東アレッポ陥落:アサド大統領が勝利宣言 2016.12.17

シリア政府軍がロシアの後押しを得て、東アレッポの反政府勢力への激しい総攻撃を開始して2週間あまり。ついにシリア政府軍が東アレッポを制圧した。

反政府勢力が撤退を余儀なくされ、東アレッポの小さな2地区に立てこもるだけとなった火曜、シリア政府軍は、いったん空爆を停止した上で、当初、アル・ヌスラとそれ以外の組織を分けて、東アレッポから出て行くよう通告。脱出用のバスも用意した。

しかし、この時点では、反政府勢力はこれに応じなかった。このため、シリア政府軍は、水曜から木曜にかけて、この最後の砦ともいえる2地区への激しい空爆を再開した。現場にいた住民によると、空からはシリア軍、地上ではイラン軍が攻撃していたという。

この間、シリア政府軍が無差別に市民82人を、通りで射殺したとか、子供約100人が取り残されたビルが燃やされているとか、脱出しようとした車列が空爆されたなど、残虐な行為が行なわれているとの情報が流れた。

激しい爆撃の中、シリア市民による救出隊ホワイトヘルメッツなど、現場に取り残されたシリア市民らがソーシャルメディアを通じて、「これが最後のレポートになる。」といった悲痛なメッセージを次々に発信してきた。

バン・キ・ムン国連総長は、「アレッポで残虐な行為が行なわれている。」「アレッポは地獄だ。」と懸念を表明した。ケリー米国務長官は、こうしたシリア軍の行為は戦犯にあたると訴えた。

しかし、丸腰の市民の虐殺について、シリア政府軍は完全に否定。逆に、”テロリスト”である反政府勢力が市民を人間の盾にしていると主張した。

危機的状況の中、ロシア(シリア政府側シーア派)と、トルコ(反政府勢力側スンニ派)が、東アレッポの引き渡しについての交渉を続けた。

結果、シリア政府は、反政府勢力の安全を約束。まずは負傷者を脱出させることで合意し、改めてバス20台、救急車10台が準備された。BBCによると、反政府勢力4000人とその家族1万人を含む5万人が脱出すると推測された。

脱出した人々が行く先は、シリア北西部の反政府勢力支配域で、唯一残された拠点イドリブの近くの2つの村である。脱出するのは、反政府勢力約4000人とその家族1万人を含む5万人と推測されている。

木曜午後から負傷者の脱出がはじまり、ほこりまみれの救急車と緑のバスの車列が、完全にがれきとなった街から延々と出て行く続く映像が報じられた。国際赤十字によると、金曜朝までに約6500人(ロシア軍は9000人と主張)は脱出したとみられる。

救急車とバスは何度もピストン運転していたが、金曜午後、ロシア軍の司令で再び脱出が停止させられ、金曜夜(日本時間明け方)より、長い車列は立ち往生しているもようである。

原因は不明だが、どうやら、反政府勢力が、約束に違反して重火器の兵器を持ち出したとの情報がある。

ニュース映像で見ると、脱出者を乗せていくバスには、フロントガラス部分に、シリア政府の国旗とアサド大統領の顔写真が貼り付けてあった。このバスでアレッポを後にする反政府勢力や、多くの家族を失いながらも今まで耐えてきた市民たちの屈辱感は想像を絶する。

www.bbc.com/news/world-middle-east-38329461

一般市民でアレッポに残留したい人は残留も許されているようだが、地雷が埋められていることと、あまりの破壊のすさまじさで、もはや人間が住める状態ではなさそうである。

人間によって完全に破壊されつくした人口200万人、シリア第二の都市アレッポが、ほぼ完全に破壊され、無人となり、今はまるでSF映画の世界である。

www.reuters.com/article/us-mideast-crisis-syria-idUSKBN1420H5

<これからどうなる?>

1)さらなる戦いと殺戮の可能性

アレッポを制圧したアサド大統領は、ウェブサイトで、この勝利は、シリア軍にとって、テロに対する勝利と位置づけ、歴史的な転換になると豪語した。これでアサド政権を倒すという反政府勢力、ならびにアメリカの目標は、かなり遠のいたといえる。

しかし、これで内戦が終わったのではない。

アレッポをとられた今、反政府勢力と市民たちが脱出している先のイドリブ周辺は、広範囲に反政府勢力エリアで、シリア政府支配域に囲まれた形になっている。(地図参照)

南部でも、シリア政府支配域に囲まれている反政府勢力のエリアが多数、点在する。イドリブやこうした町が、第二のアレッポになる可能性は十分ある。

悲惨なのは一般市民たちである。シリア政府が、東アレッポの住民の脱出先として選んだ村は2つで約2万人の町。脱出者たちが来る前からすでに、食べ物は底がつき、草を食べ、病院では麻酔なしで手術が行われるようになっているような町である。

そこへ身も心も傷ついた人々5万人が来るのである。住めるような場所もない。中東ではここ数日寒く冷たい雨も降った。気温はマイナスになるのに、毛布はあるかないかである。食べ物なく寒い。冬はまだこれからである。

