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国際刑事裁判所の判断:イスラエルは懸念
5日、国際刑事裁判所(ICC)は、西岸地区、東エルサレム、ガザ地区における、イスラエルとパレスチナ双方の戦犯の捜査、裁判を行う司法管轄権を持つとの判断を示した。
この件については、2019年12月に、ICCのファトウ・ベンソーダ主任検事が、パレスチナ人地域で発生した戦犯についての捜査をするに値すると発表し、イスラエルで問題になったことがある。
www.bbc.com/news/world-middle-east-50871337
この時、イスラエルは、「ICCに、捜査、裁判をする司法管轄権はない。」として、これを受け入れないと反発した。今回、ICCは、その司法管轄権について、予審裁判部の3人の検察官が、司法管轄権を持つとの判断に至ったと言っているのである。
対象になるのは、イスラエルとハマスを含むパレスチナ人双方だが、この件を持ち込んだのがパレスチナ自治政府であること、またイスラエルのほうが圧倒的に強大であるので、イスラエルのほうが、不利になることは避けられないことである。
www.icc-cpi.int/CourtRecords/CR2021_01165.PDF
世界は、ICCが、パレスチナ問題への捜査・裁判を開始する道筋が開けたと報じた。
これがいったい何を意味するのかを理解するためには、まず、国際刑事裁判所(ICC)と、国際司法裁判所(ICJ)の違いを理解する必要がある。どちらもオランダのハーグに本部があるが、別組織である。
*国際刑事裁判所(ICC)と国際司法裁判所(ICJ)の違い
国際司法裁判所(ICJ)は、国連の主要機関の一つで、世界法廷とも呼ばれ、国の国際法を元に、違反、国家間の紛争に関する裁判を行う。第二次世界対戦後の1945年に発足した。対象となるのは、国連に加盟し、国際法にも合意している国々である。対象は国に限定されている。
一方、国際刑事裁判所(ICC)は、2003年に開設されたもので、国際的な重大事件(集団殺害、人道に対する罪、戦争犯罪)ではあるが、国際司法裁判所では裁くことができない、関連する個人に刑事責任を問うことを可能にした法廷である。
法律的にも機能的にも国連から独立し、国連システムの一部でもないと記されている。しかし、国連安保理は、ICCと締約していない国についても、事態をICCに付託できるとしている。裁判官は、18人。
www.unic.or.jp/activities/international_law/icc/
ICCの基盤となるのは、国際法ではなく、ローマ規程と呼ばれる独自の基準である。これは、1998年、国際刑事裁判所を設立するにあたり、国連全権外交施設会議で定められた基準である。この会議がローマで開催されたことから、ローマ規程と呼ばれるようになった。
ローマ規程は、この時120カ国の賛成を受け採択され、2003年に、60カ国の批准を受けて発行が決まった。現在までに、これを批准し、署名、締結した国は、日本(拠出額30億円:外務省資料)を含む123カ国である。
www.mofa.go.jp/mofaj/files/000162093.pdf
しかしアメリカと中国は、ローマ規程を最初から受け入れなかった。イスラエル、イラク、リビア、カタール、イエメンも、締結していない。棄権した国も、インド、シンガポールなど、21カ国に登っている。
イスラエル、インド、ジンバブエ、スーダン、そしてアメリカも一応は、この規程に反対する立場を表明している。このように、国際刑事裁判所とはいえ、これに合意していない国も少なくないということである。
また、ICCが現在までに着手したのは、ダルフール紛争ほか、リビア、ウガンダなどアフリカ諸国の問題である。シリアが市民に毒ガスを使っている疑いや、イランが市民を絞首刑にしているなど、中東関連の過激派の残虐な行為にはほとんどふれていない。
こうした中、今回、ICCが、主に問題にしているのは、西岸地区、東エルサレム、ガザにおけるイスラエル軍やハマスなどパレスチナ組織の犯罪行為である。しかし、主なターゲットは、2014年のイスラエルとハマスの衝突(パレスチナ人2251人(市民1462人)が死亡する中、イスラエルの死者が67人(市民6人)、また2018年以降のガザ国境でのデモ隊とイスラエル軍の衝突である。西岸地区への入植活動も然り。
