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中東で今、動きが出ている。アメリカが、サウジアラビアとの駆け引き、イランとの駆け引きという2側面で動いているのである。
元国家治安委員会副局長で、イスラエル治安分析の専門家であるチャック・フレイリッヒ教授(写真)は、この2つの交渉が、もしなんらかの結果を出した場合、中東が激変するほどの過渡期に立っていると語る。
なぜ、今になってアメリカが動いているのかという点については、アメリカでは来年大統領選挙があるので、政治家歴50年以上のバイデン大統領が、それまでになんらかの歴史的な成果を上げておきたいという思いが考えられる。
しかし、フレイリッヒ教授は、バイデン大統領は、真の親イスラエル派だとして、今のイスラエル社会の分断に、なんらかの解決の手をのべたのではないかとも分析している。(無論、そうではない分析もある)
今はまだ水面下だが、アメリカが、中東で進めている2つの駆け引きについてまとめる。
中東で中露とイランに対峙するアメリカが中東での勢力奪回をめざす
1)中東でアメリカとイスラエルの勢力安定化にむけたアブラハム合意・その後
中東では、ロシアと中国が進出を進める中、アメリカの影響力がこれまでになく弱くなっている。
中露を背景に持つイランを中心とするシーア派勢力が強くなり、親米のイスラエルはじめ、サウジアラビアを中心とするスンニ派諸国に間の危機感が広がっている。
これに対し、アメリカは、2020年にアブラハム合意(中東アラブ諸国とイスラエルの国交正常化運動でこれまでにUAE、バーレーンが署名)を立ち上げた。
これを皮切りに、イスラエルは、中東諸国にこの動きを拡大できないか模索を続けている。
その最大の目標国がサウジアラビアである。もしイスラム教の最大の聖地、メッカを有するサウジアラビアが加わり、イスラエルとの国交正常化へと進めば、他のスンニ派諸国は、これに続くことになる。アメリカは、イスラエルとともに、中東に安定した基盤と輸送経路を獲得することになる。
特にネタニヤフ首相は、公にこれを模索し、首都メッカではなかったが、サウジ国内において、サルマン皇太子を電撃訪問したこともあった。(2020年11月)
しかし、その後、サウジアラビアは、イスラエルとの合意は、パレスチナ問題の解決(東エルサレムを首都とするパレスチナ国家承認)が条件であると明確に表明し、話は頓挫する。
そのうち、ネタニヤフ政権が倒れて、ベネット・ラピード政権に変わったことで、一旦、この話は表にはあまり出てこない状態になっていた。
2)アメリカのサリバン国家安全保障相がサウジアラビア訪問で交渉開始
バイデン大統領は就任当初jは、記者殺害の件で、サウジアラビアと距離を置く姿勢をとっていた。しかし、最近になり、中東でロシアと中国の進出が目覚ましくなってきたことからか、サウジアラビアへの接近を開始しはじめていたようである。
アメリカは、サウジアラビアに、イスラエルとの国交正常化とともに、パレスチナ人への支援方法の変更や、中国やイランとの関係強化を止めることなどを要求している。
一方、サウジアラビアは、イスラエルとの国交正常化の条件として、次の点を挙げている。
①アメリカとサウジアラビアの安全保障協定。これはサウジアラビアが(イランに)攻撃された際、アメリカが、サウジとともに戦うということ。
②サウジアラビアの民間核計画(ウラン濃縮)を認める。
③サウジアラビアは、アメリカの最新兵器を購入するアクセスを認める。
④パレスチナ問題において、イスラエルが、西岸地区の合併案を放棄し、パレスチナ国家設立を保障する。
いずれもアメリカとイスラエルが、そのままで合意できる内容ではない。しかし、それでもサウジアラビアと手を結ぶことが今、非常に重要であると判断したのか、バイデン大統領は、6月にブリンケン国務長官をサウジへ派遣。
続いて、7月27日、大統領補佐官のトップ、ジェイク・サリバン国家安全保障担当をサウジアラビアへ派遣した。
サリバン氏は、その後、8月日にサウジアラビアで開催されたウクライナ和平会議にも出席している。
