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元イスラエル軍諜報部長官、前イスラエル治安研究所所長で、今も政府への治安顧問として、さまざまな提言を行うエキスパート、アモス・ヤディン氏が今回の戦闘に関する分析と今後に関する解説を行なった。
今回の戦闘に関する分析と評価
1)イスラエルは抑止力の再建という目標を達成した(ハマスへの打撃は十分)
ヤディン氏は、まず理解しなければならないことは、この戦いをイスラエルが始めたのではないと強調する。ハマスを一掃してしまうことも、ガザを再占領することもイスラエルが望むところではないということである。200万人ものパレスチナ人を背負い込むことはイスラエルの望むことではない。
イスラエルの目標は、「抑止力」の再建であり、そのために必要なことは、ハマスの武力に痛手と恐れを与えること。それにより、将来のイスラエルへの攻撃を「抑止」するということである。
これまで4回発生したガザとの戦闘において、常にこれが目標であった。たとえば、ロケット攻撃に対しては迎撃ミサイルを配備して、ハマスの武力を相当に無力にすることとなった。
2014年の戦闘では、ハマスが、地下トンネルと経由してイスラエルにテロリストを侵攻させようとしたが、イスラエルは、地下にハイテクの防護壁を設立し、もはや地下からイスラエルへ侵入することは不可能となった。
今回は、地上戦に持ち込むことなく、ガザ内部のメトロなる地下トンネル通路をほぼ破壊し、残されたミサイル基地も破壊。多くの指導者が死亡したので、ガザを占領して15年近くになるハマスの武力に相当な打撃を与えたことは間違いないとヤディン氏は見ている。
また、今回、イスラエル軍は、空軍が非常に正確なピンポイント攻撃の実施したことに加え、地上、地下の防護壁(かなりのハイテク)を使い、UAV(無人飛行)を使って戦いを進めた。
陸軍、空軍、海軍(ハマスの水上ドローンへの対処)が協力し、効率よく戦った。前回、戦死者を72人出した事からすると、今回は非常に効果的な戦いであったと評価する。これもまた、敵の抑止力につながるということである。
なお、今後どうなるかについてだが、まもなく、最高裁がシェイカ・ジャラのパレスチナ人の退去命令を出すかどうかが注目される。十分な抑止力ができているかどうかは、この時の反応で明らかになるとヤディン氏は見ている。
2)停戦にはいっさいの条件はなかった:早期に停戦したことは正解
上記のように、ヤディン氏は、ハマスの武力に大きな打撃を与え、目標とする抑止力を達成したとして、停戦成立の3−5日前にはすでに、停戦を示唆していたという。これは一部の右派勢が、政府が早急に停戦したと非難していることと違う視点ということである。
戦いが伸びれば伸びるほど、ガザの市民に犠牲者が出るし、イスラエル側の市民に犠牲が出れば、それだけイスラエル軍も、反撃を余儀なくされる。早期に目標を達成し、早期に終えるほうがよい。
今回も仲介に入ったエジプトは経験に富んでおり、双方にうまく話して、とりあえず武力行使を止めるタイミングについてのみ合意にこぎつけた。それ以外のことは今後の話し合いとなる。多くの項目があるが、それはこれまでの紛争後にでてきたものとほぼ同じだという。
言い換えれば、これまでに話し合いで解決できたのは、2項目ぐらいで、それ以外はまったく先にすすんでいないとのことであった。
したがって、ハマスが、勝利宣言の際に、イスラエルがエルサレム問題で譲歩したようなことを言っているが、実際に合意したのは戦闘をやめるタイミングだけであったということである。
ヤディン氏は、ハマスとの戦いを、世界とイスラム国との戦いに例えて、テロ組織との戦いにおいては、どこが勝利になるという明白な到達地点を定めることは難しいと指摘する。抑止力を高めることで、平穏を維持するということが、とりあえずの目標ということであろう。
