オンラインから対面式礼拝を再開:ニューヨークの講壇から 2021.10.13

ニューヨーク wikipedia

ニューヨークのコロナ事情

アメリカの新型コロナによる死者は、世界ダントツ最悪の71万人を超えた。この中で、マンハッタンを含むニューヨーク市では、昨年、世界に先駆けて新型コロナが猛威をふるい、これまでに総人口880万人中110万人が感染。一時、医療崩壊をきたして、死者は3万4000人を超えている。

現在は、ニューヨーク市のデータで、最新1週間の平均で、新規感染者は1日1268人(陽性率2.89%)。入院は35人で死者は 7人といずれも減少傾向にある。*ニューヨークではPCR検査をいつでもどこでも無料で受けられる。

Times Square Church:対面礼拝再開

こうした中、マンハッタンのブロードウエイにあるタイムズ・スクエア・チャーチも18ヶ月ぶりの9月12日、ようやく通常の対面式礼拝を再開した。教会では、かなり慎重にその時期を見極めて、会場の改修も含めて準備を行い、今も厳しい感染予防対策の元での集会を行っている。

この再開最初の日、人々は朝7時から列を作りはじめたという。9時にロビーが開いた時には、全員が入りきれなかった。10時の礼拝前に会堂の扉が開くと、人々は、泣きながら喜び、賛美しながら会堂に入ってきたという。

まるでバビロン捕囚から帰ってきた人のようだったと、ディレナ牧師は、その様子を感動をもって語っている。*教会はブロードウェーシアターで2000人?程度の収容で100種類ともいわれる人種が一同に集まる。

しかし、教会は前と同じではない。対面式礼拝ができなかった18ヶ月の間、タイムズ・スクエア・チャーチでは、礼拝をオンラインで流すとともに、アメリカ各地にとどまらず、世界諸国でもオンラインによるコネクト・グループの立ち上げた。オンラインで毎週ともに礼拝し、ディレナ牧師が毎日配信しているディボーションを使って、フェローシップを続けた。

この18ヶ月の間に、登録したコネクトグループは、アメリカ国内意外にも、アルゼンチン、ブラジル、カナダ、コロンビア、ドミニカ、フィンランド、フランス、ガーナ、香港、ギリシャ、ハイチ、ホンデュラス、ジャマイカ、ニカラグア、イスラエル、パナマ、フィリピン、スペイン、ロシア、ウクライナと広がっている。

これらの世界を結ぶグループがいっせいにバプテスマをする映像を流したことがある。世界中で同じ主を信じると告白している様子は、この時代ならではの光景であった。

*オンライン礼拝の是非について

オンライン礼拝が対面礼拝の代わりにはならないことは明らかである。実質の関係、現実的に関わりながら成長し、困難の時には助け合うということがないからである。

クリスチャンは、個人での証だけでなく、教会に属し、そこで自らに与えらた使命を果たすということで、コミュニティとして主を証するという使命も与えられている。

これは聖書的である。聖書に基づくユダヤ教は、常にコミュニティあっての自分だと考えている。知人のユダヤ教ラビが、「コロナはコミュニティを集まれなくした。最悪だ。」と言っていた。

一方、オンラインであれば、どうしても教会に行けない病弱な人や入院中の人、登校拒否にある人のほか、絶対に教会に行かないといっている人が、福音を聞くチャンスにもつながる。

タイムズスクエアチャーチでは、HPサイトと、ユーチューブで流す礼拝メッセージの最後に必ず、福音と招きがなされ、その後連絡するべき番号が示されている。

世界的にも多くの教会が集まれなくなって献金が低下し、活動が難しくなったところも少なくない。しかし、タイムズスクエアチャーチでは、オンラインでの献金が、だれでもいつでも、外国からでも簡単にできるシステムを導入しており、大きな問題はなかったようである。

コロナがもたらしたデジタル化は教会にも来ている。今後は、特にメガチャーチと言われているような大きな教会の場合、対面とデジタルのハイブリッド式が続いていくと言われている。

外側のものは内面にあるものを破壊することはできない

ディレナ牧師によると、最初に対面礼拝をした日の翌日月曜は、大変な1日になったという。まずは、コロナ陽性者が出た。また、火曜日には教会前で、ナイフによる暴力事件となった。教会を開けたとたん、問題につぐ問題が来たという。

ディレナ牧師は、パウロがイタリアへ向かう船に他の囚人とともに乗っていた時、船が大嵐にあって難破したところから話をすすめた。この船は難破したが、マルタ島に座礁して、中に乗っていた囚人たちは一人も死ななかった。非常に寒い時であった。

