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ヨルダン川西岸地区では、イスラエル人入植者との対立が激化しており、双方に死者が続出するようになっている。2023年に入ってから、パレスチナ人のテロで死亡したイスラエル人は24人。ほぼ毎夜のように、テロリスト摘発に入るイスラエル軍との衝突で死亡したパレスチナ人は143人に上っている。
テロリストの多くは、西岸地区パレスチナ人の町ジェニンの中にある難民キャンプエリアから出てきていることから、6月19日、イスラエルは大規模な掃討作戦を実施した。しかし、ネタニヤフ首相は、これで終わりではなく、徹底した対処をとると言っていた。
7月4日午前1時、イスラエルは、20年ぶり、つまりは第二インティファーダ時代と同規模となる1000人以上の地上軍をジェニンに投入する大規模な攻撃を開始した。空爆とドローンによる攻撃も伴い、ジェニン難民キャンプ(人口約2万人)の一般市民、約3000人が避難を余儀なくされたほどであった。
イスラエル軍は、一般市民を巻き添えにしないことに細心の注意をはらいながら、武装集団の拠点などを攻撃破壊していった。激しい戦闘が始まってから44時間後、イスラエル軍が撤退を開始するまでに、パレスチナ人10人(その後12人に)が死亡。イスラエル兵1人も死亡した。
この間に、テルアビブでは車による突っ込みテロがあり、7人が負傷。ガザからは、イスラエル南部に向けてロケット弾が5発が発射された。こちらは全部迎撃ミサイルが撃墜したが、一部破片が幼稚園へ落下していた。被害はなかった。
イスラエル軍は、7月5日、軍の撤退を完了し、2日間の作戦の終了を宣言した。その後、ジェニンでの戦闘の傷跡が明らかになるとともに、作戦の意味はなんであったのかなどの検証が報じられている。
戦闘のはじまり!?ジェニンへの大規模攻撃:パレスチナ人3000人が避難
イスラエル軍部隊、約1000人は、7月3日午前1時ごろ、西岸地区北部のパレスチナ人の町ジェニン(総人口100%パレスチナ人・約38万人)に突入を開始した。大軍が突入してきたため、ジェニンでは、3000人が避難を余儀なくされた。
住民が出て行った家屋の一部は、イスラエル軍によって追放され、その後、屋根にのぼっての見張りなどに使われたが、それ以外は危険を逃れるために自主的に避難したとみられている。避難した約3000人は西岸地区の親族、学校、モスク、病院などに一時的に滞在しているとのこと。
*以下は戦闘の実映像
cdn.jwplayer.com/previews/X9blouEo
イスラエル軍は、武装グループの拠点、武器庫などへ踏み込み、テロリストとみられるパレスチナ人300人を一時拘束して尋問。その後、30人が逮捕となった。地上軍と同時に、空からも空爆と、約20カ所へのドローンによる攻撃も行われた。
ジェニンには、爆発物研究所らしきものがあり、イスラエル軍は、大量の武器、ライフルや爆発物を押収した。この他、複数の拠点とみられる建物や部屋、地下の武器庫、数十台の監視カメラで見張る本格的な司令室も発見され、破壊した。
一つのモスクは完全にテロ組織の拠点となっており、一時、パレスチナ人武装勢力が立て篭もったが、イスラエル軍は、地上軍と空軍の強力でこれを突破した。モスクの中には、地下のトンネルに続く入り口があり、イスラエル軍はこれを破壊した。
*以下はモスクの中の様子
cdn.jwplayer.com/previews/YOumhUtJ
パレスチナ自治政府によると、この戦闘で、パレスチナ人武装勢力10人が死亡(その後12人に増加・4人は18歳以下)。100人が負傷して、このうち20人が重傷。死者は全員武装兵だが、負傷者の中には市民も一部含まれていたもようである。
#صور شهداء #مخيم_جنين من تاريخ03-07-2023 حتى الساعة 9:45صـ من تاريخ 04-07-2023
الشهيد سميح أبو الوفا
الشهيد حسام أبو ذيبة
الشهيد أوس حنون
الشهيد نور الدين مرشود
الشهيد محمد الشامي
الشهيد أحمد عامر
الشهيد مجدي عرعراوي
الشهيد علي الغول
الشهيد مصطفى قاسم
الشهيد عدي خمايسةلمتابعة… pic.twitter.com/QlMDyb1lLG
— Newpress | نيو برس (@NewpressPs) July 4, 2023
イスラエルは、徹底してジェニンの武装組織を壊滅するとして、作戦は数日は続くとみられていた。しかし、イスラエル軍があまりにも大規模であったせいか、武装勢力の多くが逃亡し、反発も比較的限られていたという。
このため、イスラエル軍は44時間後には、撤退を開始し、5日には、作戦の終了を宣言した。このころ、ダビッド・ヤフダ・イツハク軍曹(23)が、友軍によるものとみられる銃撃で死亡している。
2日間の戦闘はとりあえず一段落した形だが、イスラエル軍が逮捕しようとしていたパレスチナ人17人(メディアによっては19人)は、まだ逃走して西岸地区のどこかに隠れているとみられている。イスラエル軍は、けっして今回の突入が最後ではなく、いわばこれが始まりなのであり、またすぐにでも戦闘を再開させると強調している。
