ネタニヤフ首相連立政権樹立危し:総選挙やり直しもありうる? 2019.5.27


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リーバーマン党首 ネタニヤフ首相 写真出展:Jerusalem Post

4月9日の総選挙の結果、リブリン大統領から、連立政権樹立の任命を受けたネタニヤフ首相。連立に加わる他党との交渉を続けているが、国会で過半数を占める政権樹立に苦戦している。

政権樹立期限は、1回延長されて、最終期限は今週29日(水)。もし、それまでに国会120議席中、過半数を占める連立政権が樹立できなければ、総選挙のやり直しになる可能性が出てきた。

先週23日(木)、ネタニヤフ首相は、連立に加わると目されている右派政党の党首たちを集めた。しかし、連立に加わると目されていた右派イスラエル我が家党(5 議席)のリーバーマン党首がこれを欠席。リーバーマン氏の政党なしでは、計60議席となり、国会120議席の過半数ではなくなってしまう。

ネタニヤフ首相は、60議席でのマイノリティ政権の立ち上げも示唆しているが、前例がなく、当然、安定した政権とは言えない。また、この60議席を確保するために、閣僚の椅子を多くの党に約束しているため、閣僚は18人で十分と考えられるところ、30人にもなる見通しだ。

また、この60議席のうち、超正統派の占める率が高いため、政府に生活依存する人々の声が政治に反映してしまい、一般市民の反発も予想され、安定した政権とはいえないだろう。

<右派政権か、超正統派政権か:リーバーマン党首>

リーバーマン氏は、連立に加わると目される右派ではあるが、前ネタニヤフ政権では、ネタニヤフ首相のハマスへの対応に同意できず、国防相を辞任するという経過があった。また、徴兵義務を回避しようとする超正統派の要求を、政権維持のために優遇するネタニヤフ首相の方針にもまっこうから反対している。

リーバーマン氏は、この超正統派の徴兵制について、同氏の提案を受け入れない限り、連立には加わらないと断言している。ネタニヤフ首相としては、リーバーマン氏を取り込みたいが、かといって超正統派の要求を無視すれば、今度は彼らが連立から離脱してしまうだろう。

リーバーマン氏は、これは、右派政権か、超正統派政権かの選択だと言っている。

<まるでチェス:政治の世界:ヤアロン・デケル政治評論家電話会見>

もしこのままネタニヤフ首相が連立を樹立できなかった場合、リブリン大統領は、連立指名第二候補で、リクード(ネタニヤフ首相政党)と同じ35議席を獲得しているブルーアンドホワイト党(ベニー・ガンツ氏とラピード氏)か、他に可能性があると見る人物に連立樹立を命じることになる。

しかし、新生のように現れた新党ブルーアンドホワイト党は、中道左派と目されており、右派が優勢の現時点では、連立を立ち上げるほどの仲間を持っていない。連立樹立は無理である。遅かれ早かれ、総選挙になるだろう。このため、もうすでにこの時点で、総選挙のやり直しが論議されているわけである。

ここで興味深い点は、リーバーマン氏が、ネタニヤフ首相を首相の座から追放しようとしているのではないという点である。

リーバーマン氏は、ネタニヤフ首相が首相になることはこのままにするとして、各党の議席数を決定する選挙をやり直すべきだと言っている。まず、ブルーアンドホワイトに取られてしまった票を右派が取り戻してから連立を立てた方が良いというわけである。

www.timesofisrael.com/overnight-coalition-talks-fail-to-yield-breakthrough-as-deadline-looms/

しかし、はたしてそうなるだろうか。イスラエルのベテランジャーナリストで、過去7回の総選挙を見てきた、イスラエルのトップ政治評論家ヤアロン・デケル氏は、総選挙になる可能性は低いと見ている。

なぜなら、総選挙をやり直した場合、リーバーマン氏の党(5)も、シャス党(6)、超正統派の統一トーラー党(6)も、逆に票を失う可能性が高いからである。

イスラエルでは、得票数が少なく4議席分に達成しない場合は、国会から姿を消すことになる。現在、5議席しかないリーバーマン氏が、今より得票数を減らした場合、次の総選挙で国会から姿を消すことも十分ありうる。

今、ネタニヤフ首相も、総選挙のやり直しを示唆しはじめているが、これは逆にリーバーマン氏と、超正統派政党に圧力をかけて、双方に妥協させ、なんとしても期限までに連立政権を立ち上げようとするネタニヤフ首相の作戦なのかもしれない。

しかし、もし再総選挙になった場合、ネタニヤフ首相自身も不利に陥ることになる。”連立を立ち上げられなかった首相”というレッテルが貼られての選挙戦になるからである。このため、デケル氏は、ぎりぎりのせめぎ合いをしながらも、ネタニヤフ首相は、総選挙をできるだけ避けると予想する。

しかし、そうすると、リーバーマン氏もネタニヤフ首相も、今、自らのリスクを覚悟の上で、総選挙のやりなおしを示唆しているということである。デケル氏は、イスラエルの政治は実に不可思議なところがあるので、だれも望まないのに、再総選挙に突入してしまう可能性も否定できないと言っている。

長年、ネタニヤフ首相を見てきたデケル氏は、「今イスラエルで最も経験のある有能な政治家はネタニヤフ首相をおいて他にない。しかし、ネタニヤフ首相の足元は、予想以上に弱い。」と語っている。

<ネタニヤフ首相汚職疑惑:テルアビブでデモ1万人>

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写真出展:Jerusalem Post

連立樹立困難に輪をかけるのが、ネタニヤフ首相の汚職・背任疑惑である。ネタニヤフ首相は、現職首相としては初めて、刑事尋問を受けようとする立場にある。その開始時期を決める権威を持つマンデルビット司法長官は、首相尋問開始を7月10日から10月23日まで約3ヶ月延期すると発表した。

ネタニヤフ首相側は、1年の延期を要求していたとのことである。ネタニヤフ首相としては、できるだけ早く国会過半数となる連立政権を立ち上げ、国会で現職首相を起訴することはできないとする法律を立ち上げるとみられている。

www.timesofisrael.com/netanyahus-pre-indictment-hearing-postponed-until-october/

こうした動きに、特に左派勢や、世俗派テルアビブ系住民は反発を強めており、安息日開けの25日(土)、テルアビブで、1万人が集まる大規模な市民デモが行われた。

デモ隊は、首相の免責を保証するような法律が通れば、首相が司法の上を行くことになる、民主主義でなくなると訴えた。

デモ集会において、筆頭野党ブルーアンドホワイトのヤエル・ラピード協力党首は、ネタニヤフ首相が、短期間に法的に政権を独占したトルコのエルドアン大統領と同じだと訴えた。ガンツ党首、労働党ガバイ党首、アラブ政党オデ党首もこのデモで、意見を述べた。

ネタニヤフ首相のリクードは、このデモを、「ジョークだ」と一蹴。テロ支援(パレスチナ支援のアラブ政党)オデ氏と、(元イスラエル軍総長)ガンツ氏が、同じところに立って意見を述べ、(汚職で逮捕された)オルマート元首相が、”汚職に反対する”デモに参加していると、たっぷりの嫌味を返している。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5515082,00.html

しかし、首相尋問開始の延期がわずか3ヶ月で、もしそれまでにもし総選挙ということになれば、首相の免責法案どころか、首相に返り咲くことも不可能ではないのか・・・なかなか苦しいところに立っているようにみえるが、そこは、常に不思議になんとかするのが、ネタニヤフ首相である。今回もどうなっていくのか、注目される。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。