こうした流れから、アメリカとサウジの関係が改善しているのではとの見方が広まり、その中で、サウジアラビアとイスラエルとの国交正常化も交渉のテーブルに上がっているのではないかとの憶測も流れている。
しかし、その場合は、イスラエルがパレスチナ問題でなんらかの大きな譲歩をすることになるので、イスラエルとしては問題である。
ネタニヤフ首相としては、サウジアラビアとの国交は喉から手がでるほどほしいところではあるが、パレスチナ国家を認めることは、今の政権にはありえないことである。
しかし、これを逆にチャンスと見る分析もある。これを部分的にでも受け入れることで、サウジアラビアとの国交が成立した場合、国民のネタニヤフ首相への支持率は上がるかもしれないことと、これを受け入れられない今の強硬右派政権が崩壊し、再び左派右派含む統一政権がネタニヤフ首相の元で実現するという可能性が出てくるということである。
しかし、ネタニヤフ首相が、これを決めるとすれば、非常に大きな決断になる。
バイデン大統領は、ネタニヤフ首相が首相に復帰して以来、まだワシントンへ正式に招待しておらず、会談はできていない。今の政権が強硬右派すぎるということもその一因と考えられている。ネタニヤフ首相にとっても、バイデン大統領にとっても難しい状況と見受けられる。
なお、サウジアラビアとアメリカの交渉進展については、一時、Wall Street Journalが、合意に達したと報じたが、アルジャジーラはこれを否定している。
www.nytimes.com/2023/07/27/opinion/israel-saudi-arabia-biden.html
3)サウジアラビアが“パレスチナ”国家への“不在大使・領事”を任命
こうした中、サウジアラビアは、12日、ヨルダンの大使館において、東エルサレムに“在住するはずだが、今はしない”とする、サウジアラビアの不在駐パレスチナ大使、領事として、マジディ・アル・カリディ氏に信任状を授与した。
アル・カリディ氏は、現職の在ヨルダン・パレスチナ大使であり、兼任ということになる。サウジアラビア大使を公式に迎えたのは、パレスチナ自治政府のアッバス議長であった。
要するに、サウジアラビアは、すでに、東エルサレムを首都とするパレスチナを国家の存在を認め、サウジアラビアからの大使と領事を任命したということである。
Times of Israelによると、東エルサレムには、12以上に上る国の外交使節団が存在しているという。ただそれらの使節団は、イスラエルとの正式な国交の元で、テルアビブに置いている大使館の管理下で派遣されている。
今回の催サウジアラビアの代表は、イスラエルとの正式な国交も、大使館もない中で派遣されたという異例の形である。これについては、大使であるとはいえ、“不在”大使なので、イスラエルからの正式な許可は不要だとされる。いわば、国外で勝手に言っているだけ、ということなのだろう。
4)パレスチナ自治政府とエジプト・ヨルダンがパレスチナ問題での一致を表明
上記のように、アメリカがサウジアラビアとの交渉で、パレスチナ国家設立に前向きな譲歩の可能性を予想されるような動きの2日後、14日、パレスチナ自治政府のアッバス議長は、エジプトで、エジプトのシシ大統領、ヨルダンのアブドラ2世国王と会談した。
エジプトとヨルダンの首脳は、イスラエルの占領をやめさせ、神殿の丘を含む東エルサレムから、イスラエルが撤退することを目標とするなど、パレスチナ国家を設立しようとする、自治政府のアッバス議長を前面的に支持するとの共同声明を出した。
これは、サウジアラビアが出している条件の一つ、パレスチナ国家設立に向けた動きを確定することを、地域も望んでいると主張することで、アメリカに、イスラエルを説得すべきとの後押しをする形である。
www.jpost.com/middle-east/article-754727
こうした動きは、サウジアラビアが、アメリカに対し、サウジは、パレスチナ問題で妥協は絶対しないとアピールしているということである。これについては、サウジアラビアが、今は、ほぼモハンマド・ビン・サルマン皇太子が、政治外交を担っているとはいえ、まだ背後にいる父親の国王が、絶対に譲らないことが、背景にあるとの分析もある。
サウジアラビアの狙いは?
