ポーランドの本心:ホロコースト関連法案をめぐって 2018.3.2

ポーランド議会は、2月1日、ポーランドにホロコーストの責任があると思わせるような表現をすることを犯罪であるとし、3年を上限として禁固刑にするという法案を、賛成57、反対23で可決した。

ホロコーストに関して、ポーランドには責任はないと言い切るこの法案を、ユダヤ人が受け入れられるはずはない。イスラエル政府やヤドバシェム(ホロコースト研究機関)、ホロコースト生存者、様々なユダヤ人組織から抗議が相次いだ。

にもかかわらず、2月6日、ポーランドのアンジェイ・ドゥダ大統領は、この法案を承認して署名。立法化に向けて動き始める形となった。

しかし、イスラエルに加えて、アメリカのトランプ大統領もこの法案に反対する意向を表明したことから、ポーランドは、とりあえずこれを凍結すると発表した。しかし放棄したわけではなく、今後、イスラエルとポーランドのチームで、話し合いが進めるということになっている。

在イスラエル・ポーランド大使ジャック・コドロビッツ氏は、27日、イスラエルの国会での移民ならびにディアスポラ特別委員会に出席し、「イスラエルとの協調なしに、この法案が立法化することはない。」と約束したが、イスラエルが求めるのは、法案の破棄である。

www.jpost.com/Diaspora/Envoy-Polish-Holocaust-law-wont-be-enforced-without-Israeli-coordination-543741

<ポーランドの言い分とイスラエルの反論>

ポーランドが、「ホロコーストの責任がポーランドにある」と思わせる表現と指摘するのは、たとえば、「ポーランドの死の収容所」といった表現である。

確かにアウシュビッツなど死の収容所は、大半が現ポーランド領域にあったので、この表現は間違いではない。しかし、この表現では、まるでポーランドが死の収容所を運営していたようにとられてしまうというのが、ポーランドの懸念である。

ナチスの死の収容所が機能していた1941-1945年、ポーランドは、全域をドイツに占領され、ポーランドという国はなくなっていた状態にあった。またこの時代、ユダヤ人とともにポーランド人もまた300万人近くがナチスの犠牲になっている。

ポーランドとしては、ポーランドも犠牲者であり、あくまでもホロコーストの責任は、ポーランドではなく、ナチスドイツであると強調したいのである。今回の法案の冒頭には、「ポーランド共和国とポーランド国家の名誉を守るため」と記されている。

確かにポーランド人も犠牲者であり、義なる異邦人(命のリスクを負ってユダヤ人を助けた異邦人)は6700人とポーランド人が最も多い。しかし、ポーランド人に全く罪、責任はないのかといえば、そうとは言い切れないのも事実である。

ポーランド人の中には、ナチスに協力し、ユダヤ人を売り渡すか、殺戮に加わるか率先して殺戮を実施した者も少なくない。また大多数の人々は、自分を守るため、沈黙を守った。沈黙を守って、何もしなかった人々は、自分には罪はないと考えている。

しかし、はたしてそうであろうか。。。?この問題は、歴史研究の対象であるとともに、非常に繊細な倫理の問題であり、まだまだ研究、議論がなされるべき点である。

そうした中、もし今回の法案が実施された場合、ポーランドにも責任があるという意見は今後、出せなくなってしまうというのがイスラエルの懸念である。(一応、法案では、科学的な研究の場合は例外とするとされている)

ヤドバシェム(イスラエルのホロコースト記念館)のシニア歴史学者デービッド・シルバクラング氏は、「ヤドバシェムは、この法案は歴史的事実を歪曲するものであるとして抗議する。ポーランド人がユダヤ人虐殺に関わっていたことは事実である。

確かに”ポーランドの死の収容所”という表現自体には問題があるが、そこから、ポーランドの責任を論じた場合、犯罪とされることは歴史の歪曲であり、議論の自由を奪うことに他ならない。」とコメントした。

www.jpost.com/Israel-News/Yad-Vashem-Polish-law-jeopardizes-free-and-open-discussion-about-Holocaust-540422

<隠せないポーランドの反ユダヤ感情>

戦後ポーランドは、自国民で戦争犠牲になった人の数はは300万人と、ユダヤ人犠牲者の数は含めずに報告していた時期があった。ユダヤ人の多くはポーランド国籍であったにもかかわらずである。ナチスに植え付けられた反ユダヤ感情は深そうである。

今回の論議ががはじまってからも、ポーランドの政治家からは、反ユダヤ感情が現れる発言や出来事が続いた。

たとえば、ポーランドのモラビエツキ首相は、「ユダヤ人の中にもナチスに通じたうらぎりものがいたではないか。」と言って、イスラエルの激しいバッシングを受けた。

また、ポーランド与党は、動物保護の観点から、ユダヤ人の食物規定(コシェル)にかなった屠殺に制限をかけ、これに違反するものは、4年までの禁固刑にするとの法案を提出した。

この法案には、ユダヤ教律法にかなう牛の屠殺の禁止や、コシェルの肉の輸出入の制限も含まれている。ポーランド在住のユダヤ人が困るだけでなく、イスラエルもコシェルの肉をポーランドから輸入しているらしく、イスラエルの肉に価格にも影響する可能性があるという。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5108605,00.html

<ポーランドは危ない!?>

今回の法案をめぐる論議以降、ポーランドでは反ユダヤ主義運動が増大する傾向がすでに現れており、ポーランド在住のユダヤ人たっちが、恐怖を訴えている。

これまで、ポーランドは、他のヨーロッパでの反ユダヤ主義に比べると比較的安全で、反ユダヤ主義もインターネット上の嫌がらせであったのが、実際の社会生活でも反ユダヤ的な行為が目立つようになってきているとのこと。

www.jpost.com/Diaspora/In-open-letter-Polish-Jews-say-they-dont-feel-safe-in-Poland-543080

来月のホロコースト記念日には、今年もアウシュビッツでの特別記念イベントが行われる。世界中からの参加者が集まるが、イスラエルからは、大勢の高校生が参加することになっている。リスクはあるが、中止にはしないとのこと。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。