政府とデモ市民が激突へ:週明けから“国家が麻痺する週“デモ宣言 2023.3.24

Fireworks explodes before protesters marching in a demonstration against the Israeli government's proposed judicial reform legislation in the central city of Bnei Barak on March 23, 2023. (Photo by AHMAD GHARABLI / AFP)

過越を前にイスラエルが内部分裂の様相:現状まとめ

イスラエル国内の亀裂が深刻になってきた。

司法制度改革法案に反対するイスラエル史上最大級のデモが、もう3ヶ月も続いているが、政府はあくまでもその方針を貫く方針を変えておらず、4月5日に始まる過越までに、最高裁裁判官選出に関する法案の審議は日曜、26日に行うとしている。

また22日には、司法制度改革関連法案の国会での可決がすすみ、最高裁が首相に退陣を命じる権限をなくす法律が国会で可決され、法律として成立することとなった。刑事訴訟にあるネタニヤフ首相の在職が補償された形である。また、最高裁から閣僚職への任命を却下されたアリエ・デリ氏の復帰も可能になるかもしれない。

デモ隊は、この翌23日、“国家が麻痺する日“と名づけたデモを全国で展開。参加者は50万人ともいわれた。各地で、幹線道路が封鎖され、放水銃が巣買われたり、警察とデモ隊のつかみ合いになった。

また、反ネタニヤフ首相を訴えるグループの指導者が一時的ではあったが逮捕されたことから、独裁へのはじまりと問題視される事態にもなった。

反司法制度改革に反対する声は、イスラエル軍の予備役兵の間にも広がっており、このままなら国から召集がかかっても応じないというパイロットの数があらたに200人増えるなど、治安維持の危機的状況にもなりはじめている。

さらに、超正統派の町、ブネイ・ブラックでの大規模なデモが行われて、宗教派と世俗派の対立という要素も加わり始めた。問題が複雑化する様相にある。

ネタニヤフ首相は、23日、沈静化を図って、バランスを考えた改革にすると国民にメッセージを送ったが、同時に来週日曜に、国会で審議予定の最高裁裁判官選出に関する法案については、予定通り決行すると言ったため、火に油をそそぐ結果となった。

デモ隊は、今日の安息日明けから来週1週間を“国が麻痺する週”と呼び、さらに大規模な全国的なストやデモを行うと宣言している。

23日:平日木曜「国家が麻痺する日」デモで92人逮捕:警察と暴力的衝突も

23日は、平日の木曜日であったが、全国で「国家が麻痺する日」と名づけた大規模な反対デモが行われた。参加者は、テルアビブ、エルサレム、ハイファなど、主要都市ほか、全国150箇所、50万人に達するとも予測された。

デモ隊は、ネタニヤフ首相や、司法制度改革法案の立役者の一人ロズマン氏はじめ、リクード議員たち与党政治家の自宅周辺を取り囲んで訴えた。

www.timesofisrael.com/police-called-in-as-protesters-hem-in-overhaul-architect-rothman/

エルサレムでは、旧市街の壁に大きな独立宣言の宣言書が掲げられ、民主主義の維持を訴えた。テルアビブのアヤロン高速道路など、全国の幹線道路が封鎖され、それを解除しようとした警察が、放水銃を使うなどして、暴力的な衝突が発生した。

南部アシュドドでは、港を封鎖し、路上でタイヤを燃やすといった光景もあった。合計92人が逮捕された。数え切れないほどのイスラエルの旗を掲げるデモ隊と、イスラエルの旗印をつけている警察官たちとが、つかみあいで争う姿は、なんとも、情けないというか。。

www.timesofisrael.com/anti-overhaul-protesters-gear-up-to-paralyze-nation-bring-battle-to-bnei-brak/

こうした中で、注目されたのが、デモを率いていた、ワイツマン科学研究所の物理学者、シクマ・ブレスラー氏の逮捕である。ブレスラー氏は、2021年に、汚職問題が明るみに出たネタニヤフ首相の辞任を求める運動、ブラックフラッグを始めた人として知られている。

ブレスラー氏の逮捕は一時的で、まもなく釈放されたが、逮捕事態は、政治的であり、独裁への入口だとに物議を呼んだ。

www.timesofisrael.com/opposition-decries-political-arrests-as-several-central-protest-leaders-detained/

