どう出るリクード?:親・反ネタニヤフで分かれる党内部 2019.11.30

イスラエルでは、国会で過半数となる安定した政権を立ち上げることができないまま、政府なし状態が続いている。そこへネタニヤフ首相の起訴が正式発表され、さらに混乱が深まった。

現在、次の節目である12月11日まで2週間を切り、3回目総選挙を回避しようと、様々な試みや意見で激論が続いている。

<これまでの流れまとめ>

与党リクードのネタニヤフ首相に続いて、野党青白党のガンツ氏も国会過半数を超える政権を立ち上げることができず、その指名を大統領に返上。今は、過半数を取りうる首相を擁立する役割が、国会ということになっている。その期限は12月11日である。

しかし、国会がそういう人物を立てられる可能性はかなり低く、結局、前代未聞3回目の総選挙の可能性が濃厚である。しかし、3回目の総選挙をしても、結果は先の2回と同じになる可能性が高く、イスラエルの政治は、行き詰まっているといえる。

<ネタニヤフ首相起訴の影響>

さらに先週木曜、マンデルビット司法長官が、ネタニヤフ首相を収賄などの罪で起訴すると発表。以前からわかっていたことではあったが、実際に起訴が決まったとなると、これが大きな爆弾となり、政界だけでなく、社会全体を大きく揺り動かした。

ネタニヤフ首相は、起訴された罪状について完全否定するだけでなく、「これは、自分をやめさせるためのクー(暴虐)だ」と、強い口調で警察を非難し、首相を降りるつもりはないと断言した。

ネタニヤフ首相にしてみれば、これまでの13年、決して自己利益のためでなく、国のために働いてきたのであるから、ここで自ら辞任して、この罪状を認めるわけにはいかないのだろう。しかし、国の正式な司法を攻める口調が、かえって不信感につながっているようでもある。

左派勢やアラブ統一政党からは、司法長官から強制的にネタニヤフ首相の解雇を命じるべきだとの声も出た。しかし、マンデルビット司法長官は、司法長官が、ネタニヤフ首相の辞任を決めるものではないとして、ネタニヤフ首相在職は可能との見方を発表した。

青白党のガンツ氏(特に共に青白党を立ち上げたラピード氏、ヤアロン氏)は、リクードとの統一政権設立は否定しているわけではない。ただ国の司法から起訴されるに至ったネタニヤフ首相とともに政治をすることはできないとしている。

要するに、ネタニヤフ首相さえ退陣すれば、すぐにでもリクードとの統一政権は可能であり、3回目総選挙を回避できるということである。

しかし、ネタニヤフ首相自身が、自ら身を引く気配はないので、今後、リクードが党としてネタニヤフ首相を党首として立て続けるのか、もしくは12月11日の期限までに、別の党首を立てて、青白党との統一政権を受け入れるかが、これからの大きな焦点となる。

<リクード党内支持世論調査とそれぞれの意見> 

1)ネタニヤフ首相辞任推進派:ギドン・サル氏

ギドン・サル氏は、リクード内部では、ネタニヤフ氏の最強のライバルと目される人物。サル氏は、ネタニヤフ首相が、起訴される前から、リクードの党首選挙を行い、自分が党首になることで、統一政権を実現し、3回目総選挙を回避できると主張していた。

特に、今、政権樹立の役割が国会に以降してからは、期限の12月11日までに早急にリクード党首選挙を行うことで、(ネタニヤフ首相が失脚し)、青白党との統一政権が可能になると訴えた。

この緊急の党首選挙については、ネタニヤフ首相もいったん、賛同すると言っていたが、実際には、この話は進んでいない。

ネタニヤフ首相が起訴されると、サル氏は、ネタニヤフ首相は、国の混乱を避けるためにも、自ら辞任すべきだとはっきりと主張している。

2)ネタニヤフ首相支持派:ミリ・レゲブ氏など

13年以上も首相を務めたネタニヤフ首相の支持基盤は決して小さくない。サル氏の意見に対し、サル氏は、リクード党首である人物(ネタニヤフ首相)に対して、もと敬意を払うべきだとの意見が出た。

3)当初沈黙・・だが辞任すべきだとは言ってない:イスラエル・カッツ外相

イスラエル・カッツ外相は、当初、意見を述べなかったため、ネタニヤフ首相失脚を望むかとも報じられた。しかしその後、ネタニヤフ首相の継続支持を表明した。大胆に党首交代を主張するサル氏については、「党にもっと敬意をはらうべきだ。」と批判的なコメントを出している。

4)ネタニヤフ首相の継続を支持するが、裁判で不在中をカバーするNO2を選出しておくことを提案:ニール・バルカット氏(前エルサレム市長)

バルカット氏は、ギドン・サル氏が緊急の党首選挙を行うことを提案したことに対し、ネタニヤフ首相はそのまま継続党首とし、首相が法廷に入っている間、リクードを支えるいわば副党首を選んでおいてはどうかと提案した。

