ここしばらく、エジプトの仲介で、ハマス(ガザ地区)・ファタハ(西岸地区)が合意、合体する動きが続いていたが、3日、パレスチナ自治政府(ファタハ)のハムダラ首相が、自治政府官僚430人を率いてガザを訪問。そこで閣議を開くことで、ハマス・ファタハの合意への動きが進んでいることをアピールした。
ハマス・ファタハの合意への試みは今回がはじめてではない。これまでにも何度か試みられたが、すべて途中で頓挫している。
しかし、今回は、先月、ハマスがガザ地区の政治運営を放棄すると宣言。さらに、合意への意欲のしるしとして、ガザの刑務所にいるファタハ党員5人を釈放した上で、ガザ地区へパレスチナ自治政府官僚たちを受け入れている。今回は、合意に至る可能性もありうるのではないかとその動向が注目されている。
<なぜ合意がすすみはじめたのか>
ガザのハマスは、2005年にイスラエルがガザ地区から一方的に完全撤退して以降、勢力を増し、2007年に総選挙でファタハを破ることとなった。この時、パレスチナ自治政府の主権を持っているのはファタハのアッバス議長だが、首相は、ハマスのイシュマエル・ハニエというねじれた状態となった。
これに乗じてハマスは、同年、ガザ地区のファタハ事務所を制圧し、ガザ地区を完全に支配するようになった。以後10年間、ハマス(ガザ地区)と、ファタハ(西岸地区のパレスチナ自治政府)は敵対する関係となった。
しかし、不思議なことに、パレスチナ自治政府は、その後もガザ地区がイスラエルからもらっている電気代を肩代わりし、ガザ地区のハマス政治家にもファタハ党員と同様、給与を払い続けたのであった。
それから10年。ガザ地区の状況はもはや人がすめないような地域になってしまった。まず2007年に、ハマスがガザの支配権を奪うと、国際社会は、ガザへの支援を次々に停止した。ハマスがテロ組織と認定されていたからである。2014年に勃発したイスラエルとの戦争で多くの建物が破壊されたが、まだ多くは再建されていない。
カタールだけは、ハマスを支援し続けたが、今年に入り、カタールは、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、バハレーン、エジプトから経済封鎖を受け、ガザ地区を支援できなくなった。
トルコのエルドアン大統領もハマスを支持する立場だが、近年ハイファ沖でみつかった天然ガスの取引で、イスラエルに接近しなければならなくなり、ガザへのはでな支援は難しくなった。
ガザとはすぐ隣のエジプトは、ハマスの母体であるムスリム同胞団出身の大統領、前ムルシ政権が、2013年にクーデターで転覆以降、今のシシ大統領は、ムスリム同胞団を弾圧する政策をとっている。シナイ半島に入り込んでいるISISとの戦いにおいては、イスラエルとも協力する立場である。
シシ大統領になってから、ガザ地区は、イスラエルとの国境だけでなく、エジプトとの国境も閉鎖されてしまうという八方ふさがりとなった。
こうした状況の中で、ガザ地区に住む200万人の失業率は平均42%(若者は60%以上/国連調べ)で世界一となった。燃料不足で水道、下水は破滅し、電気は1日に2時間という日もめずらしくない。国連は、ガザ地区はもはや人間がすめない地域になっているとの見解を発表している。
要するにハマスは、ガザ地区住民のくらしを改善・運営するという行政には全く興味がなく、ただイスラエルとの戦闘のみが目的の組織なのだから、これは当然の結果といえるかもしれない。
これに追い打ちをかけるように、今年4月からは、アッバス議長が、ガザ地区に対して続けていた経済支援を大幅に削減、または停止し、いよいよハマスは生きていけないまでの状況になりはじめた。この状況から脱出するために、ハマスは、すでに始まっていたことだが、いよいよイランに助けを求めざるをえなくなった。
これに慌てたのがエジプトである。ガザ地区にイランが進出してくることはエジプトにとって(またイスラエルにとっても)危険な話である。
そこで、エジプトは、ハマスに近づいて圧力をかけ、まずは、ムスリム同胞団と決別させた。こうしてエジプト政府からの支援を受けられる立場にした上で、ガザ地区の発電に必要な燃料を供給。エジプトとの国境も少しづつ解放して、経済封鎖の緩和を行いはじめた。イランの助けを不要にしたというわけである。
続いてガザ地区という重荷を、エジプトだけが背負いこむことのないよう、ハマスとファタハを和解させ、重荷をパレスチナ自治政府に背負わせようとしている。
しかし、アッバス議長は、むしろ、ハマスをぎりぎりにまで追い詰めて、ほぼ無条件に、ファタハの前にひれ伏す形でパレスチナを統一することをねらっていたと思われる。そうでないと、ハマスが軍事部門を手放すまでの話にならないからである。エジプトのこうしたハマスへの助け舟は迷惑であったはずだ。