パウロたちにとっては島の住民が何者か分からず、恐怖であったと思われるが、意外にも、住民は親切に暖を提供してくれた。暖かくなってくると、1匹の毒まむしがパウロの手についた。しかし、パウロは、それを火の中に振り落とした。(使徒の働き27-28章)

その後パウロはローマに到達し、エペソ書、コロサイ書、ピリピ書、ピレモンへの手紙を、そのまむしがとりついた手で書くこととなった。

この話から、問題は、一つ解決しても次と、次から次へとやってくるものであるということがわかる。特に火がついて暖かくなると毒のあるまむしが出てくると書いてある。教会が生き生きと燃え始めると、まむしのような問題が来るということである。

さらには、そのまむしは、パウロの手にとりついた。これからまだ4つの書を書くはずの手である。私たちは、多くの困難を乗り越えるが、それで終わりではなく、その後には蛇がでてくるということを覚悟しなければならないとディレナ牧師。

この時に大きな武器になるもの。それは、ともに立つ人がいるかどうかだという。パウロですら、この船の座礁など一連の困難の時、そばにルカがいたのであった。

これはユダヤ人にも聞いたことであるが、最後に武器になるのはコミュニティである。「私」ではなく、「私たち」でいることでチームワークが可能となり、大きな力を発揮できるとディレナ牧師は強調していた。コロナはいわばこれを壊そうとしたということである。

しかし、ディレナ牧師は、これら一つ一つの試練が、私たちを正しい道に引き戻すこともあるとも語る。自分の計画だけでは到達しないことを、試練や困難によって実現させられることもある。過去18ヶ月のオンラインがなければ、今のTimes Square Churchにはなっていなかったと語る。

ある時、「全能の神・救い主イエスキリストの宮・主イエスキリストの使徒教会」という長い名前の教会の牧師が帰宅が遅くなり、妻に電話したところ、不思議に出なかった。しばらくしてまた電話したら出た。最初の電話は間違い電話であったということである。

ところが、後である人がこの牧師のところに来て、「僕に電話しましたか」と言った。その人は、あの夜、自殺しようとしていたという。

直前に「もしこれがまちがっているなら教えて欲しい」と祈ったら、その直後に、この牧師からの間違い電話がなった。

教会の名前が、全部は出なかったが、その先頭部分「全能の神、救い主イエス」が携帯に出てきた。それで、その人は自殺を思いとどまったという。

主はなんでも用いるということである。また主の計画はすべてなる。それまではパウロのように、苦難を乗り越え続けられるはずだということである。

ディレナ牧師は、今、覚えたいことは、いくら苦難が出てきて倒されても、また起き上がるということだという。かつて60年代に、いくら倒しても、すぐに起き上がってくる人形があった。あの人形は、底の部分に重いものが入っていることにより、何度でも起き上がれる。

それと同様に、私たちのうちに主がおられる限り、必ず起き上がれる。主の計画はぜったいになるまで倒さることはない。パウロは生き残ってまだすることがあったから、船の難破も寒さも、島民の危機も、まむしにも全部、起き上がったのである。主の計画は必ずなるということである。

必ず起き上がる人形のように、内なるものは外からの攻撃に関わらず、その使命が終わるまでは、必ず起き上がる。終わりなく襲ってくる苦難にけっして諦めてしまわずにいれば、必ず起き上がれるということである。

石のひとりごと

先日、第一コリント10:13を読んでいて思わされた。

あなたがた会った試練は、みな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくだださいます。

このみことばからすると、ディレナ牧師がいうように、私たちが生きている限り、試練はあるということである。このみ言葉を読むたびに、以前、夫を病で見送ったばかりの女性が、グリーフケアで、「このみことばは本当ではない思います。私はこの試練に耐えられない。」と語ったことを思い出す。

彼女にとっては、ほんとうに耐えられない日々なのだろう。しかし、それは彼女の目の前にあるということは否定できない事実である。私たちの人生には、まさに耐えられないような試練が来る可能性はあるということである。

しかし、このみことばが教えるのは、そこであきらめないでいれば、必ず脱出の道はあるということ。

ユダヤ人たちは、本当に耐えられない試練にばかり直面してきた。しかし、建国以来、次々にイスラエルを襲った試練を、すべて通ってきたシモン・ペレス故大統領は、「絶望という状況はありません。絶望している人がいるだけです。」と言い残している。

どんな状況でも必ず解決の道はある。これが、「試練とともに、必ず脱出の道が備えられている」と信じることなのだろう。

私たちの中には、主がおられる。試練の時に、私たちの内に主がおられる限り、私たちは必ずまた起き上がる。このコロナの危機で疲れ切っている方々も今一度、このメッセージを受け取り、新しい時代に向かっていく励ましになればと祈る。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。