国会大混乱の1日:司法選考委員会議員投票で野党が先行勝利(司法制度改革関連)2023.6.17

Israeli Prime Minister Benjamin Netanyahu leaves his Likud party faction meeting at the Knesset, Israel's parliament, in Jerusalem, June 14, 2023. REUTERS/Ronen Zvulun

イスラエルに物議をかもしている司法制度改革案。その大きな布石となるはずだった、司法選考委員会のメンバーとなる国会議員の選出が14日行われた。結果、連立政権が擁立した議員は落選、野党擁立の議員が当選となり、ネタニヤフ政権にとっては大きな黒星となった。

この日国会は、劇的なまでに混乱したとのこと。非常に複雑なのだが、何がどうなったのか、これからどうなるのかの解説を試みる。

main.knesset.gov.il/EN/News/PressReleases/Pages/press15623q.aspx

司法制度改革;大統領官邸で与野党が交渉中

だいたい、司法制度改革はなぜ出てきたのかというと、イスラエルでは司法の権力が強大で、行政と国会が出してきた法案を、いともかんたんに却下し、廃案にすることができるという現状からである。

特にイスラエルでは、人権の観点から司法(最高裁)が左に傾く傾向が強く、右派のネタニヤフ政権が出す法案は多くが却下されてきた。このため、今右派が国会過半数となったことをチャンスととらえ、司法の権力を弱め、行政の権力を増大させようとするのが、今のネタニヤフ勢力が試みている司法制度改革法案なのである。

これに対し、政府を独裁に走らせるとして物議を醸し続け、市民たちの大規模な反対デモが、毎週末、時に平日にも行われ、もう   週間も休むことなく継続されている。

行政(政権)の先頭に立って激しい批判を受けているのは、リクード(右派)のヤリブ・レビン法相、宗教シオニスト党(強硬右派)で国会憲法・法・司法委員会のシムチャ・ロスマン委員長。

対する反対派は、野党代表の未来がある党、ヤイル・ラピード氏と、国家統一党のベニー・ガンツ氏。最近の各種世論調査では、ガンツ氏の支持率が、ネタニヤフ首相を超えるようになっている。

国を2分するような危機的事態を受けて、ヘルツォグ大統領は、官邸に両陣営を招いて、数ヶ月前から妥協案への交渉を開始している。

実際のところ、大部分のイスラエル市民は、今の司法制度には改革が必要であることには合意している。ただ現政権の対案には合意できないということなのである。したがって、大規模なデモが続く一方、国民の大部分は大統領官邸で行われている交渉に期待を寄せていた。

国会での司法選考委員会のメンバー投票について

こうした中、まずは、14日、司法制度改革の大きな一歩になるとみられる司法選考委員会に任命される議員2人の投票が行われることになっていた。

*司法選考委員会とは?

司法選考委員会とは、全国の裁判官を選出する委員会で、最高裁判事3人、政府閣僚2人、イスラエル弁護士協会2人、国会議員2人の計9人で構成されている。この委員会で確実過半数の7人の賛成を得た人が最高裁番長に、単純過半数賛成を得た人が各地の裁判官として任命される。

この形では、司法が行政の指示に必ずしも従わないことが可能になるため、今の司法と行政・国会との対立の構図の大きな原因になっている。

したがって、レビン法相が出している司法制度改革案では、この司法選考委員会にもメスを入れている。今のメンバー9人に対し、委員長が法務相で、政府から憲法・法・司法委員会会長が加わって11人にする。

この形式になれば、もし、国会議員2人も与党から出た場合、司法選考委員会は、常に与党が支配することとなり、結果的に司法が弱体化、行政が強化される形となる。政府が可決した法案が実施しやすくなるという形である。

しかし、いかんせん、今回の司法選考委員会はまだ旧式のままであり、メンバーは9人。このため与党政権側は、国会から選ばれる議員2人について、連立政権側は、2人とも与党議員にすることを要求していた。

