国際紛争へ発展するシリア内戦:アモス・ヤディン(イスラエル国家治安研究所) 2018.3.2

イスラエルの隣国シリア情勢が悪化し、もはや誰も止められない状況になってきた。あまりにも多くの国や組織が入り混じり、シリアの内戦は終焉どころか、新しいチャプターに入ったとイスラエル諜報・治安のエキスパート、アモス・ヤディン氏が警告している。

<シリアで何が起こっているのか>

シリアの内戦は今年8年目に入る。(死者46万5000人以上・1200万人が難民化)。この数年の間にISが登場したことで、アメリカとロシアという2大超大国が介入するようになった。今、シリアのISは、著しく縮小しつつある。

すると懸念されていたとおり、IS撤退後の空白にイランが入り込み、ロシアも協力してシリアのアサド政権が、勢力を拡大するようになった。アサド政権は、全国で、反政府勢力を残虐に一掃する作戦を展開している。

今、特に問題になっているのが、シリアの首都ダマスカスから10キロと隣接する東ゴータでの激しい戦闘である。

東ゴータ地区は、反政府勢力支配域であったため、2013年からシリア軍に包囲された状態にあった。しかし、2018年2月19日(日)、シリア軍が、東ゴータを急に激しく爆撃しはじめた。爆撃にはロシア軍機も加わっていたと伝えられている。

その爆撃はこれまでになく残虐で、バレル爆弾など、違法なものまですべて使用し、下にいる住民たちを無差別に殺害している。攻撃がはじまってから10日の間に、すでに死者(主に市民)は500人を超えているという。

東ゴータの病院3箇所は完全に破壊され、救援物資を運び込むこともままならないほどの激しい空爆が続く。国連関係者は、「この世の地獄」と凄まじい空爆の様子を伝えている。

BBCは、埃で真っ白になっている瓦礫と爆撃の中、負傷者を抱えて走るホワイトヘルメッツ(シリア市民による救援隊)の様子が伝えている。

東ゴータの住民は40万人。その半分が18歳以下の子供だという。地下の防空壕に隠れている子供たちの様子や、多くの負傷した子供たち、食べ物がないと訴える老婆の様子などが伝えられている。

ダマスカス、ならびに東ゴータは、イスラエルのガリラヤ湖からわずか110-120キロ地点である。

www.aljazeera.com/news/2018/02/eastern-ghouta-happening-180226110239822.html

<シリアに化学兵器を調達しているのは北朝鮮か!?>

東ゴータからは、空爆だけではなく、化学兵器が使われているという兆候も報告されている。これについて、シリアもその化学兵器破棄を保証しているロシアも否定しているが、現地からの情報によると、化学兵器の使用は間違いなさそうである。

これについて、ニューヨークタイムスが、国連の極秘の報告書がリークしたとして伝えたところによると、2012年から2017年の間、北朝鮮が、シリアに、危険な化学物資を少なくとも40回、搬送していたもようである。

このほか、シリアのミサイルシステムの現場に北朝鮮人がいたことも目撃されている。シリアへの化学兵器、ミサイルの調達のみかえりとして流れた資金が、北朝鮮の核開発につながった可能性がある。

www.jpost.com/Middle-East/UN-report-links-North-Korea-to-Syrias-chemical-weapons-program-543849

<停戦ならず:国連安保理決議の無力化>

こうした状況を受け、国連安保理は緊急会議を招集し、23日(金)、シリアに停戦を要求する採択を行おうとした。しかし、ロシアがこれに難色を示したため、採択は24時間延期されることになった。

アメリカのニッキー・ヘイリー国連大使は、「ロシアが渋ったおかげで採択が遅れた。この間にいったい何人の母親が子供を失ったと思うのか。」と激しくロシアを糾弾した。

対するロシアは、停戦に反対した理由として、東ゴータにいる反政府勢力の中に、アルヌスラなど、危険なグループが多数紛れていることをあげた。停戦でこれらの組織に時間を与えるよりも、今のうちに一掃してしまうほうがよいと考えたのである。

しかし、最優的にはロシアも同意し、25日(土)、国連安保理は、全会一致で、シリアに停戦30日を命じることになった。

www.aljazeera.com/news/2018/02/security-council-votes-favour-30-day-syria-ceasefire-180224192352205.html

この後、数日間は日に5時間の停戦、人道支援の搬入がはじまったが、まもなく戦闘が再開し、28日現在、救援部隊は東ゴータに入ることができなくなっている。

www.bbc.com/news/world-middle-east-43208705

なお、国連の他にもシリアの内戦を停止させようとする動きがある。ロシア、イラン、トルコの3国による取り組みである。アメリカとロシアが合意の上で停戦地域を設定するといった動きもある。しかし、どれもばらばらで、十分に功を奏しているとはいえない。

国連安保理さえも無力となった今、シリアに関わっている多種多様な国際勢力は、それぞれの考えで動くしかなくなっている。

イスラエルの国家治安研究所でイスラエル軍諜報部幹部のアモス・ヤディン氏は、シリアは停戦どころか、新しい国際紛争のはじまりを迎えたと警告した。その図式とは次の通り。