実際、ハマスが中途半端にエジプトの傘の下にいるので、今、ハマスは、ファタハとの和解の条件として、軍事部門は、このままハマスが維持すると主張している。ファタハがこれを受け入れることは難しい。将来、もしパレスチナが一つの国になったとしても、ハマスが武力を維持している以上、実質的には、権力は2つあるようなものだからである。
しかし、そこへもう一つの要因が加わった。アッバス議長とは犬猿のライバルとなっているマフムード・ダーラン氏が、アラブ首長国連邦の後押しを受けて、ガザのハマスへ、大きな投資とビジネスの提案を持ち込んだのである。
ダーラン氏は、ガザ出身のファタハ党員で、2007年にガザから追放されて以来、海外アラブ諸国の間で力と経済力をつけた人物。ただし、カリスマがなく、パレスチナ市民からの人気もないために、これまでアッバス議長の対抗勢力にはなりえていなかった。
しかし今、そのダーラン氏が登場してきたということである。もし、ダーラン氏の経済支援の申し出にハマスが乗れば、今アッバス議長が行っているハマスへの圧力は無意味となり、アッバス議長は、この問題に関して、蚊帳の外ということになってしまう。
さらにもし万が一、ダーラン氏の活躍でガザ地区が活性化した場合、それを見て西岸地区までが、アッバス議長を排斥してダーラン氏についていってしまう可能性もある。この事態を避けるため、アッバス議長は、今、エジプトのハマスとの和解の話に乗らざるをえなくなったのである。
結局のところ、ハマスとファタハが合意して一致しようとする背景は、決して同民族間の和解や、パレスチナ人の国の独立などではない。実際には、それぞれの組織の生き残りをかけたやりとりに過ぎないということである。
<ほくそ笑むのはハマス?>
しかしこの流れ、よく眺めてみると、一番、得をする可能性があるのは、どうやらハマスのようである。もし、今のまま、ハマスとファタハが合意に至った場合、ハマスが苦手とするやっかいな行政や借金は、パレスチナ自治政府に丸投げできる上、これからは、イスラエルと戦う軍事部門にのみ集中できる。
ハマスが強気になっているとみられることには、ハマスは、ハムダラ首相のガザ入り後の木曜、元西岸地区テロ部門指導者サレ・アロウリを、イシュマエル・ハニエの元での政治部門に任命したことからもうかがえる。
サレ・アロウリは、2014年、イスラエル人の少年3人を誘拐、殺害したテロの立役者だったとみられている人物。この事件の後、イスラエルとガザのハマスは戦闘に突入した。イスラエルとしても決して穏やかではない人物である。
www.timesofisrael.com/hamas-appoints-alleged-west-bank-terror-chief-as-deputy-leader/
今後、ハマスとファタハは、次回、10月末ぐらいにカイロで会談を行うことになっている。
<イスラエルの反応>
ハマスとファタハの合意への動きについて、イスラエルが懸念することは以下の通りである。
ハマスがイスラエルを認めず、戦う意欲と武力を温存したまま、パレスチナ自治政府と和解することで、国際社会がなんらかの承認を与えてしまう可能性があるということ。結果、国際社会がガザ地区への支援を再開することもありうる。この資金は当然、ハマスの軍用資金になる。
その上で、ガザの行政から離れたハマスが、イランの支援を受けて、イスラエルへの軍事攻撃に集中しはじめることが懸念される。
また、ファタハとハマスが、一応の和解という形になった場合、西岸地区にまで、ハマス、さらにはイランが入ってくる可能性も出てくる。これは非常に危険な事態である。
ネタニヤフ首相は、ハマスとファタハの合意について、「パレスチナ人の偽の和解で、イスラエルの存在があやぶまれるようなとばっちりはごめんだ。」と語り、アッバス議長は、ハマスの非武装化と、イスラエルをユダヤ人の国と認めさせるべきだと強く訴えている。
ユダヤの家党のナフタリ・ベネット党首は、「これは、和解などではない。たんにアッバス議長が、テロ組織に加担するということである。」と警告。もしこの和解が国際的に評価され、ガザ地区への支援金流入が再開されるようなことになった場合、イスラエルは3つの条件を固守すべきだと訴えた。
その3つとは、①2014年のガザで戦死したイスラエル兵2人の遺体の返還、②ハマスがイスラエルを認め、扇動をやめる、③パレスチナ自治政府は、イスラエルの刑務所にいるパレスチナ人テロリストへの給与支払いをやめる。
・・・・が、ベネット氏のこの要求をハマスとパレスチナ自治政府がそのまま受け入れるとは到底考えられず、今の所、イスラエルは、この和解が本当に実現するのか、もしした場合、どんな結果が現れてくるのか、今は見守るしかない、というところである。
www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/Israel-wont-accept-fake-Palestinian-reconciliation-506623