シナイ半島にいるISIS 2015.7.4

www.jpost.com/Middle-East/Analysis-Egypt-is-losing-its-war-against-ISIS-in-Sinai-407822

北部国境のゴラン高原にISISが入り込んでいることはすでに明らかだが、南部国境のシナイ半島にもISISが進出していることが、水曜のISIS 関係サラフィスト(過激派)の大規模エジプト軍攻撃で,公に明らかになった。

予想外に勃発したこの戦闘では、メディアによって混乱があるが、おおむね、先の攻撃でエジプト治安部隊70人、サラフィスト22人が死亡。エジプト軍の反撃で、サラフィスト100人、エジプト軍兵士17人が死亡している。(エジプト軍発表)

ガザとの国境付近のイスラエル領内でも、この戦闘の爆音が聞こえたと南部キブツ住民は語っている。また今回、エジプト軍が、F16戦闘機で反撃したため、シナイ半島はまるでヨム・キプール戦争(1973)の再来のようだったという。

この後の昨日金曜日、イスラエル領内エシュコル地方に、ガザではなく、シナイ半島からとみられるロケット弾が着弾。被害はなし。後に、ISISが犯行声明を出した。これに対するイスラエル軍の反撃は今の所伝えられていない。

<エジプト・ISIS・ムスリム同胞団の非常にややこしい敵対関係>

イスラエルとガザの国境に近いキブツ・マゲン在住、サピーロ大学で、中東・イスラム問題を教えるウリ・ロゼット博士に、複雑なシナイ半島の状況についての話を聞いた。

1)エジプトVS ISIS、ムスリム同胞団

ゴラン高原と同様、シナイ半島でも、様々な組織の力関係や、敵対関係は非常に複雑だ。

水曜にエジプト軍を攻撃したのは、以前は、アンサル・バイト・アル・マクデシュという、アルカイダ系のスンニ派イスラム過激派で、最近になって経済的な支援の取引でISISに寝返った聖戦主義グループだった。

しかし、これを受けてエジプト軍が反撃して殺害したのは、このサラフィスト組織だけでなく、ムスリム同胞団関係者も多数殺害していたという。

*サラフィストとは、非常に過激な聖戦主義者のこと。ムスリム同胞団も自爆テロを行う聖戦主義者ではあるが、政治社会的な一面も持つ多面的な組織であり、単なるサラフィストと同じ種類ではない。

エジプト政府とムスリム同胞団の確執は歴史的にも非常に長い。エジプトは代々、同胞団を押さえるということに苦労してきた。

ところがアラブの春で、ムスリム同胞団から初の同胞団出身、ムルシ大統領が登場。これを覆したのが、元エジプト軍総司令で、現シーシ大統領である。

シーシ大統領は、就任以来、残酷なまでに躊躇なくムスリム同胞団指導者や、支持者らを逮捕、処刑してきた。ムルシ大統領自身にもすでに死刑が宣告されている。

シナイ半島では、継続してムスリム同胞団と過激派の弾圧が進められてきており、その中でエジプト軍の犠牲者もすでに500人に上る。エジプトにとっては、今ISISが出て来たからといって、ISISだけが敵ではないのである。

ロゼット博士は、エジプトはISIS掃討作戦に乗じて、ムスリム同胞団の一掃もやっていると解説する。

2)エジプトVSハマス

次にシナイ半島に続くガザのハマスだが、ハマスは、ムスリム同胞団から生まれた組織である。エジプトは、ハマスを同胞団と同類とみて、ガザとエジプトの間の地下トンネルを破壊し尽くすなど、弾圧を行っている。

今回、ISISが、シナイ半島でエジプト軍を総攻撃したとき、ハマスがISISを幇助していたと、イスラエルの軍関係者は語った。ハマスは、これを否定しているが、実際のところはありえなくもない。

ハマスは、昨年のイスラエルとの戦争以来、まだまだ回復からは遠い。しかもシリアで反政府勢力を支援する立場を表明してからは、イランからの支援も途絶え、孤立無援となっている。残る選択肢は同じスンニ派のISISに頼るしかないということになる。

3)ハマスVS ISIS

ところが、そうは簡単に問屋はおりない。ISISからみるとハマス・レベルのイスラムは世俗であり、過激派としても目標を一つも達成できていない無能集団である。

ロゼット博士によると、同じスンニ派でも、ハマスの土台となっているムスリム同胞団は、社会活動も行い、休戦という概念も持つ。一方、ISISは、とにかく自分たちとは違うイデオロギーはすべて抹殺し、休戦という概念もなく、ハマスとはきわめて異質な組織だという。

先日、ISISは、「ハマスは8年たってもガザをイスラム地域にすることができなかった」として、今後は、ISISがハマスを撃退し、ついでにイスラエルも撃退し、パレスチナを支配するというようなことを宣言するビデオを出した。つまり、ISISはハマスの敵ということになる。

