イランとアメリカ戦争か否か:イスラエルの反応と分析 2019.6.26

 
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写真出展:BBC

<急速に悪化するイランとアメリカ:対立の構図>

イランとアメリカが戦争直前にまで迫っていることは連日報じられている通り。13日、安倍首相がイランの首脳と会談し、アメリカとの対談をすすめたところ、それに合わせたかのように、日本企業含む2隻のタンカーが攻撃された。

アメリカがイランによるものと断定する声明を出すと、イランはこれを正面から否定。17日には、ウランの濃縮スピードを4倍にすると発表した。これにより、核兵器に必要な高濃度ウランにも届く可能性が出てくる。

イランは、もしこのまま経済制裁が緩和されない場合、6月27日までには、2015年の超大国との核合意で定められた核保有の限界を超える、つまり合意から離脱する見通しと警告する声明を出した。イギリス、フランス、ドイツは、イランに合意にとどまるよう警告したが、ロシアと中国は無言のままである。

www.bbc.com/news/world-middle-east-48661843

これを受けてアメリカは、ペルシャ湾に配備した戦闘機、空母などに加え、兵力1000人を増強すると発表した。アメリカもイランも戦争はしたくないとは言っているが、まさに一触即発の事態となっている。

www.nytimes.com/2019/06/17/world/middleeast/iran-nuclear-deal-compliance.html

こうした中、20日、ホルムズ海峡の非常に微妙な海上で、アメリカのドローンが撃墜された。ドローンといっても、推定1億3000万ドル(約150億円)の大きなUAV(無人監視航空機)である。ドローンは、ペルシャ湾に近いイランの弾道ミサイル発射地を偵察していたとみられている。

アメリカは、ドローンは、国際空域でイランに撃墜されたと発表。トランプ大統領は、「イランのだれかが、愚かなミスで撃墜した。馬鹿者だ。」と辛辣に非難した。

www.france24.com/en/20190620-iran-usa-drone-shot-down-air-space-growing-tensions

これに対し、イランは、ドローンの撃墜は認めたが、国際空域ではなく、イラン領空で撃墜したのであり、防衛であったと主張。イラン革命軍(トランプ大統領がテロ組織に指定)は、回収したUAVのアメリカの残骸を前に、数十人で勝利の祝いをする様子を世界に流した。

www.nytimes.com/2019/06/22/world/middleeast/iran-drone-revolutionary-guards.html

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アメリカのドローン撃墜地点:両者の食い違い 地図:BBC

いよいよ戦争になると懸念され、ホルムズ海峡上空を飛ぶ民間機は、航路を変える処置をとりはじめた。

翌21日、トランプ大統領は、アメリカ軍に報復の軍事作戦を命じたが、10分前にこれを停止する命令をだしたことを明らかにした。

トランプ大統領によると、イランの軍事拠点3箇所を口撃する計画で準備も整っていたが、犠牲者が150人に上る見通しと聞いて、ドローン一機を破壊されたことへの報復としては、犠牲が大きすぎると判断したと言っている。

しかし、そこまでの計算が、それ以前になされていなかったはずはなく、おそらく、イランに対し、「アメリカは本気であるが、イランへのあわれみももっている。」と改めて強圧的な姿勢を強調した可能性もある。

またその後の報道によると、アメリカは、軍事行動は控えたが、イラン革命軍関係施設へのサイバー攻撃が行ったとの情報もある。ただしイランはこれを否定。

トランプ大統領は、「イランとの戦争は望まない。前条件なしでイランと話したい。」とコメントしたが、イラン側は、「だいたいアメリカが合意から離脱して経済制裁を行っていることが問題で、その上、地域に軍備を展開している状態では、”前条件なし”と言っていることに信ぴょう性がない。」とこれを拒否した。

www.apnews.com/f01492c3dbd14856bce41d776248921f

<イラン:新たな経済制裁発動で国連安保理警告も拒否>

イランが、話し合いに応じなかったことから、25日、トランプ大統領は、イランへの新たな経済制裁を発動した。この制裁は、イランのイスラム最高指導者ハメネイ師と、イラン革命軍幹部8人をターゲトにしたものだという。ホワイトハウスによると、今週末までには、イランのザリフ外相も制裁の対象になる。

この数時間後、国連安保理が、イランとアメリカは、双方とも軍事衝突するべきでないとの声明を出した。これに対しイランは、アメリカが、新たな経済制裁を発動して脅迫している状態では、まだ話し合う準備ができているとはいえないと返答した。

