2006年より、核兵器開発疑惑問題で、本格的にイランと交渉をすすめてきたアメリカを筆頭とする超大国6カ国は、期限延長3回という交渉難航の後、7月14日、最終合意に達したと発表した。
今後アメリカでは、この合意事項について認めるかどうか、議会が60日を期限に検証と議論を行うことになっている。しかし、仮に議会が合意しないと言っても、オバマ大統領が拒否権を発動すれば、議会の決議よりも大統領の意志が優先される。
オバマ大統領は、すでに「たとえ議会が、イランとの合意に反対しても、大統領の権威でこの合意を成立させる。」と宣言しており、今回のイランとの合意は、正式な合意になるみこみである。
また国連安保理は来週にも、この件について採択を行うとみられているが、安保理常任理事国は全員イランとの交渉に関わって来たのだから、こちらも正式に採択される見通しである。
合意事項を図で説明(NewYorkTimes)
www.nytimes.com/interactive/2015/03/31/world/middleeast/simple-guide-nuclear-talks-iran-us.html
<笑うイラン>
この最終合意の結果だが、現時点で笑っているのはイランである。イランの主都・テヘランの通りでは、合意を祝うイラン市民の様子が報じられている。
つまり、この合意は、最終的にはイランに有利な結果になっているということをまず、知っていただきたい。
なぜイランが笑ったのかというと、おおまかには、結果的に①イランの核開発能力の維持と研究継続の権利を認められた。②経済制裁の緩和が約束された。という2点である。
経済制裁は、イランが約束を守る事を見極めながら解除するということになっているのだが、実際には、日本や韓国など外国で凍結されているイランの資金が解放されるため、4、5ヶ月の間にイランは1000億ドル(約13兆円)を得る事になるという。(ウオールストリートジャーナル)
www.wsj.com/articles/with-more-cash-iran-poised-to-help-mideast-friends-1436963901
また、世界のビジネス界は、イランとの交易再開を首を長くして待っている状態で、経済制裁の緩和が始まれば、まもなくイランとのビジネスも活発になると思われる。
さらにYネットによると、経済制裁に伴ってブラックリストに乗せられていたイラン革命軍関係者や組織、原子力関係科学者など多数がリストからはずされることになるという。これに対し、Times of Israelによると、イランに捕虜になっているアメリカ人4人の解放についてはいっさい触れられていない。
www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4680500,00.html
つまり、平たくいえば、国際法に違反して核兵器開発を続けているとの疑惑がぬぐいきれないイランに対し、国際社会が、とりあえず核開発をしばしスローダウンしていただけるよう、おみやげをもって、イランと交渉し、これをイランが受け入れたというのが、今回の合意である。
確かに、少なくとも次の10-15年(イスラエルの見通しでは4−5年)は、イランが核兵器を完成することはできなくはなっているのだが、それ以降は、イランを制限するものが何もなくなる。
イランのザリフ外相は、「これは外政治的勝利だ。国際社会は、イランの核開発研究を認めた。」と語っている。
<怒りと落胆:イスラエル>
この合意が発表されるやいなや、ネタニヤフ首相は記者会見を開き、歴史的な大きな誤りだと痛烈な批判を語った。またイスラエルはこの合意に対する責任は負っておらず、今後もイスラエルのするべきことはする、と語った。
ではどういう点について、イスラエルは反発を強めているのだろうか。おおまかに言えば、次の2点である。
①イランは、この合意で核開発を正式に認められたのであり、もはや核兵器開発は止められない。 ②経済制裁緩和により、大金がテロ組織支援国家であるイランに入ることで、中東に火をそそぐ結果になる。
オバマ大統領は、イランが核兵器になるプルトニウムの精製停止や、遠心分離機の数を減らす他、核の濃縮活動の制限、軍事施設を含む核関連施設すべてに査察を受け入れるなどをあげている。
この内容を聞くと、確かにイランが核開発がするのはかなり難しくなっていると感じられるかもしれない。しかし、そのプロセスをシュミレーションし、よく考えると、様々な落とし穴が多数あることが見えて来る。
