放火テロ犠牲パレスチナ人・父親も死亡 2015.8.10

7月31日、ナブルス近郊の町デュマで、ユダヤ人過激派によるとみられる放火テロ事件で、1才半のアリ・ダワブシェちゃんが焼死した事件。

昨日8月8日早朝、全身80%の火傷で重傷だったアリちゃんの父親サイードさん(31)が、ベエルシェバの病院で死亡した。サイードさんは、この日のうちに、西岸地区ナブルスに埋葬された。

母親のリーハムさん(27)は、90%の火傷で重傷。4才の長男は、意識は取り戻したものの、全身60%の火傷でまだ予断を赦さない状況が続いている。

西岸地区では、サイードさんの葬儀の直後にイスラエル軍に投石するなどして暴動となった。

また9日夜、エルサレムからテルアビブへのハイウエイ443号線(西岸地区ラマラに近い)のガソリンスタンドでイスラエル人がパレスチナ人に刺された。これを受けて、イスラエル軍が1人を射殺。まだ共犯者を捜索中である。

入植地各地では、パレスチナ人の報復に備え、自主的に夜回りが結成され、緊張が高まっている。しかし、恐れているのは入植地のユダヤ人だけではない。

デュマの放火犯はまだ逮捕されておらず、しかも犯行は単独ではないネットワークとみられ、パレスチナ人たちは、いつ放火されるかわからない恐怖で、夜も眠れないという。

パレスチナ自治政府は、この事件を国際刑事裁判所に訴える準備をすすめている。

<恐怖のHilltop Youth ユダヤ人ユース・ネットワーク>

今回のようなパレスチナ人の家にユダヤ人過激派が放火する事件は、今に始まったことではない。最近では、昨年11月にも就寝中のパレスチナ人家庭が放火される事件が発生している。

昨年6月に16才のパレスチナ人・アブ・クデールさんを生きたまま焼き殺したのもこの一派である。

イスラエルには90年代から”Hilltop Youth”(丘の上の若者)と呼ばれるネットワークがある。これは、宗教シオニストの中でも特に過激な若者たちからなるネットワークで、暴力によって、イスラエルから偶像礼拝の異教徒を一掃しようとするネットワークである。

聖書では、ギデオンが、夜に出て行ってバアルの祭壇を破壊したことが書かれている。(師士記6:27,28)。

動機は似ているのだが、このグループの場合は、イスラム教のモスクやキリスト教会を放火してまわり、さらには、その信者たちが就寝しているところを襲って焼殺するという、恐るべき”行き過ぎ”に走っているといったところ。

こうした若者たちは、大きなキッパと大きなもみあげ、白い祈りのショールをつけて現れ、パレスチナ人に対して暴力をふるう。”セトラー(入植者)”と呼ばれ、パレスチナ人の間で恐れられている。(添付写真:パレスチナ人に投石するHilltop youth)

ユダヤ人過激派の専門家であるシュロモー・フィッシャー博士によると、この若者たちは若いだけに、純粋に神のためにやっていると信じ込んでおり、その残虐性にも際限がないのだという。

彼らにとって大人のラビたちは、政府と申し合わせたり、パレスチナ人との合意をはかったりするので、生温い、堕落している存在である。だからだれの指導にも従わない。

また、若者独特文化を残しているので、きちんとした組織や、リーダーがいるわけでなく、なんとなくのネットワークでつながりつつ、活動を行っている。つまり、それぞれが自主的に活動しているので、防御も一掃も難しいということである。

フィッシャー博士は、このような残虐な行為を繰り返す者たちはごく少数だが、その少数が、イスラエルの国に危機的な影響を及ぼすと指摘する。たとえば、1995年に、ラビン首相を暗殺したイーガル・アミン(当時25才)も、この部類だった。

一方で、元諜報機関長官のディスキン氏は、このネットワークにかかわる若者が少ないというのは間違いだ。はもはや少数ではないと警告している。政府がこれまで驚くほど、この問題を放置してきたからである。

イスラエルには、緊急時には、裁判なしで最長6ヶ月まで身柄を拘束してもよいという措置が認められている。こうした逮捕は実際には、パレスチナ人のみに適応されてきたのだが、デュマでの放火事件を受けて、ネタニヤフ首相は、ユダヤ人過激派に対しても、適応・強化するよう指示した。

これを受けて、いったん逮捕されたが監視つきで軟禁状態だった少年たち3人が再逮捕された。その後も、西岸地区の前哨地へ一斉捜査に入り、若者たちの逮捕が続いているようである。

しかし、今度は、これに関して、「人権無視ではないか」、「パレスチナ人の機嫌取りだ」などの批判も上がりはじめている。

<サタンの影響か?再逮捕でにやつく少年>

最初に再逮捕された2人は、今年6月に、ガリラヤ湖畔のパンと魚の教会に放火したとして逮捕された16人のうちの2人である。

加えて、最も危険人物とされてきたメイール・エッツェンガー(23)も拘束された。メイール・エッツェンガーは、1930年代、アメリカで、「ユダヤのヒトラー」と恐れられた極右ラビ、メイール・カハネの孫(娘の息子)である。

エッツェンガーは、ここ6年ほど(つまり17才のころから)、値札行為と言われるパレスチナ人への暴力と、Hilltop Youthの中心的存在としてマークされていた。

エッツェンガーは、たとえばパレスチナ人の羊飼いが連れている羊に石を投げつけて殺し、その目の前で残虐にほふる異常さだったという。目撃した治安部隊隊員は、「なにか異常なものにとりつかれている」ようだったと語っている。

エッツェンガーは、これまで身柄の拘束はされていなかったのだが、治安部隊の監視を受けており、エルサレム、ツファット(いずれもユダヤ教聖地)など複数の町に行く事を禁じられ、しかも、毎週警察に出頭することになっていた。しかし、その命令も無視し、さっさとツファットに行っていたという。