また、今回の制裁が、ハメネイ最高指導者(数十億ドルの資産凍結)やザリフ外相をターゲットにしていることから、もはや外交の道が永遠に閉ざされたようなものだとイランの外務省スポークスマンはツイートした。

www.jpost.com/Breaking-News/Iran-says-US-sanctions-on-Khamenei-mean-end-of-diplomacy-Tweet-593604

その後、イランのロウハニ大統領は、ハメネイ師には、モスクと自宅しかないのに経済制裁とは、アメリカは、頭がおかしいと語った。トランプ大統領は、これに激怒したという。

こうした状況について、国連安保理は、26日、イランとの核合意についての対処を話し合うことになっている。イランと核合意を結んでいるイギリス、フランス、ドイツは、「両国は、国際法を尊重し、とりあえず、エスカレートを止めるための話し合いをするべきだ。」と言っている。

www.timesofisrael.com/iran-shuns-talks-with-us-as-security-council-urges-calm/

<イランはどうなっているのか>

アメリカが、厳しい経済制裁をこれでもかというほどに厳しくしているのは、イラン市民の指導部への不満をあおることも目的の一つである。

イラン最大の輸出原油の禁輸措置を始めたので、イラン経済は、相当な打撃を受けている。

イランの通貨リアルは、かつて1ドル=3万2000リアルであったが、今は13万リアルである。インフレ率は37%。つまり1年間で、物価が3.7倍、1個100円だったキャベツが370円になったということである。牛乳は倍だという。

野菜や果物といった食物の物価までが上がっているので、それ以外のもの、たとえば携帯電話を買おうとすると、2ヶ月分の給料が必要になるという。この物価上昇にもかかわらず、イラン人労働人口の12%にあたる300万人が失業している。

イランが現在のようなイスラム主義政権になったのは、1979年のイスラム革命以来である。イラン市民たちは、イランは資源も豊かな国であるはずなのに、今、これまでにない苦難を経験していることについて、政権を批判する声は少なくないようである。

www.timesofisrael.com/iranians-say-their-bones-breaking-under-us-sanctions/

イラン政府が、相当な圧力の下にいることは間違いない。

<イスラエルの対応:ボルトン大統領補佐官を迎えて>

ネタニヤフ首相は、先週、タンカーが攻撃された際、すぐにアメリカがイランによるものと指摘したのに同意するコメントをだした。また、20日にアメリカのドローンが撃墜された際にも、国際社会は、アメリカに賛同し、イスラエルは、アメリカの側に立つとの立場を明確にした。

また24日、この緊張高まる最中、タカ派で知られるアメリカのボルトン大統領補佐官が、シリア問題について話し合うために開催されたアメリカ、ロシア、イスラエルの3国サミット(次の記事)を前に、イスラエルを訪問。イスラエル側からヨルダン渓谷などを視察した。

ボルトン補佐官は、エルサレムでの記者会見で、イランの避難すべき点として次のように述べた。

①イランは、中東で過激派を支援している。(レバノンのヒズボラ、シリアのアサド政権、イラクのシーア派組織、イエメンフーシ派反政府勢力、アフガニスタンに駐留するアメリカ軍への攻撃) 
*イエメン内戦は、イランとサウジアラビア(アメリカ側)の戦争が繰り広げられているが、最近イエメン(フーシ派)からサウジアラビアの空港への攻撃が相次ぎ、死者も多数出る事態となっている。

②イランが核兵器開発を放棄する決断をしたという確たる裏付けがない。
③テロ組織を支援する中で、大陸間弾道ミサイルを開発している。

ボルトン大統領補佐官は、イランが、これらを公にせず、国際社会の目をかいくぐるように行っていると非難した。

www.jpost.com/Middle-East/Trump-calls-US-National-Security-Advisor-Bolton-an-absolute-hawk-593598

これらは、ネタニヤフ首相が以前から指摘してきたことであるが、アメリカのボルトン大統領補佐官が、エルサレムにおいて、正式に指摘したということは、アメリカとイスラエルが、同じところに立っているということの確たる証明と言える。

こうなると、イランが、イランいわく遠い大サタン(アメリカ)より先に、近い小サタン(イスラエル)を攻撃する口実になるかもしれない。イスラエル国内では、イスラエルは、この問題にあまり表立って介入するべきではないとの声もある。一方で、アメリカとの強力な同盟を誇示する方がイスラエルの防衛になるとの考え方もある。