2)イラン、ロシア、トルコの台頭

アサド政権のアレッポでの勝利は、ロシア、イランなしにはありえなかった。今後、中東ではこの2つの国、特にイランの存在感が倍増したといえる。

www.reuters.com/article/us-mideast-crisis-syria-iran-analysis-idUSKBN143252

金曜夕方からアレッポで、住民の脱出が立ち往生になっているが、脱出を止めたのはロシアだった。現在、ロシアとトルコは、カザフスタンに、シリア政府と反政府勢力の代表を呼び、和平交渉を行うよう働きかけているという。

こうした働きかけは、アメリカと国連、EUがジュネーブで行おうとしている和平会議とは別に行われる試みで、もし実現したとしたら、アメリカや西側諸国にとっては、敗北ともいえる状況になる。

トランプ氏ひきいるアメリカが、今後中東でどのような政策に出てくるのか。今後目が離せないことになってきている。

*トランプ新政権とロシア

就任が来月にせまったトランプ米新政権だが、オバマ政権とはまるで方針が違うため、アメリカ政府から出てくるメッセージが現在、バラバラである。

特にアメリカのCIA(中央情報局)が、今回のアメリカ大統領選挙で、ロシア、特にプーチン氏自身も関わってサイバー攻撃を行ったと衝撃的な訴えを行った。ロシアが、トランプ氏を当選させるため、クリントン候補の情報を流したというのである。

オバマ大統領は、これはけしからんことであるとして、断固、対処する姿勢を明らかにしている。当然、ロシア側はこれを完全に否定。トランプ氏も、自国のCIA諜報機関の訴えであるのに、ただちに「バカバカしい」と一蹴した。

アメリカのトップ2人から、全く違う2つの声が発せられている。どちらが本当ことを言っているのかはわからないが、トランプ氏はm自国の諜報機関と大統領の間に信頼関係がない状態で、今後国は成り立つのか・・・とも思わされる。

3)イスラエルへの影響

中東、特に隣国シリアで、イランが強くなることはイスラエルにとっては好ましいことではない。しかし、アレッポが制圧される前後、ちょうどネタニヤフ首相が奇しくもカザフスタンと、ウズベキスタンを歴訪していた時だったが、イランからは、強気の発言が続いた。

日曜、イランの防衛相は、トランプ氏が、イランとの合意を破棄すると言っていることについて、「もしトランプが中東で戦争をしかけたら、シオニスト政権(イスラエル)と湾岸諸国は破滅する。世界戦争になる可能性もある。」と警告した。

www.timesofisrael.com/iran-if-war-imposed-on-us-israel-gulf-states-will-be-destroyed/

またイラン最高指導者ハメネイ師は15日、「前から言っているが、もしイスラム世界とパレスチナ人が一つになって戦えば、シオニスト政権は、25年後には存在していないだろう。」とツイッターした。

ネタニヤフ首相は、カザフスタンの大統領との対話の中で、「イスラエルはうさぎではなく、トラである。イランはそれを知っておくべきです。」と語った。

大きな話は別として・・イスラエルとシリアとの国境、ゴラン高原のシリア側は、現在、大部分を反政府勢力が支配している。もしここで、アレッポのような激しい戦闘になれば、流れ弾等が飛んできて、イスラエルが反撃せざるとえず、巻き添えになる可能性が出てくる。

またその後に、イランが、レバノンとイスラエルとの国境にその配下のヒズボラを配備しているのと同様、ゴラン高原にまで影響を及ぼしてくるかもしれない。

ゴラン高原については、今後シリアで、ロシアがどうでてくるのか、また、トランプ新政権がどう出てくるのかによっても情勢は大きく変わってくるだろう。現時点では、これまでと同様に、諜報活動を行いつつ、国境の守りを固めるだけ。。といったところのようである。

*ネタニヤフ首相のカザフスタン・アゼルバイジャン訪問

今週、ネタニヤフ首相は中央アジアのイスラム国であるカザフスタンとアゼルバイジャンを訪問した。両国との良い関係を保ち、経済、各種協力関係を維持することが目的の外交訪問である。

カザフスタンは、国連総会では、常に反イスラエルの立場をとっている。ネタニヤフ首相は、今回、同国を訪問する初めてのイスラエル首相となった。

カザフスタンは、ロシアや中国だけでなく、アメリカとも友好関係を維持している。この国を通じて、さらに中国での市場にアクセスができると期待されている。

また、ネタニヤフ首相は、カザフスタンに対し、イスラエルが、国連安保理の非常任理事国になるために賛成票を要請したという。エルサレムポストによると、イスラエルはまだ一度も安保理入りしたことはない。

アゼルバイジャンは、イスラエルが最も多くの石油を輸入している国。一方アゼルバイジャンは、イスラエルから武器を購入している。

www.jpost.com/Israel-News/Politics-And-Diplomacy/Kazakhstan-asks-Netanyahu-for-help-in-war-on-terror-475341

こうしたアラブ諸国が、ネタニヤフ首相の訪問を受け入れ、イスラエルと協力関係を進めていることに対して、イランは反発していた。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。

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