超正統派地区ブネイ・ブラックで数千人がデモ

木曜は夜になると、数千人が、テルアビブに近い超正統派の町、ブネイ・ブラックにおいて、政府の司法改革に反対する大規模デモを行った。

なぜこの町かというと、以前よりこの町では、超正統派が兵役義務を免除されていることに関するデモが行われるなど、ユダヤ教政党に好意的なネタニヤフ首相に反発するデモが行われるようになっていた町であったことが考えられる。

また、ここには、与党で司法制度改革を進める一人である統一トーラー党、超正統派議員のモシェ・ガフに氏の自宅があり、先週には、その周りでの抗議運動が行われていた。

司法制度改革で、ユダヤ教政党含む政権が、司法をも支配するようになれば、いよいよ超正統派への兵役義務は遠のき、世俗派ばかりが、兵役義務を負うことになる可能性が出てくる。

大きな暴力はないまま、デモはここで終了となったが、ブネイ・ブラックでのデモは、たんに司法制度改革に反発するという点にとどまらず、宗教はと世俗派の対立という、ちょっと別の対立の要素が加わることになったとの懸念も出ていた。

www.haaretz.com/israel-news/2023-03-23/ty-article/.premium/why-israels-pro-democracy-protests-are-targeting-this-ultra-orthodox-city/00000187-0def-daf4-adbf-0dff31ca0000

ネタニヤフ首相訪問先・ロンドンでも出張のデモ隊

ネタニヤフ首相はこの混乱最中の24日早朝、外交訪問先のロンドンへ向かったが、デモ隊はロンドンでも、ネタニヤフ首相の方針に反対するイスラエル人によるデモが行われた。

www.timesofisrael.com/protesters-declare-week-of-paralysis-ahead-of-government-passing-core-overhaul-bill/

結局なにが起こっているのか?

1)イスラエルにおける司法の役割と在り方を問われている

ネタニヤフ首相や右派勢が出している最高裁任命に関する法案は、ロズマン氏が若干の妥協を加えた案を出した今、それほどに悪いものなのかどうかという疑問も出ている。最高裁を任命するのが、その時の政府であるという形は、実際のところ、世界ではそれほど珍しいものではないという。

たとえば、日本の最高裁の裁判官は14人だが、その時の内閣が指名して、天皇が任命して決まる。しかし、日本では、最高裁判所が首相を不適格として辞任を要求するなど聞いたことがない。三権分立ではあるが、政府と国会がほぼ全てを決定している。

要は、イスラエルでは、司法の権力やその在り方に、問題がないわけではないということがあきらかにはなったということである。

しかしだからといって、イスラエルが日本や他国と同じように、政府や国会が支配する形でもいいのかといえば、そうとも言い切れない。イスラエルは、ユダヤ人の国だが、世界中からの帰還民でもあり、相当に多様な国である。何が国の基盤なのかを明記する基本法を全員が守るということが、国として一致する、つまりは存在を継続するためには、必須だということである。

したがって、その基本法を守っているかどうかを監視する、特に政府のあり方を監視する司法の使命は、国の存続にもかかわってくるという点からすると、他の国と同レベルで考えることはできないということである。

そのため、そこにメスを入れるということは、非常に深刻な事態を招くということである。

www.jpost.com/israel-news/article-735270

とはいえ、実際のところ、今出ている法案の中身がよくわからないのに、反対デモに加わっているティーンエイジャーたちもいるということも否定はできないようである。

2)民主主義の新たな限界と問題

そもそも、なぜこれほどのデモになっているかといえば、今たとえ現政権が解散になったとしても、次回の選挙で、野党左派勢が過半数をとるみこみがないからだとの指摘もある。

本来なら、選挙で政権をとって、右派政権の方針を変えたらいいのだが、今この時点でも、野党左派勢が、政権を取り返す可能性は見えず、だからデモをするしかないということなのである。

とはいえ、これほどの市民たちが反対していることも確かである。民主主義で多数の支持を得て選ばれた政府なのだが、ぎりぎり過半数なので、反対者も半分近くいる。これほどまでの反対を受ける形で、政府は、多数派だ言い切って、この政策を続けてもよいのかどうか。

・・とはいえ、確かに過半数支持を受けて立ち上がった政府なので、そう簡単に方向転換するわけにもいかない。ここでも民主主義の問題点であり限界が提示されているようである。

www.ynetnews.com/article/hk1bns8e3

その本質がどうあれ、宗教派と世俗派の対立に拡大する様相もあり、時間がたつほどに、混乱は増している。イスラエル政府のプレス関係者も、「我々はいったいどこへ向かうのだろう」と途方にくれていた。

まさにイスラエルは、主になんとかしてもらうしかない、そういうところに立っているようである。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。