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18か月で最大級反政府・人質交渉を求めるデモ:テルアビブで約30万人
6人の人質が遺体で帰国すると、その夜、テルアビブでは、政府に対して交渉に応じて、ただちに人質を取り戻せと訴える大規模なデモが発生した。参加者は、テルアビブだけで30万人とこの18か月で最大規模となった。その他各地でのデモ総数20万人とも言われている。
テルアビブでは、シンボルとして棺桶6つが出され、主要道路、アヤロン・ハイウェイにも人々が溢れだし、「今、今」と人質奪回を求めて叫んだ。
また、政府に向かっては、もし交渉をずるずる否定して来なかったら、この6人は死なずにすんだのにと訴えている。
今もガザにいる人質は101人(死亡が確認されている人も含む)。生死がはっきしりしない人質のマタン・ザンゲルカウさんの母親は、毎日がロシアンルーレット(いつ死亡が告げられるかわからない)だと言っている。
また人質のナアマ・レヴィさんの祖父は、「ネタニヤフ首相はハマスを殲滅すると言っているが、それは実現しない。代わりに破壊は、我々の間で起こっている」と訴えた。
アヤロン・ハイウエイでは、デモ隊が3時間、道路を閉鎖した。取り締まりにでた警察と衝突。道路閉鎖は違法だとして、テルアビブだけで29人が拘束された。
なお、一夜あけた2日も各地でデモが行われている。
ヒズタデルート(労働組合)が全国規模でスト:人質解放失敗を受け
1日午後、ヒスタデルート(労働組合)のアルノン・バル・デービッド長官は、政府は人質の奪回に失敗しているとして、2日朝6時より、24時間の予定で、全国的なストを行うと発表した。
それ以後については2日(月)に決めるとのこと。
バル・デービッド長官は、人質を解放する交渉を進める以上に重要なことはないと訴えている。また、この悲劇の背景に、政治的な分裂(右派左派)があえるとも訴えている。
なお、このストは、野党ラピード氏と、イスラエル大手企業200社と、イスラエル・ビジネス・フォーラム(民間労働者の大半が所属)との働きで決定されたという。
1) ベン・グリオン空港一時閉鎖
この決定により、2日は8時(日本時間午後2時)からベン・グリオン空港が閉鎖され、着離陸が停止する。しかし変動はあるみこみ。
またラナナや、クファル・サバなど複数の自治体、地方議会もストに入ると発表したが、エルサレム市含め、多くはストはしないとのこと。特に西岸地区入植地の市町村は、国を弱体化させるようなストは行わないと言っている。
2) 小中高校で新学期早々の混乱
イスラエルでは、9月1日(日)から新学年の開始となった。新1年生17万9300人を含む250万人以上の子供たちが、新学期に突入していた。
その2日目で、学校がストになったということである。予定では、特別支援学校以外の小中高校すべてで、2日午前11時45分まで、学校は閉まる。
なお、高校については、この件と関係なく、教師たちが新学年初日の1日からストに入っていたため、2日までストを継続すると発表した。
*ガザ国境:スデロットの新学期
ガザではイスラエル軍がかなりハマスを制覇しつつあり、ロケット弾も最小限になってきたことから政府は、南部住民の帰宅を開始している。
スデロットででは、民間人50人と警察官20人が殺害されたが、そこへも住民が帰還している。
9月1日、スデロットのギル・ラビン学校で開校式が行われた。
55人の学生たちは、人質奪回を願う黄色のTシャツを着ていた。心理的サポーターも待機しているとのこと。
左派・右派の分断について
人質6人が、遺体で戻ったことで、ショックを受けて、今回初めてデモに参加した人も少なくなさそうである。
イスラエル人だというだけで、子供たちがこのように殺され、政府にも見放されたことに、平気でいられるイスラエル人はいなかっただろう。
しかし、国全体でみると、まだこれが国民の声かと断言はできない。西岸地区入植地の市町村は、国を弱体化させるストは行わないと発表。
宗教右派のスモトリッチ経済相は、国が麻痺することこそが、シンワルが望んでいることだと、デモやストに反論している。
イスラエル国内には、右派、ユダヤ教系の人々と、左派で世俗派の人々という大きな分裂が存在しており、それがさまざまな問題に影響を及ぼしている。
ネタニヤフ首相は、今、右派政党、ユダヤ教政党に支えられる政府なので、どうしても右派よりの政治となり、左派の反発が強くなる。
しかし、敵に囲まれる現在のイスラエルにおける市民の間では、右寄りになる傾向も指摘されている。人質6人の死亡に深い傷を受けていないイスラエル人はいない。
しかし、人質は取り戻したいものの、ではガザのフィラデルフィ回廊から軍が撤退するかどうかについては、必ずしも左派の声に同意する人が多いとはいえないと思われる。