平和な時はもめる国会・国内情勢 2017.10.30

<最近のイスラエル情勢:とりあえず平和>

10月16日、イスラエルでは、北部ゴラン高原にシリア政府軍からとみられるミサイルが着弾。イスラエルの空軍機が、シリア領内へ反撃する事件が発生した。その同じ日、南部でも、ISISからとみられるロケット弾が、シナイ半島から発射され、イスラエル南部エシュコル地方に着弾。イスラエルに被害はなかったことと、シナイ半島では、エジプトがISISと戦っているため、イスラエル空軍による反撃はなかった。

いずれも緊張する出来事ではあったが、これらは今に始まったことではない。今回もその時だけのことで、いずれもすみやかにニュースから消えた。

イスラエル最大の脅威イランについては、トランプ大統領が、2015年に締結された核兵器開発保留を反故にする、つまりは、イランへの経済制裁再開への意欲を表明したりしているが、結局は議会がこれに賛同しなければならないため、今の所、まだ実際的な動きはない。

こうしたアメリカに対抗し、イランは、弾道ミサイルの発射実験を行った。「これからもミサイル開発は続ける。」と言っている。これに対し、イスラエルがどうするのかが注目されているが、今の所大きな動きはない。

パレスチナ問題については、10月27日、ガザ地区でハマスの治安部隊長官タウィック・アブ・ナイムが、乗っていた車が爆発し負傷するという事件が発生。ハマスの指導者ハニエは、ハマスとファタハの和解を妨害しようとするイスラエルによる暗殺未遂だと非難した。イスラエルは、まったくノーコメント。

ハマスとファタハの和解だが、イスラエルの元防衛相ヤアロン氏は、記者会見において、「ハマスとファタハの合体はありえない。」との見解を確信を持って語った。イスラエル政府も、ハマスとファタハがものわかれに終わるのは時間の問題とみているようで、危機感はない。

今、世界は、スペイン・カタローニャの独立問題、予測不能なトランプ大統領、北朝鮮の核問題などで忙しい。中東アラブ諸国も、イランの核兵器・ミサイル問題の他、シリア・イラク情勢、クルド自治区の独立問題などで手一杯である。イスラエル・パレスチナ問題は、もはや世界の片隅の問題といった様相だ。

こうなると、イスラエルでは国内に目がいくもので、最近では、国内でもめるニュースが続いている。

<リブリン大統領がネタニヤフ政権を痛烈に批判>

イスラエルでは、23日、冬季国会会期が始まった。会期開催の初日演説で、リブリン大統領は、ネタニヤフ首相と国会を前に、「現政権は、司法とメディアという、民主主義を監視する組織の権限を縮小しようとしている。3権分立(立法府、行政、司法)を脅かすことは、イスラエル国家の本質に対するクーデターともいえる。」と大胆に批判した。

www.timesofisrael.com/opening-knesset-rivlin-warns-of-government-coup-against-democracy/

リブリン大統領が指摘するのは、ネタニヤフ政権による行政府、ネタニヤフ連立政権が過半数になっている国会・立法府と、最高裁の司法府が対立している件である。具体的な対立の主なものは以下の2点。

1)ネタニヤフ首相汚職疑惑をめぐる対立

ネタニヤフ首相は、現在、複数の汚職問題で捜査を受けていることは8月にお伝えした通り。これに対し、右派系与党連立政権は、首相には刑事訴追は免責とする法案を国会に提出した。左派野党勢は当然これに反発。首相の座が犯罪の巣窟になるとして、採択するかどうかでもすでに論争となっている。

イスラエルでは、法案が法律になるためには、国会を3回通過した上、司法府の長である司法長官がこれに同意しなければならない。現現職マンデルビット司法長官は、すでに、この法案に同意しない意向を表明しており、政権側と対立している。

www.timesofisrael.com/pm-immunity-bill-will-provide-a-refuge-for-criminals-ag-warns/

*主なネタニヤフ首相汚職疑惑

①ハリウッドの富豪から超高価なシガーやシャンペンなどを受け取っていた問題、②首相自身に有利になるよう、大手メディアに利便を図ったとみられる問題、③ドイツから潜水艦を購入するにあたり、国防省の意思に反して特定の会社からの購入を決めた件。ここに、首相のいとこで首相の個人弁護士でもある人物などが関与していた問題。

これに加えて、サラ夫人の家中使用人への粗悪な取り扱いなども問題にあげられている。ネタニヤフ首相はこれを全面否定している。

これらの件に関しては昨年11月から、社会的批判の元になっている。テルアビブ近郊ペタフティクバ氏のマンデルビット司法長官の自宅前では、左派系住民らが、首相弾劾を求めるデモを行っていた。汚職疑惑が、刑事訴追の対象になったことが公になってからは、デモに参加する人の数は、2000人を超えるようになっていた。

最高裁は、当初、民主主義の原点から、現職首相に反対するデモを事実上認める姿勢を示していた。しかし、デモの参加者が2000人を超えてきたことから、司法長官自宅前でのデモは500人を限度とするとの命令を出すに至っている。

この法案について、ネタニヤフ首相自身は、汚職疑惑を全面否定していることもあり、「興味がない」と語っている。

www.timesofisrael.com/high-court-lifts-cap-on-protests-at-ags-house-over-netanyahu-graft-probes/