アメリカに対して、パレスチナ問題で頑固な態度を見せているサウジアラビアの狙いはなんだろうか。
フレイリッヒ教授は、サウジアラビアは、同じイスラム教徒だからといって、パレスチナ人を助けようとするような国ではないと断言する。
最近、中東でアメリカ勢力が落ちてきたことで、サウジアラビアは、昨年突如として、イランと国交正常化を宣言(中国仲介)し、中国との接近を見せるようになっていた。
これはアメリカへの圧力であったとも考えられている。ぼおっとしていたら、サウジアラビアと中東は、イラン、中国、そしてロシアの側に入ってしまうというメッセージである。
これが功をそうしてなのかどうかだが、今、アメリカがあわてて、動き始めたとも考えられなくもない。
サウジアラビアを味方にするにあたり、アメリカが持ってきた条件、いわばお土産は、アメリカの最新兵器輸入へのアクセスや、ウラン濃縮の黙認など、実質的には、最大の敵、シーア派国イランに対する抑止力に繋がるもので、サウジアラビアにとっても、決して悪いものではない。
サウジアラビアは、今、駆け引きの中で、アメリカに対して強気に出ており、できるだけの譲歩を得ようとしているようにも見える。
この交渉が、結果を生み出すかどうかは、現時点ではまだはっきりとはしないが、もし、サウジアラビアとイスラエルの国交が、もし本当に実現したとしたら、これは中東の地勢を大きく変える可能性がある。
イスラエルの反応:ネタニヤフ首相・サウジとの合意の可能性否定せず
これを裏付けるかのように、意外にも、イスラエルもこれを頭から否定する動きには出ていない。
アメリカとサウジアラビアの交渉について、ネタニヤフ首相は、7日のインタビューで、もし、イスラエルとサウジアラビアとの国交正常化が、パレスチナ問題への譲歩にかかっているとしたら、それを、国内の政治的な問題に妨害させることはないと語った。
それに断固として拒否するとみられる強硬右派連立政権の政治家たち(ベングビル氏やスモトリッチ氏など)にそれを妨害させることはないということである。これについては、コーヘン外相も、パレスチナ問題が、サウジとの国交正常化の障害にはならないとの見方を示していた。
言い換えれば、今、イスラエルもパレスチナへの譲歩とサウジアラビアとの合意をほのめかした形である。
その理由は、ネタニヤフ首相にとっては、パレスチナ自治政府に多少の譲歩をしても、サウジアラビアとの国交成立は、それ以上の利点があるということである。
サウジアラビアが、イスラエルとの国交正常化すると同時に、アメリカとも軍事協定を結び、アメリカの最新の武器を輸入する権限を持つことや、核の濃縮にも黙認されるとなると、これは、中東において、イランに対する強大な味方ができることを意味する。
さらには、サウジアラビアが、アメリカに、パレスチナ地域への経済支援を拡大し、中国が入り込めないようにすることや、サウジアラビア自身も中国との関係強化を制限することを約束するとすれば、これもイランとその背後にいる中国や、ロシアの抑止にも繋がっていく。
また、先にも述べたように、サウジアラビアとの国交が成立した場合、ネタニヤフ首相の支持率が上がると予想される。また、パレスチナへの譲歩をすることで、今の政府が崩壊して総選挙になり、強硬右派政権が終わる可能性もある。国内の危機的なまでの分断から脱出できるかもしれない。
要するに、ネタニヤフ首相としては、パレスチナ問題で、ある程度の譲歩をすることの見返りは、けっして小さくないということである。
とはいえ、イスラエルが、パレスチナ国家を黙認するとか、西岸地区からの撤退とか、そういう主要なところでの譲歩はありえない。そこは、超ベテランネタニヤフ首相の腕とその狡賢さの出番ということである。
ただ、ネタニヤフ首相のこうした考えや、動きについて、野党のラピード氏は、リスクが大きすぎると反発している。
アメリカが、サウジアラビアの民間利用とはいえ、ウランの濃縮を容認することが、やがては核兵器保有につながり、中東諸国がこれに続く危険性を指摘している。
ラピード氏は、アメリカは、サウジへのウラン濃縮容認という条件を受け入れるべきではないと警告している。
毎週続けられている反政府デモの市民たちは、今のネタニヤフ首相は、まともな判断ができなくなっていると訴えている。
どちらが正しいのか。それは後の時代が証明することになるのだろう。
石のひとりごと
ネタニヤフ首相もビン・サルマン皇太子も、またバイデン大統領も、政治家歴50年以上であり、相当な悪知恵の持ち主だと思う。この人々を前に、アッバス議長などは、手も足も出ないのではないか。
フレイリッヒ教授は、バイデン大統領は基本的に、親イスラエルであり、サウジアラビア、またイランとの交渉で、イスラエルにも助けになるようにと考えていると言っていた。これまでのバイデン大統領の動きを見れば、筆者もなんとなく、それに同感させられる思いもする。
ネタニヤフ首相が、まだアメリカに招かれていないことが問題視されているが、バイデン大統領は、ネタニヤフ首相がアメリカで修行していた時代からの知人でもある。仲が冷え込んでいるとはいえ、水面下で話もしていたりするかもしれないと、フレイリッヒ教授は言っていた。
サウジアラビアとイスラエルが国交正常化ということが、本当にありうるだろうか。イスラエルは分断の危機から脱することができるだろうか。これらが実現したとしたら、本当にすごいことだと思う。