もしこの委員会での国会議員2人が、政権側の議員になれば、司法において行政に味方になると考えられる勢力が5人と過半数になり、結果的に政府に有利な裁判官を選んでいくことが可能となる。まわりくどいが、将来的には、司法制度改革をすすめやすい形への第一歩になるという選挙であった。

しかし、国民の圧力もあり、大統領官邸での話し合いでは、今回も与党から1人、野党から1人を出して国会での投票を行うという従来の形を維持することで合意していたもようである。

ネタニヤフ首相の作戦失敗:野党議員当選・与党議員落選

これまでのところ、ネタニヤフ首相は、どちらにも強い姿勢は見せないような、これまでにないような影の薄いリーダーシップの様相だった。政権を維持するために足元のリクード議員や右派政党、ユダヤ教政党の要望を聞き続けなければならないという弱みの中で、様子見だったのか、彼独自の深い作戦中だったのか・・・。

しかし、ネタニヤフ首相が、投票直前に動いた。与党からの候補議員として立てられていたイツハク・クロイザー議員(極右政党オズマ・ヤフディ党)に、選挙直前に、立候補の取り下げを命じていたという。これにより、司法選考委員会選考投票を30日遅らせて、体制を整えようとしたとみられている。

ところが、クロイザー氏はこれに従わず、立候補を取り下げなかった。このため、ネタニヤフ首相は、全与党連立議員に、どちらの議員にも賛成票を投じないように指示を出した。

結果、クロイザー氏は、賛成15票、反対59で、落選となった。

一方、野党未来がある党(ラピード氏)から出たカリーヌ・エルハラール氏は、賛成58、反対56と、ぎりぎりながら、当選となった。この結果からわかることは、政権側議員の中に少なくとも4人、野党側に投票した議員たちがいたということである。

この結果は、ネタニヤフ首相の政権内部での権威が揺らいでいるのではないかとの憶測につながり、政権にとって大きな黒星になった。

この大混乱の原因となったクロイザー氏に対し、リクードは議会での任務、また憲法・法・司法委員会からもはずされることになった。これに対し、クロイザー氏は、この対処を不服として、司法長官に訴えるかまえである。

www.timesofisrael.com/likud-mk-gotliv-sanctioned-booted-from-committees-after-causing-knesset-chaos/

www.timesofisrael.com/netanyahu-finds-hes-lost-control-of-the-populist-tiger-he-rode-to-power/

これからどうなるのか

国会では、30日後に、司法選考委員会のメンバーになるもう一人の議員の選任投票を予定している。しかし、もともと、与野党ひとりづつという合意であったことから、次回は、与党議員が選ばれることで野党も合意するとみられている。

いわば、いろいろ大混乱があったが、結局、これまでと同じ形になるということである。

ラピード氏とガンツ氏は、失敗したとはいえ、与党側のこうした直前のしたたかな動きを受け、大統領官邸での交渉を一時停止すると発表した。しかし、これについては、30日後の投票が終われば再開することになるか、それ以前にも再開される可能性もあるとこと。

ただ、司法選考委員会は9人いなければ、機能しないので、もう一人の議員が選ばれるまで委員会は開催できない。次回投票は30日後を予定されているが、それまで、少なくとも裁判官複数の席が空白のままになる。イスラエルは裁判が極度に多い国で、結果的には多くの裁判が先延ばしになるとみられる。

ネタニヤフ首相だが、連立内では黒星になったが、もともと擁立していた議員が、極右政党議員で、ほおっておいても落選した可能性もなきにしもあらずではないだろうか。次回は自党リクードから候補を擁立することも可能になる。

国民に目からすれば、強硬右派を抑え込んだとも見えるわけで、結果的には、もしかしたら、ネタニヤフ首相もこれで益になったとの見方もある。本当にまたもや、裏の裏の裏を読んで行動するネタニヤフ首相。。。なのかもしれない。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。