを行った。

直ちに人質を取り戻すべきであり、それができない首相は退陣するべきだと訴え、「セデルではないテーブル」を象徴的に燃やした。

www.timesofisrael.com/israelis-mark-passover-under-shadow-of-war-absence-of-133-hostages-still-in-gaza/

それでも過越は祝うとユダヤ教ラビ

しかし、基本的にどんな時でも、主にある希望は失わないとするのが、ユダヤ教である。

ユダヤ人は、ホロコーストの時代、周囲にいる同胞が次々に殺され、また餓死病死する人々が続出であった、解放の希望はまだかけらも見えないゲットーにいる時でさえ、過越は祝っていた。

日本にもユダヤ人がいる。写真は、神戸のユダヤ教シナゴーグでのセデルのテーブル。各席に、人質の写真が置かれていた。

その1週間前、ラビ・シュムリックとガザでの問題を話し合う中、ラビは、「さて、今は過越だ」と言っていた。

神戸のシナゴーグには、過越の夜、250人から300人近い在日ユダヤ人とその家族が集まった。ラビシュムリック含め、多くのイスラエル人は、戦争中の祖国に家族がある人々である。

セデルで人質を覚える際に、朗読されていた聖書箇所は、詩篇28であった。

主よ。私はあなたに呼ばわります。私の岩よ。どうか私に耳を閉じないでください。私に口をつぐまれて、私が、穴に下る者と同じにされないように。

私の願いの声を聞いてください。私があなたに助けを叫び求めるとき。私の手をあなたの聖所の奥に向けて上げるとき。どうか、悪者どもや不法を行う者どもといっしょに、私をかたづけないでください。彼らは隣人と平和を語りながら、その心には悪があるのです。

彼らのすることと、彼らの行う悪にしたがって、彼らに報いてください。その手のしわざにしたがって彼らに報い、その仕打ちに報復してください。彼らは、主のなさることもその御手のわざをも悟らないので、主は、彼らを打ちこわし、立て直さない。

ほむべきかな。主。まことに主は私の願いの声を聞かれた。主は私の力、私の盾。私の心は主に拠り頼み、私は助けられた。それゆえ私の心はこおどりして喜び、私は歌をもって、主に感謝しよう。主は、彼らの力。主は、その油そそがれた者の、救いのとりで。

どうか、御民を救ってください。あなたのものである民を祝福してください。どうか彼らの羊飼いとなって、いつまでも、彼らを携えて行ってください。

(詩篇28章 ダビデ王による詩)

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。