人間にとって、家族とはなんだろうか。先週、ホロコーストを生き延びた102歳の男性が、ヤド・バシェム(ホロコースト記念館)のデータベースから、ナチスに殺されたと思っていた弟が生き延びていたことがわかり、その息子(おい)と初めて会い、心からの感動の涙を流した。
エリヤフ・ピエツルスカさんは、ポーランドのワルシャワ生まれ。1939年にドイツがポーランドに侵攻してきた際、両親と双子の弟たちと別れ、1人、旧ソ連方面へ落ち延びた。その後、イスラエルへたどりついたが、両親と双子の弟の一人は、ワルシャワ・ゲットーから移送され殺されたことがわかった。
双子のもう一人ウォルフさんは、一度連絡はあったが、それっきりで、エリヤフさんは天涯孤独だと思っていたという。そこへ、ウォルフさんの息子にあたる人がヤド・バシェムの犠牲者のデータベースから、エリヤフさんにたどり着き、面会が実現したのであった。
残念ながら、ウォルフさんは2011年にカナダで死亡していたが、おいのアレキサンドルさん(ロシア)に面会できた。心から涙しているエリヤフさんの様子は感動である。エリヤフさんは、アレキサンドルさんに、「今はイスラエルに家族がいる。もう一人ではないよ。」と語っている。
www.yadvashem.org/events/20-november-2017?utm_source=social&utm_medium=fb&utm_campaign=reunion_en
面会の様子: https://www.theguardian.com/world/video/2017/nov/20/102-year-old-holocaust-survivor-reunited-with-family-video
エルサレムのヤド・バシェムでは、ホロコーストでいなくなってしまった人のデータを集め、ネットで公開している。これまでに470万人の名前がデータベースに収めらているが、まだ100万人以上が不明のままだ。
時間がたつごとに高齢となっているホロコースト経験者は死亡する。今回のような再会は今後、あまり期待できないだろう。ヤド・バシェムでは、犠牲者の情報を、ユダヤ人だけでなく、その周辺にいた人ならだれからでもいいからと、情報収集を急いでいるところである。
<旧ソ連域で定着するナチス時代の習慣:トーチマーチ>
ウクライナやラトビアなど旧ソ連地域では、ナチス時代の習慣であるトーチマーチがある。群衆がたいまつをもって行進するというものである。このイベントは1930年代、ナチス時代に導入された習慣で、現在は、独立記念日に行われる。
RTによると、ラトビアでは、19日、首都リガで、数千人が参加してトーチマーチが行われた。普通の独立記念のイベントとされているが、イベントの背景には、右派勢力が働いているという。
www.rt.com/news/410342-latvia-independence-torchlight-march/
同様のトーチマーチは,10月、ウクライナのキエフでも行われたが、こちらは、ナチスに協力して殺戮を行った極右75周年を記念するイベントで、まともにネオナチといえるだろう。
ナチスの大量虐殺は、1941年のソ連侵攻とともにエスカレートして行った。ウクライナなど旧ソ連圏では、ナチスとともに、地元民も参加してユダヤ人の大量虐殺が行われた。これらの地域で、一夜にして、再び残酷な反ユダヤ主義に陥ることは十分ありうる。
www.rt.com/news/406705-ukraine-nationalists-upa-march/
今のヨーロッパは、1930年代のヨーロッパに似ていると懸念されているが、それは本当のようである。ユダヤ人は早くイスラエルへ戻ったほうがよい。移住が加速するように。移住を助ける諸団体が祝福されるように。