23日、エルサレムで、第5回世界ホロコーストフォーラムが行われたが、これに続いて、28日、ポーランドでアウシュビッツ解放75周年記念式典が行われた。会場は、アウシュビッツ・ビルケナウの虐殺収容所の入り口に設置された。
この式典は、現在の反ユダヤ主義の台頭を阻止しようとするイスラエルのホロコーストフォーラムとは違って、アウシュビッツ解放そのものを記念する式典である。このため、主役はアウシュビッツからの生存者たちである。式典では、生存者の証言者が続いて講壇に立ってそれぞれの経験を語った。
首脳陣としては、ポーランドのドゥダ大統領、ドイツのステインマイヤー大統領、イスラエルからリブリン大統領が式典に出席した。
式典中継:www.youtube.com/watch?v=Y4DP9DqLRI0&feature=emb_logo
ポーランドのドューダ大統領は、第5回世界ホロコーストフォーラムに招かれていたが、出席しなかった。アウシュビッツ解放75周年で、いわばポーランドが脚光をあびる時であるのに、ポーランドには、発言する機会が与えられなかったからである。
ポーランドに発言を許さなかったことについて、ヤドバシェムは、今回の発言国は、ナチスを打ち破った戦勝国に限っていると説明している。
イスラエルとポーランドの関係は、昨今、ホロコーストの責任はポーランドにもあるかないかという点で、関係がギクシャクしていた。このため、ポーランド大統領のフォーラム欠席は、イスラエルでも物議となった。
フォーラムの後に、ポーランドを訪問したリブリン大統領は、ドゥダ大統領との共同記者会見にて、「ホロコーストはナチスによってはじめられたが、ヨーロッパ全域でそれに協力した形であり、それぞれは、その責任を負うべきである。」と述べた。
同時に、ドゥダ大統領をエルサレムに招き、両国の関係とは別に、歴史は、双方の歴史家の研究に任せて、政治に影響しないようにしなければならないと語った。要はともに反ユダヤ主義と戦うことだとリブリン大統領は語った。
www.timesofisrael.com/rivlin-to-polish-counterpart-many-poles-stood-by-helped-murder-jews-in-wwii/
<アウシュビッツに教会建物:ラビたちが撤去を要求>
アウシュビッツは、一度に9万人が在住できるひとつの大きな町である。この広大な殺人工場で、110万人が虐殺された。そのアウシュビッツから見えるところに、大きな教会が、大きな十字架をかかげて立っている。
この教会は、カトリックで、今も礼拝が行われている活発な教会である。この建物は、かつてナチスの本部が置かれていた建物であり、ユダヤ人女性たちが拷問やレイプされた場所でもありという。
いわば、アウシュビッツ・ビルケナウにあるべき建物ではないといえる。アウシュビッツ解放75周年イベントに合わせて、アメリカのユダヤ教ラビたち4人が、「この建物は、1987年に欧州で、アウシュビッツにカトリックの礼拝の場を置かないと決められた協定に違反する。すぐにも撤去せよ。」と訴えた。
この運動を導くラビ・ウエイスは、「これこそアウシュビッツに対する冒涜だ。」と叫んだ。
なお、ホロコーストにおいて、カトリックのバチカンは、公式には、ユダヤ人を助けなかったが、コルベ神父のように、個人でユダヤ人を助けてアウシュビッツで殺されたカトリックの聖職者は、少なからず存在している。
<アウシュビッツからの手紙:アウシュビッツ映像をカラーに>
イスラエルの国立図書館は、アウシュビッツ解放75周年を記念して、アウシュビッツにいた人々とウイーンの親族友人の間の葉書や手紙を公開した。お互いの無事を尋ねる短いやりとりだが、殺されていった人々の直筆からは、失われた命の尊さがあふれている。
www.ynetnews.com/article/S1Z00uHhW8
また、ホロコーストの記憶を後世に伝え続けるため、白黒の写真や記録映像にカラーをつけたドキュメンタリーが、今週公開される。論争はあったが、カラーになると、現実味が増して、戦争を知らない次世代にもその現実が少しは伝わるのではないかと言われている。
<イスラム教指導者62人がアウシュビッツ訪問>
イスラエルで世界ホロコーストフォーラムが行われ、続いてポーランドで、アウシュビッツ解放記念式典が行われたが、この中にイスラム諸国はまったく含まれていない。
こうした中、24日、アメリカのユダヤ委員会のメンバーとともに、イスラム教指導者62人が、アウシュビッツを訪問した。導いたのは、サウジアラビアのメッカを拠点とする世界イスラム同盟のミハンマド・アル・イサ氏である。訪問の目的は、イスラムの寛容性を示すためとしている。
www.aljazeera.com/news/2020/01/muslim-leaders-visit-auschwitz-liberation-anniversary-200123171532513.html
62人は、28カ国から来たイスラム指導者で、うち25人は高位のイスラム教指導者であった。イスラム指導者たちは、アウシュビッツで祈りを捧げ、また一行は、ポーランドのユダヤ博物館も訪問した。
<石のひとりごと>
ホロコーストは、単にユダヤ人が被害者で、ナチスが加害者というだけではない。これは、全人類の罪が表面化した形である。こうしたイベントにアジア諸国もイスラム諸国も招かれていなかったが、日本人を含め、人間として、この問題に無関係の人はいないだろう。
筆者は、ヤドバシェムで、初の日本語公式ガイドとして、より多くの日本の人にもこの問題を知ってもらいたいと願っている。ホロコーストを学ぶ事は、世界を理解する事にとどまらず、個人の生き方にも大きな益になると確信している。
これを読んでくださっている読者もいつか、ヤドバシェムに来てくださるか、学校等でのセミナーの受付もぜひ検討していただければ幸いである。