2)合法化法案(Regulation Bill)に関する対立

ネタニヤフ政権率いる行政・立法府と、マンデルビット司法長官との対立は、もう一つある。

連立政権の一員である右派ユダヤの家党のベネット氏は、昨年10月、西岸地区入植地にあるユダヤ人入植地で、まだ合法化されていない”前哨地”(Outpost)とされる地域の合法化を可能にする法案、いわゆる合法化法案(Regulation Bill)を国会に提出した。

これは、最も古くから問題となっている”前哨地”アモナについて、最終的に、最高裁が違法(パレスチナ人の所有地に建てられている)と判断し、昨年12月を撤去期限としていたことへの対策であった。この法案が通らなければ、アモナは強制撤去されるということであった。

しかし、アモナを合法化法案の対象にすることは、明らかに司法府最高裁が決めたことに反対することになるため、ベネット氏とネタニヤフ首相が夜を通して妥協策を練り、アモナは撤去するが、他の前哨地はすべて、撤去をのがれるという妥協案で、合法化法案を再提出。

その後、国会で採択が行われ、合法化法案は、2回目まで通過したのであった。*アモナの撤去は乱闘の末、12月に実施された。

しかし、この合法化法案に関しても、最終的には、マンデルビット司法長官がこれを認めない意向を発表したため、この法案は今も棚上げになったままである。

このように、政権側が何を決めても、結局マンデルビット司法長官が止めてしまうということで、いまや、司法府が、ネタニヤフ政権の目の上のたんこぶ状態なのである。リブリン大統領が言うように、司法府は、確かに、国が右にも左にもそれすぎないよう見張っているということのようである。

しかし、最悪の場合、政権側が司法長官の首をすげかえる可能性も出てくる。リブリン大統領は、この状態に対し、痛烈に釘をさしたということである。

www.jpost.com/Opinion/Mandelblits-time-of-decision-480989

3)エルサレム拡大法案は採択延期へ

問題になっている法案はもうひとつある。エルサレム拡大法案である。この法案は、エルサレム郊外にあたるマアレイ・アドミムやギブアット・ゼエブ、グッシュ・エチオンなど、今は入植地扱いだが、実際には、しっかりとしたユダヤ人地区になっているエルサレム近郊西岸地区の19の地域を、エルサレム市に併合しようとする法案である。

現在、エルサレムの総人口は約90万人で、ユダヤ人は54万人(61.1%)、アラブ人37万人(37.3%)。この拡大法案が実現すると、エルサレムの総人口は、15万人増えて100万人を超える。人口比はユダヤ人が67%、アラブ人が32%となるみこみ。

この法案については、パレスチナ人からの反発はもちろん、国際社会からの反発もあるため、イスラエルの”領土しての併合はしない”が、”エルサレム市の一部になる”という妥協案で提出された。具体的には、市の境界線が広がるだけという考え方で、これらの地域の住民には、エルサレム市の選挙権が与えられることになるという。

超正統派たちは、エルサレムが拡大すると、エルサレム住民の世俗派の比率が増えて、超正統派の声が、市に届きにくくなるとして、この法案には反対している。

www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/237257

この案についても、結局、司法府が差し止めると思われるが、この案については、アメリカもブレーキをかけていることから、ネタニヤフ首相の方で、採択の延期を決めたとのこと。ネタニヤフ首相は、今はアメリカと足並みをそろえることが肝要と考えている。

www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/237348

<超正統派の兵役拒否デモで超正統派にも亀裂>

超正統派の兵役拒否デモは9月にも発生し、治安部隊と暴力的な衝突になったが、10月16日、22日と、超正統派の中でも過激とされる”エルサレム党”のメンバーが中心となり、再び大きなデモを繰り返した。

16日のデモはエルサレムだけでなく、全国各地でも行われた。超正統派たちは、警察官らへののろいを叫んだり、暴力行為にも及び、エルサレムでは8人、テルアビブ近郊の超正統派の町、ブネイ・ブラックでのデモでの逮捕者は、40人に上った。

www.timesofisrael.com/over-30-arrested-in-violent-ultra-orthodox-anti-draft-protests/

今回のエルサレムでの大規模デモは、テルアビブ方面をつなぐ国道1号線への出入り口で発生した。このため1号線が閉鎖されたほか、バスや路面電車も止められ、夕方、帰宅を急ぐ多くの市民が足止めとなった。兵役にもつかず、国の社会補償で生活する人々が、多くの納税者らに迷惑をかけたことになる。こうしたデモは、世俗派の人々の反感を増し加えるという結果になっている。

これに危機感を持つ超正統派もいる。超正統派は、大きく2派ある。一つはハシードとよばれるポーランド系、もう一つはリトアニア系。暴力的なデモで問題を起こしているエルサレム党はハシードのメンバーである。

暴力的なデモがイスラエル社会の超正統派に対する概念を変えてしまう可能性に危機感を持ったリトアニア系のラビは、「エルサレム党はまるで羊飼いのいない羊だ。」と、同じ超正統派ながら、痛烈に批判するコメントを出した。

www.haaretz.com/israel-news/.premium-1.819389

超正統派のデモが発生し続ける一方で、家族やコミュニティの反対を押し切ってイスラエル軍に従軍する超正統派の若者は増加傾向にある。

イスラエル軍では、基礎訓練の最後に、テルアビブからエルサレムまでの60キロを重い装備を背負った状態で歩くという卒業訓練があるが、26日、超正統派の若者達からなる新兵部隊がこの行軍を終え、ラビに祝福される様子が報じられた。

www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/237346

イスラエルは、超多様な社会。一面を見てすべてを語ることは、まったく不可能であるということは知っておくべきであろう。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。

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