まず第一に、”そもそも”イランが平和を求めている国であるということが証明されていないのに、核開発の権利を公式に認めたという点である。
イランでは、この合意のわずか4日前に、国をあげてのイベントで、大群衆が「アメリカに死を!イスラエルに死を!」と叫んでいたのである。
そのような国に、核開発研究の権利を認めるとともに、遠心分離機やプルトニウム精製能力を完全に破壊せず、稼働を一部停止しただけで温存するというのはあまりにも危険な話である。
また軍事施設を含めすべての施設で査察を受け入れることにはなっているが、実際には、査察申し入れから査察まで24日の猶予が与えられているという。24日もあれば、査察が入る前に隠蔽することも十分可能である。
結果的に、この合意では、ある日イランが、約束を破棄すると宣言した場合、わずかな期間で核兵器、核弾頭保有国になる可能性を残すことになるとイスラエルは訴えている。
その危険性について、ネタニヤフ首相や、イラン問題を担当するユバル・ステイニッツ氏は「北朝鮮の二の舞になる。」と警告した。北朝鮮は、2003年にNPT(核拡散防止条約)を脱退した後、わずか2年後の2005年、核兵器保有国になっている。
次にイスラエルは、「国際社会は、核兵器のみに焦点をあてているが、イランが現在、中東で、積極的な軍事活動を行っていることを忘れてはならない。」と指摘する。
イランは、現在、シリアとイラクに革命軍を派遣して介入し、ヒズボラやハマスを支援(過去)。イエメンでは、スンニ派政府を攻撃しているシーア派のフーシ派を支援している。イランは「テロ支援国家」なのである。
そこへ経済制裁解除で大金が入れば、中東情勢はさらに危険なことになる。
ステイニッツ・イラン担当は、「この合意は裸である。イスラエルは裸の王様(アンデルセン)で、王様が裸であることを指摘した少年だ。皆が黙っている中で、唯一、”この合意ははだかである”と主張する者である。」と語った。
ところで、イランとの合意が発表されると、今まであれほど口汚くネタニヤフ首相を罵倒してきた代表野党のヘルツォグ労働党・党首が、「この件については、ネタニヤフ首相と完全に一致している。」と表明し、イスラエル世論を驚かせた。
ヘルツォグ氏は、近くアメリカの議会を訪問し、イスラエルの見解を訴えるとしている。
<楽観かあきらめか:別の意見もあり>
合意がもう避けられないとの認識が広がって来ると、イスラエル内部でも意見が割れ始めている。
エフード・バラク元首相、国防相は、「イランが核兵器を持ったとしても、結局イスラエルは中東では最強なのだから、何も心配する必要はない。」と言っている。
また、「確かに、この合意は悪い。しかし、中東ではよい合意などありえない。悪いか、もっと悪いかのどちらかだ。この合意以外の選択肢、つまりはこのままイランの制裁を継続した場合、イランがさらに敵意を増強する可能性もある。
オバマ大統領の言うように、この合意で、たとえ数年でも、イランの核兵器開発がとどめられるならば、それは「まし」な選択だったのでははないか。
実際、オバマ大統領が、シリアの化学兵器について外交的な解決に導いたおかげで、イスラエルは、ガスマスクの配布を停止することができた。」という記事もある。
さらには、すべてはネタニヤフ首相の外交的失敗だと批判する記事もある。最終的な決定を下すのは結局、オバマ大統領であるのに、そのホワイトハウスを無視して議会にアプローチしたことは愚かだったと批判されている。
いずれにしても、この合意が外交的成功だったのか、失敗だったのかは、後の世が証明することになる。
しかし、もし失敗だった場合は、これは本当に核戦争の始まりになりうるということは知っておくべきであろう。
<今後イスラエルはどうするのか>
基本的にはネタニヤフ首相が言う通り、対策はこれまでと同じである。水面下でイランの核開発を妨害し、万が一にも国に危機となった場合は、軍事介入を含め、いかなる手段を使ってでも防衛する構えである。
実際、これまで20年近くもイランが核兵器を完成できなかったのは、イスラエルが水面下で妨害活動を続けて来たからだとも言われている。
www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4679591,00.html
www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4680188,00.html
www.jpost.com/Middle-East/Iran/Zarif-scoffs-at-Netanyahus-uproar-over-Iran-nuclear-deal-409046