新世界秩序への序章!?:コロナ後の世界に警告(ユバリ・ノア・ハラリ歴史博士・ヘブライ大学)2020.3.31

出展:Wikipedia

www.nikkei.com/article/DGXMZO57374690Y0A320C2000000/?n_cid=NMAIL007_20200330_H (日本語)

ヘブライ大学のイスラエル人歴史学者で、人類の歴史「サピエンス全史」で知られるユバリ・ノア・ハラリ博士が、日経新聞に執筆した記事「コロナ後の世界に警告」が興味深い。以下はその抜粋だが、本文も日本語なので、どうぞ。

ハラリ博士は、コロナ危機の後、人類は大きく変わると述べる。そのポイントは、全体主義的監視の世界になるか、市民の権限強化になるのかという点。続いて、国家主義的な孤立化するのか、グローバルな結束に向かうのかという点。

①全体主義的監視か、市民の権限強化か

すでに新型コロナ感染者の監視が、サイバーテクノロジーで行われているが、今後、さらに強化されていけば、本人も知らないところで、皮膚の下の状態まで他人に見られるとハラリ氏は警告する。たとえば、記事を読んだ時の皮下の温度の変化で、何を感じたかを察知されるなどである。

こうした仕組みは、プライバシーの視点でいけば明らかに問題ではあるが、緊急事態における危機回避のための国家一致という名目の下では、正当化されていくことになる。独立戦争時代のイスラエルでは、プリンを作るところまで国が命令を出したという。これが全体主義的監視が生み出す問題である。

一方、新型コロナの場合、国がそこまでの監視をしなくても、市民が自覚して、手洗いや、感染の可能性を早めに申し出るという道徳感で、かなりの感染が防げる。日本は、これまでのところ、私権を守ることを重視しており、この方向で市民の自主的道徳観に訴える方策をとっている。

しかし、今、これで感染拡大を防ぐという流れには限界があるとみえ、危機感のない市民の行動に行動に四苦八苦している。

本来、日本人は、権威に従順(言い換えれば、権威への依存、あるいは責任転嫁だが)なので、厳しい監視よりこの方法の方が合っているのかもしれない。しかし、もし、これがうまくいかないとなった場合、逆に一気に全体主義的な動きになり、村監視、村八分、いわば戦時中のような状態になる危険性はおおいにあると思う。

②国家主義的な孤立化:グローバルな結束か

ハラリ博士は、今の国際社会は、国家主義的な孤立化が進んでおり、新型コロナへの対処においても、どの国も自分の国を守ろうとせいいっぱいで、集団麻痺状態と述べる。対処方法はばらばらで、かなり成功している国もあれば、悲惨な状態に陥っている国もある。

特に医療資源がそれなりにある国と、ない国で、今後、被害状況は大きくかわる。幸い、日本は、医療資源が整っている方だが、爆発感染となれば、パニックになりやすい国民性から、一気に病院に押し寄せて、医療崩壊が起こってしまうことが懸念される。

コロナ危機が終わったとき、人類は、今後、選ぶべき道は、グローバルな結束しかないと結論付けるかもしれない。世界新秩序への序章ということである。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。