教会はバビロンに向かっている:ニューヨークの教会から 2021.1.14

ニューヨークマンハッタン 出展:wikipedia

ニューヨークのタイムズスクエアチャーチは、コロナ禍が始まって以来、まだ一回も教会での礼拝ができないままでいる。ティム・ディレナ牧師は、アメリカの議会乱入事件のあと、「教会はバビロンに向かっている」というタイトルで、メッセージを語った。

メッセージは、これからアメリカの教会は迫害に向かうとし、バビロン捕囚の時代のダニエルたちのように、信仰が振るわれて本物になる、社会的政治的な困難の中でこそ本物の神が証される時代に入ると語っている。

私たちの祝福されている様子ではなく、困難をどう通っていったのか、その中で表される奇跡が主を表し、伝道になっていくというのである。

紀元前586、イスラエルは、バビロン捕囚の時代を迎える。これは聖書に記録されていることだが、架空のことではなく、歴史的事実である。この時、神は、預言者エレミヤに、バビロンに行くことが御心であると行った。しかし、多くの人はこれを受け入れることはできなかった。

しかし、このバビロン捕囚の70年の間に、イスラエルは、バビロンにおいて、人間の力や繁栄のみを頼りにする偶像礼拝の社会から、元の神に属する人々へとふるわれ、きよめられていったのであった。

この間にダニエルが、そして3人の若者達が、本来彼らが証するべき、天と地の創造主である神を、バビロンの政治の中で証することになる。それは、苦難を通しての証であった。苦難をも恐れず、神のみを信頼するぎりぎりの状態を通して、創造主である主が、世の政治の中で、あきらかになる、そういう時代が来るとディレナ牧師は語る。

その流れは、①政治的に禁止されても神にのみ膝をかがめる信仰、②苦難の中で神ご自身が現される、③世の王が、神の奇跡を経験し、神の存在を宣言する、という流れである。

聖書によると、世の終わりに困難な時代がくることは明らかであり、驚くことではないとディレナ牧師。(第一ペテロ4:12−13、16−17)しかし、この困難を乗り切るのは、絶対に人間ではなく、神でしかないという道になると語る。何にも頼るものがなく、ただ神しかないというのが、ダニエルの時代であったということである。しかしそこにこそ、希望があるとディレナ牧師は語る。

このために、今後、①学歴等の能力ではなく、神のたまものによってのみ認められ、首相になったダニエルのような政治家が現れる、②若者達の世代でから、真に神にのみ使える世代が出てくる、③真に祈る教会となる、と期待するとディレナ牧師は語る。

ディレナ牧師は、今後、アメリカの教会は迫害され、もしかしたら、今のまま、教会の扉が閉じられたままになるかもしれないと語る。しかし、教会にいけなくても、求めるなら、神にはいつでも会える。

終わりの時の困難。それは、決して悲惨さではなく、そこにこそ、私たちの力ではない、主ご自身が現れるときだというのが希望である。そうした思いの中で、炎に飛び込んでいくためには、人の力ではない。キリストにあって新しく生まれることが必要。ただ主とつながって祈ることが必要だと訴えている。

愛する者たち。あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく、むしろ、キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい。それは、キリストの栄光が現れる時にも、喜びおどる者となるためです。(第一ペテロ4:12−13)

 

石堂ゆみ

石堂ゆみ

ジャーナリスト、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイド、イスラエル政府公認ガイドとして活動しています。 イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて18年。学校・企業・教会などで講演して15年になります。