いずれにしても、イスラエルでは、イラン、またはイランの支配下にあるヒズボラなどからの攻撃の可能性にそなえている。しかし、これは今に始まったことではない。

<トランプ政権:国防長官不在での決断>

トランプ政権では、人事の入れ替わりが激しいが、今回、イランへの攻撃を決めて、直前の撤回という事態は、正式な国防長官が不在という中での決断であった。

昨年、トランプ大統領が、シリアとアフガニスタンの米軍を撤退させると宣言した際、これに同意できないとするマティス国防長官が辞任。以来、まだ正式な国防長官はおらず、パトリック・シャナハン氏が国防長官代行であった。

そのシャナハン氏も、家族の件で、辞任を表明したため、トランプ大統領は、マーク・エスパー陸軍長官を新しく国防長官代行に指名した。ちょうどイランへの攻撃、また直前の撤回というごたごたは、この交代がまだ完了していない最中であった。

つまり、国防長官なしに、トランプ政権がイランへの攻撃をいったん決定したということである。これほどまでに重大な決断を国防長官(日本でいえば防衛相)なしに決定していたことに、懸念がひろがっている。

www.jiji.com/jc/article?k=2019061900124&g=int

トランプ政権には、タカ派と目されるジョン・ボルトン大統領補佐官がいる。トランプ大統領は米テレビ番組のインタビューで、ボルトン大統領補佐官が、確かにタカ派であると述べ、彼がしきったら、世界が戦争になると評した。

しかし、トランプ大統領は余裕で、トランプ政権にはタカ派もハト派もいる、政権には両方必要と述べた。なんとも気軽に言ってくれるが、トランプ政権の決断しだいでは、世界を巻き込む戦争にもなりうるわけである。

www.jpost.com/Middle-East/Trump-calls-US-National-Security-Advisor-Bolton-an-absolute-hawk-593598

ニューヨークタイムスのコラムニスト、トーマス・フリードマン氏は、今、イランと中国に、同時に大きな痛みを与えているトランプ大統領を評価しながらも、どこに向かうのか、明確な目標がみえないことや、単独で動いており、協力する同盟国がない点に危機感を述べる。

今のイラン問題、また中国問題がどう向かうかによって、世界の経済、核開発の行方が決まってくる。フリードマン氏は、2019年が世界の歴史における大きな分岐点になりうると警鐘をならしている。

www.nytimes.com/2019/06/25/opinion/trump-china-iran.html

<石のひとりごと>

アメリカの強硬な姿勢をみれば、イランが、「先に合意から勝手に降りたのはアメリカの方だ。さらに今、脅しをかけながら、話し合いをしようとは、ありえないことだ。」というのも一理あるように見えている人も少なくないだろう。

しかし、ボルトン大統領が指摘するように、イランが、今に至るまで、上記のようなことを隠れて行ってきたことは事実のようである。

また、イランの現政権は、核開発に関して国際社会と平和な話し合いを続けたが。10年以上ものらりくらりとかわすのみであった。一方で、経済制裁など実質の圧力が耐えられなくなると、逆にイランから話し合いを申し入れたのであった。これが2015年の核合意である。

2015年の核合意は、アメとムチという視点でいうなら、アメであったといえる。そのアメで、イランが武力や影響力を増強してしまい、いまや危険は、中東のみならず、国際社会にも広がり始めている。このため、ネタニヤフ首相と、トランプ大統領は、イランには強硬姿勢でなかればならないと言っているのである。

こちらが引けば、相手も引いて平和な結論になるというのが日本の常識だが、中東では、こちらが引けば、相手はその分つけあがる。このネイチャーは、日常生活でも経験するところである。引いたり、押したりをバランス良く、狡猾にすすめることが求められるのが中東である。

しかし、ここまでアメリカが強圧的に出ている現状では、イスラム革命の発信地としての誇りを持つ現イラン政権が、十字軍と見ているアメリカの前に頭を下げるという選択肢はないだろう。戦争になるか、もしくは、トランプ大統領、ネタニヤフ首相が望んでいるような、イラン市民自身による現政権打倒しかない。

イラン市民の中では、アメリカに好意はなくとも、現政権への不満は高まっているとの報告もある。

ここからどうなるのか、戦争になり、多くの死者が出て、世界の石油に大きな影響を及ぼす大混乱をもたらすのか。ニューヨークタイムスの評論家フリードマン氏が言っているように、危険度の高さの割に、どうにも先が見通せない状況である。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。