ヒズボラへの抑止力について
今回、ガザとの戦闘になった際、北部レバノンから、2回、ミサイルが発射され、ヒズボラが、イスラエルに攻撃してくることが懸念されていた。しかし、これまでのところ、この攻撃はパレスチナ人によるもので、ヒズボラは登場してきていない。
これについて、ヤディン氏は、ハマスが、純粋にイスラエルと戦うテロ組織でありガザ市民はその人質のようなものであるのに対し、ヒズボラは、レバノンに政界における有力政党であり、イスラエルと戦ってそこまでの犠牲をレバノンに与える気はなかったのだろうと解説する。
パレスチナ人へのアプローチを変更すべきチャンス:2国家共存にむけて
ヤディン氏は、イスラエルはこれまで、パレスチナ問題がもはや下火になったかのように感じていたが、この戦いでそれが現実ではないということがわかったと語る。
今、世界はコロナ問題やさまざまな国内問題、アメリカは中露問題で手一杯、さらには、湾岸諸国が、アブラハム合意で、イスラエルと手を組み始めたことで、パレスチナ問題はもはや、重要ではなくなったかの様相であった。しかし、決してそうではなく、問題は世界中に拡大しうるということである。
ヤディン氏は、今、イスラエルは、2国家共存の原則に立ち戻って、パレスチナ人へのアプローチを変えていくチャンスの時であると考えている。
1)ハマスがテロ組織であることを再認識
ネタニヤフ首相は、その前のオルメルト政権が行なっていた方針を反転させ、パレスチナ自治政府との対話を事実上停止し、ハマスはガザを支配する西岸地区とは別のミニ国家であるかのような対応をとってきた。
具体的には、弱体化したと見えていたパレスチナ自治政府をスキップして、ハマスと交渉し、軍事力をゼロにすることを条件に、ガザの再建を支援するとして、たとえば、大きな国際貿易港を共に建設しようとカッツ交通相が、提案したりしていたということである。
この時のハマスの指導者シンワルは、軍事力強化とともに、ガザの再建を目指していたので、この可能性も見えていたのかもしれない。しかし、実際にはハマスがイスラエルに対する敵対心をゼロにすることはありえないということである。それが、今回の戦いで明らかになったということである。
ハマスは、ガザの支配のみならず、西岸地区も含めてのパレスチナ人全体の王になることを目指している。西岸地区をハマスが支配することはイスラエルには受け入れられないことである。
2)次世代も視野にパレスチナ自治政府(アッバス議長)との対話を再開させる
今のパレスチナ自治政府は、汚職にまみれているとはいえ、オスロ合意で定めた自治政府であり、公式には、テロ行為を否定し、イスラエルの存在を認めている存在である。この両方を否定するハマスは、まさにテロ組織であるということを覚えなければならない。
パレスチナ自治政府のアッバス議長は、もう高齢ではあるが、今、パレスチナ自治政府を効果的に支援し、それこそガザの港湾計画も使って、パレスチナ自治政府との関係を強化しておけば、次世代には、2国家共存もありうるかもしれない、とヤディン氏は語る。
石のひとりごと
世界がよくわかっていないと思われる点は、イスラエルが強大な軍事力をもっているのに対し、ガザのハマスは弱小で、あまりのアンバランスが不条理だという点である。確かにハマスは戦闘機をもっていないので、軍事力は比べようもないことは確かである。
しかし、ハマスは、それでも、誘導ミサイルをこれだけの数持っていたわけであるし、ドローンなども使っている。海中ドローンまで持っていたのである。一方、イスラエルは、すぐれた軍事力で、市民を巻き添えにしないという点でその圧倒的なハイテクの軍事力を使ったということである。
単純にイスラエルが弱いパレスチナ人を占領し、いじめているのではないということは確かなことである。イスラエルがここまで深く考えながら、パレスチナ人たちとの関係をすすめているということも知ってほしいと思う。