目次
今年もやってきたユダヤ教の新年
イスラエルと世界のユダヤ人は、15日、ローシュ・ハシャナ(新年)を迎えた。翌16日朝にラッパ(角笛)を吹いて、神の前に出る。ユダヤ暦では、5784年の始まりである。
新年の前夜にあたる14日夜に行われた、嘆きの壁でのスリホット(前年の罪を言い表す祈り)には5万人が来ていた。
その翌日の15日日没から、イスラエルはじめ、世界各地で新年を祝う行事が行われた。東京と神戸のシナゴーグでも、伝統にそった夕食会が行われた。
聖書とは特に直接の関連はないが、はちみつとりんご、豆、デーツ、かぼちゃ、ビートルート、ざくろを食べながら、繁栄、増加、敵からの守り、敵の撃退などを共に神に祈ってから安息日の食事をする。
魚(鯛ではない)の頭がテーブルにおかれ、世の中で、尾ではなく、頭となれるようにと、日本でもいいそうなことも言われていた。
神戸では、安息日で働くことのできないユダヤ人たちのために、今年も関西圏、広島からクリスチャンたちがかけつけ、配善の奉仕をして、ユダヤ教と、クリスチャンたちが出会う時となった。
終わりの時のしるしはユダヤ教もキリスト教も同じ!?
この後、今年は、新年と安息日が重なったため、ラッパを吹き鳴らすのは、安息日が明けた17日午前中になるとのこと。
なお、このラッパについては、新約聖書により、将来、いつになるかはわからないが、この日に、イエスの携挙(信者が携え上げられる日)が起こると考えるクリスチャンたちは少なくない。
主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。
それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちがたちまち彼らと一緒に引き上げられ、空中で主と会うのです。
このようにして、私たちはいつまでも主とともにいることになります。
(第一テサロニケ4:16-17)
これは携挙と呼ばれるできごとで、この後に、再臨という形でイエスが、実際に地上のオリーブ山に立つ時が来るとクリスチャンたちは信じている。
この終わりの時にメシア(救い主)が来ることについては、ユダヤ教の基である旧約聖書(新約聖書より前)にすでに書かれていることである。キリスト教より先に、ユダヤ教は、終わりの時に、救い主がやってくることを信じてきたということである。
クリスチャンは、新約聖書の視点で、その古くから信じられてきた救い主が、イエスであると信じているということなのである。
先日、神戸のラビと話す中で、ユダヤ教では、今は、エルサレムに神殿がない、患難時代にあるので、メシア(救い主)を待っているという話になった。
驚いたことに、ラビは、日に3度祈る中、毎回、過去にすでに死んだ人々が復活することを祈っているという。それがメシアの到来の時におこることだからとのこと。それは新約聖書にも書いてあることである。
新年に吹くラッパ(角笛)の響き。もうすぐメシアがやってくる。それがイエスなのか否か。筆者自身は、イエスであると信じている。