メルケル独首相がお別れのイスラエル訪問 2021.10.11

メルケル首相とベネット首相 GPO

メルケル首相:最後のイスラエル訪問

ドイツ連邦共和国で、2005年から16年間、首相を勤めたメルケル首相が今月30日、首相を退陣する。退陣を前に、メルケル首相が10日、6回目となるイスラエル訪問を果たした。この訪問は8月に予定されていたが、コロナ情勢により、10月に延期されていたものである。

ベネット首相は、メルケル首相が滞在するキング・デービッド・ホテルで首相を迎え、特にメルケル首相の時代に、ドイツとイスラエルの友好関係は、今まで以上に強固になったと感謝を述べた。

メルケル首相は、次のように述べた。「就任中、私は政府をあげて、ドイツとイスラエルの関係強化に取り組んできた。国家間の関係に影響するのは、過去のことだけでなく、共通の将来という視点においても同様である。

ショア(ホロコーストのヘブル語)という人類への犯罪の後で、これまでに両国が築き上げてきたような関係は、歴史がドイツに与えてくれた大きな幸運であった言えるのではないかと感じている。歴史が、ドイツとイスラエルの関係がリセットされ、新たな関係に進みうることを教えてくれたからである。」

www.timesofisrael.com/bennett-tells-visiting-merkel-iran-closer-than-ever-to-nuclear-weapon/

メルケル首相は、閣議に出席したり、イスラエルの女性政治家たちに会っている。長く対話してきたネタニヤフ前首相との会談はなかった。以下は、メルケル首相を迎えての特別閣議

イラン問題で合意:パレスチナ問題では合意せず

イスラエルの今の最大の懸念はイランである。イランは、世界諸国との合意から逸脱し、核兵器になりうるウランの濃縮を生産していると言われている。IAEA(国際原子力機関)は10日、イランが、20%まで濃度の上がったウランを120キロ以上保有していると発表したところであった。(合意によるウラン濃度の上限は、3.67%まで)

イランとの核合意JCPOAの一員であるドイツのメルケル首相は、ベネット首相との共同記者会見において、この数週間ほどが、イランとの核合意に復帰できるかどうかの瀬戸際であること、またそれがロシアと中国の出方しだいだとの認識を明らかにした。その上で、ドイツ政府は常にイスラエルの治安を最優先に考えると表明した。

これに対し、ベネット首相は、イランが核保有国になることを自由世界が受け入れることは、道徳的な問題にとどまらず、世界への脅威になると述べた。イラン問題と、イスラエルの治安維持に関して、ドイツとイスラエルは、基本的には同じ方向を向いているといえるだろう。

一方、パレスチナ問題については一致していない。メルケル首相は、現状ではほぼ希望なしの状態に見えるとしながらも、あくまでもパレスチナ人の国を設立し、2国家2民族案を実現することを支持する立場である。

これに対し、ベネット首相は、パレスチナ人を無視しているわけではないとし、彼らが動かないので私たちも動かないということだと述べた。また、これまでの経験から、パレスチナ人の国ができるということは、テロ国家が、私の家から7分のところに出来上がる可能性が高いということだ。

私は現実思考の人間だ。今、現実的に、ユダヤ人、アラブ人、ユダ・サマリアの人々、ガザの人々、全ての人にとっての最善を考えようとしていると答えた。

メルケル首相の立場は、現在、新政権発足にむけた移行政府の首相である。訪問は、100%政治的ではないとみえ、今回は、パレスチナ自治政府のアッバス議長との会談はない。

www.timesofisrael.com/israels-security-remains-a-priority-for-germany-merkel-says-on-farewell-visit/

6回目ヤド・ヴァシェム訪問

メルケル首相が、ヤド・ヴァシェムを訪問するのは、これで6回目である。同胞ナチスドイツによる虐殺に関する場所に行くことは、ドイツ首相にとって、容易なことではないだろう。今回は、ベネット首相と、自らもホロコーストサバイバーであるイスラエル・メイール・ラウ前チーフ・ラビも同行した。新しい展示であるホロコースト時代の写真展も訪れた。

ベネット首相は、ユダヤ人ですら、この悲劇の深みをすべて理解していないとしながら、一つだけ確実なことは、ユダヤ人はイスラエルの地につながっていなければならないということだと述べた。同時に、「ホロコーストがイスラエルの存在を裏付けているのではない。イスラエルは、アウシュビッツからスタートしたのではない。しかし、アウシュビッツは、ユダヤ人が、2度と(国なしの)無防備になっていはいけないことを教えた。ユダヤ人とイスラエルの繋がりを強くしたといえる。」と述べた。