実際にはハマスに幻滅したガザ・パレスチナの若者たちが、あらゆることに”成功”しているISISに流れて、ハマスがとりこまれる形になるのかもしれないが、今後、ISISがハマスに対してどう出るのか、またエジプトはハマスにどう対処するのか、注目されているが、現時点ではまったく未知数である。

<イスラエルとの関わり>

ゴラン高原と同様、イスラエルはできるだけイスラム同士の争いには関わりたくないという方針である。

幸い、ガザ地区から南のイスラエルとシナイ半島の間には、すでに防護壁(全長40km)は完成している。しかし、テロリストはいかなる壁でも必ず越えてくるので、イスラエルは、エジプトとの国境周辺の警備を強化している。

ハマスがイスラエルを攻撃して来る可能性について、ハマスは、今イスラエルと戦争する状態にはないので、ハマスからイスラエルを攻撃してくる可能性は低いとロゼット博士。

では、ISISが、ハマスを吸収してガザ地区を支配するようになり、イスラエルを攻撃する可能性について。

今のところ、それがすぐにも発生する可能性は、まだ低いと思われるが、もし万が一、そのようなことになれば、イスラエルは躊躇なくすぐにガザ地区を再占領しなければならなくなるとロゼット博士は語る。

イスラエルにとって、ガザにハマスがいることは、当然、ISISよりマシなのである。ハマスは、今苦しい状況にある上、ある程度予測可能だが、ISISは快進撃を続けており、なにをするか全く予測できないからである。

しかし、ガザの再占領は、イスラエルにとっては相当な痛みと損失が伴うので、イスラエルとしては、絶対に避けたい最悪のシナリオである。

では、ISISがシナイ半島から攻撃して来る可能性について。今の所、ISISの敵は中東東部に集中するシーア派であり、まだ現時点では、イスラエルが最優先事項にはなっていないとロゼッタ博士はみている。

とはいえ、どこのだれが、ISISのイデオロギーを持っているのかを完全に把握することは不可能であるし、たった一人でも大規模なテロは可能だ。

したがって明日、シナイ半島からイスラエルが攻撃されたり、テルアビブで、銃を乱射し、数十人を殺害するというようなテロが発生しても、まったく不思議ではないとも語った。

イスラエルは、今や南北の国境にISISを抱え、その間で、とりあえずの平和を維持している島のような存在である。

<南部キブツ住民らは左派!?>

昨年夏の戦争では、ロケット弾だけでなく、テロリストが地下トンネルと通って侵入したキブツ・アイン・ハシロシャ。今はこれに加えて、ISISの驚喜もリアルである。

住民のダニー・コーヘンさんは、「ここでの生活の異常さは、ここに住んでいないとわからないだろう。」と語る。キブツ内を歩いているときも、周囲を見わたし、テロリストが侵入していないかが常に気になるという。

ハマスが、イスラエルとの国境付近でトンネルを掘っている音が聞こえた事もある。

「ガザとの戦争が起こるたびに、状況は悪くなっている。次の戦争も単に時間の問題だ。結局の所、軍事作戦で完全な平和は不可能だ。政治的解決しかない。」と語った。

南部年スデロットの住民は、政府がガザ地区を武力で押さえ込むことを要求しているが、もっとガザに近いキブツ住民らは、逆に武力ではなく、交渉でしか平穏はとりもどせないと考えている人が多く、総選挙では左派に投票したという。

しかし、同時に、相手の要求に応じて、撤退することが益にはならないということもわかってきているとロゼット博士は言っていた。

*ハマスの地下トンネル

上記キブツの近くでイスラエル軍が発見したハマスの地下トンネルを取材した。このトンネルは、ガザからイスラエル領内へ通じていたもので、今見ることができるのは、その地点からイスラエル領内方面へ向かう部分である。

入ると、160センチくらいの筆者なら、かがまなくても歩ける高さがある。しかし幅はそう広くなく、両手を広げるほどもない。ちょっと太めの人だと、壁に時々体をこすりつけながら歩くことになる。

懐中電灯がないとまったくの暗闇で、先は全く見えなかった。両手にあたる壁以外、足下に何があるのかはまったくの信仰である。

トンネルの中は湿度が高く、汗が噴き出す。このトンネルを通ってイスラエルへ向かったテロリストらは、いよいよ聖戦で死ぬ時が来たと、さぞエクサイトした思いだったのだろうと想像した。

イスラエル軍が増設した斜めに上がるシャフトから地上へ上がるときに見上げると、暗闇から非常にまぶしい光がさしこみ、先を行く人が光にすいこまれるように見えたのが印象的だった。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。

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