にやにやしながら逮捕され、笑顔でメディアの写真におさまり、法廷に立った時も、にやにやしながら次のように語った。

”残念ながら、イスラエルの地は、トーラーの律法に忠実でない政府が支配している。政府にとって国が聖地であるということはどうでもよいことなのだ。ユダヤ人の国と言っているが、それは口だけだ。

僕を先祖からの聖地に入らせないようにし、最終的には、異教徒と融合し、イスラエルの民の特別な性質をなきものにしようとしているのだ。国の言う治安は、ユダヤ人の治安とは同じではない。

(つまり、イスラエル国家は、物理的な領土を守ることを治安と呼んでいるが、ユダヤ人の純粋な民族性を守るという治安は、治安とは考えていないということ)

またサイト”ユダヤ人の声”には、軟禁状態について以下のように書き込みをしていた。

“現在イスラエルを支配している政府は認めない。その指示にも従わない。政府の制限は気にしないことだ。私たちは、イスラエル王国の設立に全力を上げなければならない。”

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4688706,00.html

今、霊的にもこうした若者のためのとりなしが、少年たち自身のためだけでなく、イスラエル国家のためにも必要になっている。

<一般の入植者は?>

西岸地区にいる入植者全員が、Hilltop youthのように考えているのではない。確かに政治的に微妙と知りつつ西岸地区のベテルなどに住むユダヤ人たちも、宗教シオニストだが、暴力に訴えず、ただ聖書の価値観で子供たちを育てようとする若い家族たちもいる。

此の人々は、自らも小さな子供を持つ若い家族として、こうした恐ろしい暴力行為には当然、断固認めない立場である。

しかし同時に、「パレスチナ人の赤ちゃんが殺害されたことで、とんでもない大騒ぎになっているが、ユダヤ人の赤ちゃんが一家まるごと殺された時にこれほどの反響ななかったではないか。」と反論もする。

政府に対し、パレスチナ人に気をつかいすぎ、ユダヤ人の保護を怠っているという思いは、やはりあるようである。

<これからどうなる?>

ヘブライ大学のフィッシャー博士は、こうしたネットワークが活発化している背景と、超正統派ユダヤ教徒(ハラディ)の数が急増していることに関係があると解説した。

超正統派ユダヤ教徒の若者は、軍隊に入らず、基本的にトーラーとユダヤ教の学びしかしない。日がな一日、イシバに座って学ぶだけである。

超正統派の子供たちは、基本的に全員が超正統派になるため、こうした厳しい律法厳守の生活にむかない者も当然、出てくる。

フィッシャー博士によると、正統派ユダヤ教徒家庭に生まれた子供たちのうち15%は、おちこぼれるという。正統派は多産なので、すでにものすごい数の若者がおちこぼれていることになる。

おちこぼれた子供たちは、一般のイスラエル社会に入って行くことも不可能である。一般的な教育も職業訓練も受けていない。イーディッシュ語しか知らないので、コミュニケーションもとれない。

おちこぼれたちは、特に木曜(日本でいうなら金曜)の夜は町へ繰り出し、ぶらつくことになる。そこで、エッツェンガーのような活動家に出会い、人生になんらかの目的となるものを見いだしてしまうのである。

前ネタニヤフ政権では、こうした悪循環を終わらせようと、世俗派のラピード財務相と、教育相が結託し、「正統派も一般義務教育を受けなければ、社会補償はなし」との条件とつけようとした。兵役を義務づける動きも加速した。

ところがこの政権が2年ももたずに崩壊し、現在の第34ネタニヤフ政権は、ユダヤ教正統シャスが再び幅をきかせる政権に逆戻りしてしまった。

2016年度(2年分)の予算案がつい最近通ったところだが、上記正統派教育に関する制限は撤廃されることになった。フィッシャー博士は、正統派たちは、残念ながら、問題を解決に導く道を選んでいないようだと語っている。

一方、ディスキン元シン・ベト長官は、これまでこの問題を放置して来た政府を批判するとともに、今行われている対処も驚くほど弱いと指摘する。

「結局のところ、何かとりかえしのつかないほど大きなことが起こらないと、解決できないだろう。」と悲観的である。

ところで、放火の前のゲイ・パレードでの事件は、Hilltop youthの犯行ではない。こちらは、今回は、すでに逮捕されている狂信的な超正統派ユダヤ教徒のシュリーセルの犯行であり、現在、シュリーセルは精神鑑定に送られている。

しかし、Hilltop Yuth に加え、大人のハラディ(超正統派)の中にも、暴力に訴えてでもイスラエルを異教徒や堕落から守ろうとする流れがあるということも合わせてお伝えしておく。

<石のひとりごと>

今回の事件で驚かされたことは、こうしたユダヤ人ユースによる暴力の実態がほとんど報道にあがっていなかったことである。

昨年、モハンマド・アブ・クデールさん(16)が焼殺されたとき、東エルサレム在住のパレスチナ人クリスチャンのFさんが、”セトラー”が毎晩来て、小さな子供を狙っていると話していた。

彼は出張で自分が不在となり、家族を守れない時には、妻と子供たちをヨルダンへ避難させていた。

Fさんは、イスラエルのメディアも警察も何も報じていないと怒っていたが、今になってみればFさんの言っていたことは本当だったのである。

また、裁判なし拘束も、これまで散々パレスチナ人をこのように逮捕してきたのだが、だれも人権侵害とは言わなかった。
今ユダヤ人が同じ扱いを受け始めたら急に問題視し始めた。

やはり、パレスチナ人が、イスラエルに対して根強く怒る背景には、それなりの原因もあるということである。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。

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