<シリアをめぐる様々な対立の構図>

1)アメリカ対ロシア

ISとの戦いにおいて、アメリカは反政府勢力の中の自由シリア軍を支援した。2月8日、この自由シリア軍がアサド政権軍に攻撃をされたのを受けて、アメリカ軍が本格的に反撃したところ、ロシア兵を含むシリア軍戦闘員300人が死亡するという事態になった。

ロシアはこれを大きくとりあげなかったが、ISがほぼいなくなった今、それを大義にシリアに介入していたアメリカ軍が、まだ介入するとはいかがなものかと、アメリカの立場が追い込まれる結果になった。

ロシアは現在、シリアにステルス戦闘機を配備し、シリアでの影響力をグレードアップしている。ロシアが、ますますアメリカをシリアから追い出そうとしているとヤディン氏は分析する。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5098764,00.html

では、アメリカはこれからどうするかだが、2月に入って、シリアが化学兵器を再び使用しているとの情報があることから、今度はそれを大義に、アメリカが強行に出てくる可能性がある。そうなれば、ロシアとの対決は避けられないということである。

2)イスラエル対イラン、ロシア

前回お伝えした通り、イスラエルが最も恐れるのは、IS撤退後の空白に、イランが進出してくることである。2月中旬、イスラエルはすでに、シリアのイラン関係拠点を大規模に空爆するという作戦を実施し、大きな打撃を与えた。イスラエルとイランとの初めての直接対決であった。

しかし、その後、イランは、すでに新しい基地を再建していることが、航空写真から明らかになっている。イランのイスラエル打倒への意欲は衰えておらず、イスラエルも防衛に関しては躊躇しないことから、ここから火蓋が切られる可能性は高い。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5136524,00.html

イスラエル軍の予備役ベテラン司令官コビー・マロム氏は、北部で戦争になりかどうかは、アメリカが、イランとの核開発合意の見直しを行う5月が山場になると予想している。

もしアメリカが、5月にイランとの合意を破棄した場合、イランはどう出るのか。戦争になるか、戦争ではなく、アメリカがイランとの新しい交渉に入ることができるのかどうかが鍵になる。それまではとりあえず、イスラエル北部では何もおこらないだろうというのが、マロム氏の予想である。しかし、近い将来、北で戦争になるのは避けられないとイスラエルはみている。

もし戦争になった場合、イスラエルは、犠牲を最小限に抑えるため、できるだけ大規模に、短時間で戦いを終えると予想されている。しかし、その時にはイスラエルとイランの衝突のみに収まらず、ロシアもアメリカも関わって、すさまじい戦いになるだろう。

それこそゴグ・マゴグの戦いのようになってきても不思議はない。。。戦いが早く早く終わるように祈りなさいというキリストの言葉が思い出されるところである。

3)トルコ対アメリカ、ロシア

1月末、トルコは、トルコとシリアの国境近くで、シリア北部アフリーンのクルド人勢力(YPG)への激しい攻撃を始めた。クルド人勢力にはグルプがいろいろあり、YPGは、トルコが宿敵とするPKK関連のクルド人勢力である。

トルコは、シリアとの国境付近に新たなクルド人地域ができることを防ぐためにシリア領内での軍事行動に踏み切ったのであった。いわば、トルコ独自の事情で突然、シリア領内に侵攻した形である。トルコはこれを”オリーブの枝作戦”と呼んででいる。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5073672,00.html

www.bbc.com/news/world-middle-east-43228472

突然のトルコの侵攻に対し、YPGを支援して対処したのは、シリア軍とイラン軍であった。ややこしいことに、トルコとイランはシリア問題で手を組んでいたはずである。それがここでは刃をむけあったということである。

さらに、YPGはアメリカの支援も受けている組織であった。つまり、YPGは、シリア軍とイラン軍、その2者が敵対するアメリカからも助けられる事態になったということである。

さらに、ロシアはというと、トルコの側についたとのことだが、ロシアは、シリアとイランの側にいるはずなのである。要するになにがなんだかわからない状況、とでも言っておこう。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5073672,00.html

トルコのエルドアン大統領は、かつてヨーロッパ、中東全域を支配した大オスマントルコ帝国(1299ー1922年)の復活と領土拡大を目標にしていると言われる。シリア侵攻後の演説でも、新たなトルコ・イスラム帝国を実現するといったメッセージを語っている。

今回のトルコの動きは、この目標に向けた動きであるともみえる。このため、同盟であるはずのイランだけでなく、トルコが所属するNATOやアメリカとの関係をもぎくしゃくさせる結果になったとみられている。

トルコは、終末の大混乱に大きな役割を担っていると思われる国の一つ。目を離せない国の一つである。

www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/242403

<戦いに備えるイスラエル>

シリアは、今、いつ何時、世界をまきこむ大戦争になっても不思議はない火蓋を山のように抱えている。そのすぐ隣にいるイスラエルは、今年中にも大きな戦争になると予想しており、準備を周到に行っているようである。

www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/242327

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。