なぜこの攻撃が必要だったのか:①テロ阻止②暴力の悪循環を阻止③西岸地区がロケット弾発射拠点になるのを阻止
1)テロ阻止
まずは、最近激増するイスラエル市民に対するテロを阻止することである。
ジェニンは、西岸地区北部で最大のパレスチナ人の町だが、現在のパレスチナ自治政府のアッバス議長は、実際には、この町の支配権を失っている状態にある。1995年のオスロ合意により、イスラエルが完全に撤退すると、ちょうどガザのように、過激派のハマス、またイスラム聖戦がこの町を掌握することになっていった。
パレスチナ自治政府は、特に故アラファト議長が死亡して以来、汚職が進んで支持率と求心力を失い、アッバス議長が87歳の高齢となった今、ジェニンは、もはや自治政府の管轄がまったく届かない町となり、さまざまなパレスチナの過激組織が拠点を置くようになっている。
ジェニンは、パレスチナ人の間で、「のがれの町」の一つに数えられている。これは聖書にも書かれていることで、犯罪を犯した人が、隠れることが許されている町のことである。ジェニン、特にその難民キャンプはまさにそのような、テロリストたちののがれの町になっている。
この町のテロの温床をできるだけ叩いておくというのが、今回の大規模攻撃の目的の一つである。
2)暴力の悪循環を阻止
イスラエルは、ジェニンを含む西岸地区のパレスチナ人地域は自治政府にテロ防止を依頼している。しかし、最近、自治政府は、支持率があまりにも下がって、武装組織がその指示にしたがわなくなっている。
このため、イスラエルは、自ら軍を西岸地区に進ませて、テロ組織に対処しなければならなくなっている。するとどうしても、パレスチナ人に死傷者が出て、その反発でまた市民に対するテロが発生するという悪循環になっている。
イスラエルとしては、できるだけ、ジェニンに踏み込まなくてもいいように、できるだけ武器やテロリストを摘発しておきたいのである。
3)西岸地区からのロケット攻撃を阻止
さらに、ジェニンが、無法状態に置かれていた間に、武器が蓄積されると同時に、テロリストがここで訓練されただけでなく、ここかからロケット弾を発射するようにしようとしている動きもある。
ジェニンから発射されるロケット弾は、イスラエルの大都市はじめ、全ての居住地に至ることになる。イスラエルがこれをだまって受け入れるわけにはいかない。
これからどうするのか?:占領か自治政府強化か
INSS(イスラエル国家治安研究所)が、タミール・ハイマン・イスラエル軍少将(退役)によると、今回の戦闘は、イスラエル軍が素晴らしい働きをするパフォーマンスにはなったが、ジェニンから完全に武装組織を追放することは不可能と語っている。
完全に武装組織をなくすなら、そこを占領し、イスラエル軍が駐屯しなければならない。では、パレスチナ自治政府をさらに強化して、ジェニンのテロ活動をとりしまるようにするのかといえば、それもまた不可能な話である。
実際、ジェニンへの侵攻後、アッバス議長は、イスラエルとの関係を全て断つと言っている。(すでにそれに近い形であることと、アッバス議長は、そう入っていてもイスラエルとの関係は切りきれるものではないので、すぐに元に戻るとみられるが)
ハイマン少将は、イスラエルはこれからも、頻繁にジェニンに入って取り締まらなければならないだろうと語る。
また問題は西岸地区に住むユダヤ人過激入植者たちの暴力である。入植者たちは、パレスチナ人の村を襲撃し、家屋や車に放火するなどして、市民たちを危険に陥れている。これがまたパレスチナ人テロリストに、大義を与えてしまっている。
今の右派政権のベングビル氏や宗教シオニスト党のスモトリッチ氏らは、西岸地区を併合することを目標に、入植者たちの暴力を逆に後押しする様相にすらあることから、パレスチナ人との暴力の応酬は続くだろうとハイマン少将は深い懸念を表明する。
実際、今回のジェニンへの大規模な作戦を、ネタニヤフ首相も「バイトバガン(家と庭)作戦」と聖書に出てくるジェニンの名前を使っており、西岸地区併合への意志を見え隠れさせていないわけでもない。パレスチナ人の反発は続くと予想される。
なお、ハイマン少将は、今の所、イランとその傀儡であるヒズボラは動かないとみている。イランは、イスラエルが核関連施設への攻撃をした場合に、その力量を温存しているとみている。
まとめると、今回、大規模なイスラエル軍の力と情報収集力をみせつけることで、パレスチナ武装勢力や、その他の勢力に対する抑止力、イスラエルを攻撃するのは危険と思わせるという結果はえられたかもしれない、ということのようである。
要するに・・・・結局、なにも変わってないということである。
イスラエルを非難するBBCに反論するベネット前首相:BBCは謝罪へ
こうした大規模なイスラエルのパレスチナ地域への進軍を、世界の左派たちがだまっているはずはない。イギリスのBBCは、ベネット前首相にインタビューをし、「イスラエルは、子供たちを殺してよろこんでいるのか」と投げかけた。
これに対し、ベネット前首相は、「17歳が、あなたの目の前に来て、家族を殺そうとした場合、あなたはその17歳をなんと呼ぶのか」と反論。ロンドンのすぐ近くの街がテロの温床となり、そこから出てくるテロリストが、市内で市民を殺すようなことになれば、イギリス政府もきっと同じことをするだろう」と言った。
BBCは後に、「イスラエルは子供をころして喜んでいるのか」と発言したことについて謝罪した。