今後のイスラエルへの影響
今後、どうなるかだが、イスラエル軍に属する者はじめ、関連する者は市民であっても、だれもが訴えられる可能性が出てくる。また、西岸地区入植地で、建築が進む際に、名指しされる者が出てくる可能性もある。
イスラエルにとっては極めて懸念される事態である。しかし、実際に、ICCが捜査に乗り込んでくるまでにはまだ時間がかかるとみられている。また、エルサレムポストは、ICCのベンソーダ主任検事の任期が、今年6月までなので、次の検事に引き継がれると解説している。
世界の法体制を変える危険性:ダニエル・ポメランツ国際弁護士
ニューヨークとシカゴで展開する著名な国際法法律事務所に所属するエキスパート、ダニエル・ポメランツ国際弁護士は、今回のICCの主張は、国際法的にも適正でないと分析する。その主な理由は以下の通り。
①パレスチナはまだ国として、完全な合意があるわけではない。したがって、戦犯の判断をする基準が定まらないままで、戦犯を指摘することはできない。
②イスラエルは、ICCのローマ規程に反対する立場である。いわばICCとは無関係の国に対して、法の管轄権は主張できないはずである。
ポメランツ弁護士は、今回のICCの主張は、本来の国際法のあり方を変えてしまう可能性があると指摘する。本来の国際法は、独立した世界の国々が共に守るべきルールとして認めたもので、これを遵守することで合意している。したがって、これに違反すると世界が戦犯と認めるわけである。
ところが、今回、ICCは、これとは別に独自のルールをもって、これに合意していない国に対して、法の管轄権を宣言したということである。
ローマ規程という新たなルールに賛同している国が、これに賛同していない国を、国連に関わる国際刑事裁判所という美名の下、戦犯扱いすることが可能になったということである。これが通ってしまうと、将来的に、国際法のあり方を変えてしまう可能性があり、非常に懸念している語る。
ICCが、純粋な法的機関ではなく、政治的な影響力も持つということである。
また、イランやシリアなど、多くの難民を出し、人々を処刑している独裁政権や、ISのような恐ろしい過激派を放置したまま、イスラエルだけを戦犯として名指しすることで、こうした過激派組織を、逆に増強させてしまうと、ポメランツ弁護士は、指摘している。
パレスチナ自治政府は、ICC声明を歓迎
パレスチナ自治政府は、アメリカを介したイスラエルとの和平交渉が頓挫した2015年、ICCにイスラエルを訴えるため、ローマ規程を批准して、締約”国”として加えられた。国連もまだ正式には”国”と認めていないのだが、ICCは、”State of Palestine(パレスチナ国家)として登録している。
今回の発表について、パレスチナ自治政府高官のナビール・シャース氏は、「これは良いニュースだ。我が民へのイスラエルの犯罪に捜査の手が入る時が来た。」とこれを歓迎する声明を出した。
ネタニヤフ首相:本気の怒り表明
ネタニヤフ首相は、「ICCは、イスラエルに虚偽の戦犯を適応しようとしている。これは、明らかな反ユダヤ主義の表れだ。」と、激しい口調で、怒りの非難声明を出した。
ネタニヤフ首相は、「本来なら、ユダヤ人を虐殺したホロコーストのようなことが起こらないようにするはずの組織が、今は、たった一つのユダヤ人の国、イスラエルの存在を否定しようとする。民主国家として、子供達を襲い、ロケット弾を打ち込んで切るテロリストに対して、自衛する権利まで奪おうとしている。
その一方で、ICCは、イランや、シリアの残虐な独裁をとり調べようともしない。イスラエルの首相として言うが、私たちは全力を尽くして、この本末転倒の不条理と戦う。」と怒りの感情をこめて訴えた。
国際社会の反応
アメリカは、自身もローマ規程を締結していないこともあり、今回のICCの判断に懸念を表明している。イスラエルは、加盟国に対し、この判断に反対するよう、呼びかけるとのこと。なお、日本の外務省は、これを歓迎する立場を表明しているもよう。(未確認)