メルケル首相は、今回も、記憶のホールで花束を献花した。「ユダヤ人たちへの犯罪の記録がここに残されている。これは、私たちドイツ人が、永遠に覚えなければならない責任であり、警告である。」と述べ、ドイツは、反ユダヤ主義と戦っていく責任があると述べた。

同時に、現在ではそのドイツにユダヤ人が再び住むようになっていることをあげ、信頼が再び実現していることをうれしく思うと述べた。

www.timesofisrael.com/laying-a-wreath-at-yad-vashem-merkel-says-museum-is-a-reminder-and-warning/

アンゲラ・メルケル首相:私の信仰・キリスト者として生きる

メルケル首相は、1954年ハンブルグに生まれた。祖父が、ルター派プロテスタント牧師で、メルケル首相が生まれた年に、まだドイツが分裂していた時代に東ドイツに派遣されたため、東ドイツで成長している。成長してからは西ドイツのライプチヒ大学にて物理学での博士号までとっている。結婚したが4年後に離婚した経験を持つ。

ドイツの壁が崩壊した後、1990年、中道右派のキリスト教民主同盟(CDU)に入党して政界入りする。翌年、CDCびの副党首、1993年からは連邦女性・青少年大臣となる。2000年からCDU党首となり、2005年に首相に就任した。

Christianity Todayによると、DUはプロテスタントの政党としてそのキリスト信仰を明らかにしているが、メルケル首相は控えめであったという。しかし、その信仰は、発言の随所に見られていたと書いている。特に2015年の難民危機で、ヨーロッパに実に100万人の難民が流れ込んだ際、メルケル首相はこれを積極的に受け入れている。

この時のドイツ人口は8300人であったが、難民89万人が流入し、うちシリアやイラクなど中東からの44万人が難民認定されている。(人口1億2000万人の日本が受け入れた難民はわずか28人) これは、メルケル首相のキリスト教的思想が背景になっているとみられている。

www.jftc.jp/monthly/feature/detail/entry-398.html

しかし、その後難民による犯罪は急増するなどして、メルケル首相の支持率は傾いている。また移民への反発から極右の台頭が目立つようになってきた。ネオナチの存在や反ユダヤ主義テロが発生するなど、社会の不安定にも繋がってきたとの批判もある。

しかし、2011年に日本で福島原発事故が起こると、ドイツでの原子力発電をすべて廃止するなどの英断や、市民のために本気でどなる様子などから、「ドイツの母」として親しまれ、退陣を惜しむ声も少なくない。ドイツ歴史上、偉大な政治家として記録にのこるだけでなく、人々にも語り継がれていくことであろう。

メルケル首相が、様々な機会や教会で語ったスピーチがまとめられた本がある。「わたしの信仰:キリスト者として生きる」で、日本語でも出ている。読んでみたい書籍である。

ドイツ新政権は中道右派か中道左派か?:連立に向けて交渉中

メルケル首相退陣に向けて9月26日、ドイツでは、連邦議会選挙が行われた。第一党になったのは、中道左派の社会民主党(ショルツ党首)で、中道右派のメルケル首相のキリスト教民主同盟(CDU/ラシェット党首)は第2党となった。

しかし、どちらも過半数でないため、連立政権にむけた交渉がはじまっている。第3党になった緑の党(ベアボック党首(女性))なので、この党がどちらにつくかで、メルケル首相後のドイツが、中道右派になるのか、中道左派になるのかが決まってくる。

緑の党は、環境問題に厳しいリベラル派なので、どちらの党もひきこむのに苦戦強いられることになる。難しい交渉で、時間がかかるとみられている。

www.bbc.com/japanese/58715185

石のひとりごと

これもまた一つ、時代が大きく変わるしるしになるだろうか。メルケル首相が退いたあとのドイツはどんな国になっていくだろう?

ドイツの母とも称されるメルケル首相。最後にイスラエルにきて、我が子ドイツの責任を、あらためて表明するだけでなく、新しい時代に向けたイスラエルとの関係を強調していったように思う。これもまた、自分の手を離れていく我が子に、決して忘れてはならないことと同時に、新しいユダヤ人の国との関係を遺産として残していくことを確認してみせたようでもある。

ドイツとイスラエルが、過去のことだけでなく、新しい関係にも目を向けられるようになっている背景には、ドイツの徹底的な悔い改めと今も続く補償にあるだろう。メルケル首相が言うように、あれほどのことがあったのに、ドイツとイスラエルが、リセットして新しく前に進みうることが可能だと歴史が証明してくれたと言っていることに注目させられた。

新しい政権はどのようにイスラエルと付き合っていくだろうか。メルケル首相後にどんな新政権になるのか、注目していきたい。メルケル首相、お疲れ様でした!

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。