これにより、一気に党首交代になり、党が分裂してしまうことを避けられると言っている。なんともビジネスマンあがりのバルカット氏らしい提案である。

<現時点での順位>

エルサレムポストが、チャンネル13によるリクード党内(1513人)で、次期党首として誰を支持するかと聞いたところ、以下のようになった。今の所は、まだネタニヤフ首相擁立意見が強いようである。

①ネタニヤフ首相53% ②ギドン・サル氏:40% ③ニール・バルカット氏(前エルサレム市長):23.8% ④イスラエル・カッツ(外相):6.2% ⑤ユリ・エデルステイン氏:(国会議長)4.4% ミリ・レゲブ氏:(文化相)2.3% 未定18.6%

www.jpost.com/Israel-News/Poll-among-Likud-members-Netanyahu-wins-against-Saar-in-the-primaries-609042

<国会:エデルステイン議長の妥協案:期待うす>

現在、政権たちあげを任されている国会だが、リクードの態度がまだ決まらないため、ユリ・エデルステイン国会議長が、3回目総選挙を回避しようと、なんとか統一政権の立ちあげを目指して奔走している。

エデルステイン議長は、青白党の交渉チームをそれぞれ別に召喚し、「このままいけば、イスラエルが社会的経済的に崩壊する。今はイスラエルの政治における緊急事態だ。」として、以下のような案を提示した。(チャンネル12報道)

まず、ネタニヤフ首相が、いまのまま数ヶ月は首相を務める。その後、青白党のだれか(おそらくはガンツ氏)が、2年間首相となる。その後、リクードのだれかが、4年任期の残りの期間、首相となる。

要するに、今、首相になる可能性のある人全員で、そのチャンスを分け合うという妥協案である。

この提案について、ネタニヤフ首相は拒否。また、青白党も、この案を可能にするには、首相は起訴をされないという法律を通すことになるとして拒否した。エデルステイン議長に残された時間はあと2週間だが、リクード内部では、成功しないだろうとの悲観的な空気がひろがっている。

ということは、3回目総選挙ということなのだが。。。

www.timesofisrael.com/knesset-speaker-hosts-blue-and-white-and-likud-for-last-ditch-coalition-talks/

<イスラエル市民の反応は?>

マンデルビット司法長官が、ネタニヤフ首相の起訴を発表すると、すぐにテルアビブで2500人程度の「ネタニヤフ首相は、すぐに辞任するよう訴えるデモが行われた。同様のデモは、ハイファ(200人)と、エルサレムの首相官邸前でも行われた。

www.timesofisrael.com/protests-for-and-against-netanyahu-expected-in-major-cities-saturday-evening/

しかし、その5日後には、テルアビブで、8000人規模のネタニヤフ首相支持ラリーが行われた。ネタニヤフ首相は、ツイッターでデモ隊に対し、「感動した。」と感謝を述べた。ただこのデモには、リクード内部の大物が参加していなかったため、逆にネタニヤフ首相の基盤は、揺らいでいるのではと分析する記事もあった。

www.timesofisrael.com/thousands-of-netanyahu-supporters-urge-prosecutors-arrest-at-tel-aviv-rally/

実際のところ、こうしたデモに参加しない市民がほとんどなので、一般の人々は、ともかくも早く決まってほしいと見守っている状態である。

<石のひとりごと:引き際かどうか>

もし日本で安倍首相がネタニヤフ首相の立場であったら、どうだろうか。ハラキリ文化の日本では、最高裁に起訴されるという事態になった場合、たとえ無罪を強調したとしても、世間を騒がせたというだけで、責任をとってすぐにも引き下がらざるをえないかもしれない。

また、一人でも「あなたさえ、やめたらすべて丸くいく。」と言う人がいれば、たとえ、自分は悪くいないと思っていても、そのまま公職にい続けることのできる日本人政治家はさすがにいないのではないだろうか。激しすぎる中傷を避けるため、またそれ以上の恥さらしにならないためである。

しかし、日本人と違って、イスラエル人は、人からどうみられるかという点に、ほとんど興味がない。ネタニヤフ首相の場合も、おそらく、自分自身の誇りのために首相のポジションにとどまるというよりは、イスラエルを守るために、自分が首相でいなければならないという確信があるから、辞任しないのである。少なくとも本人はそう言っている。

実際、ネタニヤフ首相は、自身が失脚すれば、左派のガンツ氏が台頭し、これまでのような右派政権でなくなると考えて居る。パレスチナ人との融和をすすめる左派の台頭は、右派にとっては国の存続に関わる問題になりうる。

ただ、今は、ギドン・サル氏や、ニール・バルカット氏など、リクード内部から、十分右派思想を維持できる若手が出てきているのであるから、そろそろ引き際であるのかもしれない。

いずれにしても、現代国家イスラエルの首相とは、聖書時代でいえば、イスラエルの王に匹敵する存在である。イスラエルの王は、必ずしも良い人物が王になるとは限らない。良いか悪いかが基準ではなく、ただ主が、主の時にしたがって、決めることである。

12月11日まであと2週間、統一政権に向けて、なんらかの動きがあるのか、このままあまり意味のない3回目総選挙へとひきずられていくのか。。相変わらず、イスラエルは、主の計画という、人間の知恵だけでは答えの出ない、予想不可能な問題に直面している

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。