ユダヤ人といえば、一つの民族で一枚岩だと思われているが、そうではない。まずは、イスラエルに住むユダヤ人か、イスラエル以外の国々に住むユダヤ人かという2つの大きなグループに分かれる。後者が”ディアスポラ”と呼ばれている。
ディアスポラは、ユダヤ機関(Jewish Agency)の運営を通して、建国前からイスラエルを支え続けており、イスラエルにとっても非常に重要なパートナーである。
ところが、今週25日、イスラエル政府が出した2つの決定が、イスラエルのユダヤ人と、このディアスポラのユダヤ人社会の間に大きな亀裂を生み出した。
その決定とは、①嘆きの壁に男性セクション、女性セクションに加えて、混合セクションを増設する案は保留とする、②改宗法案を法案として認める、という2つである。
亀裂となったのは、この2つの決定により、ディアスポラのユダヤ人がイスラエルに拒否されたと感じたからである。
アメリカでは、すでにイスラエル大使館や領事館に、ディアスポラたちからの苦情が殺到しており、イスラエル外務省は、苦情は丁寧に扱うよう指示し、対処に追われているもようである。
*ディアスポラ
現在全ユダヤ人のうち、イスラエルに住むユダヤ人は、648万4000人(43%で最大)、ディアスポラは、792万6700人となっている。
ディアスポラで最大の国はダントツ、アメリカで570万人、続いてフランス46万人、カナダ38万8000人、ロシアは7位で17万9500人である。日本は1000人と記録されている。
www.jewishvirtuallibrary.org/jewish-population-of-the-world
www.timesofisrael.com/israel-at-69-has-8680000-citizens-43-of-world-jewry/
<嘆きの壁問題>
ユダヤ人は、イスラエル在住か、ディアスポラか、さらには、超正統派かそれ以外の宗派かでもグループが別れる。
イスラエルは世俗派が、43%を占め、国も世俗派が運営する国でが、正式な国教は、建国以来、超正統派と定められている。このため、ユダヤ教の聖地とされる嘆きの壁は、国からの任命を受けた超正統派のラビによって管理されている。
超正統派のしきたりによれば、男女が共に同じ場所で祈ることが許されないため、現在、嘆きの壁は男性セクションと女性セクションに分かれている。
ところがディアスポラ、特に最大のアメリカのユダヤ人社会はほとんどが、リベラルな改革派、または保守派である。特に改革派は、昔からの律法に忠実な超正統派とは違い、変わりゆく社会にあわせて改革していくべきだと考えている。
そのため、改革派には女性ラビも存在し、男女共に祈り、シナゴーグの様子もまるで教会のようでもある。このため、今の嘆きの壁に、同性セクションを設けて欲しいと要請ており、3年にわたる長い論議の末、2016年1月、ネタニヤフ首相はこれを約束していたのであった。
その約束を反故にしたということは、ディアスポラ、またユダヤ機関をもないがしろにしたということになる。
間が悪いことに、この決定が、ちょうどユダヤ機関(Jewish Agency)が、エルサレムに世界中の支部代表を集めて数百人規模の理事会を行っていた最中であったということである。ユダヤ機関は、主にディアスポラによって運営されている。
ユダヤ機関代表ナタン・シャランスキー氏は、「ネタニヤフ首相は約束を破った。」として強い抗議を訴え、国会で予定されていたネタニヤフ首相ら閣僚と、理事会の夕食会を、キャンセルするに至った。
さらに、イスラエル政府のディアスポラ担当相ナフタリ・ベネット氏ともマラソン交渉を行うなど、理事会のプログラムは混乱を極めた。しかし、今の所、目立った結論は出ておらず、論議は次回10月に予定されている理事会に持ちこされることになっている。
www.timesofisrael.com/jewish-agency-takes-out-ad-slamming-western-wall-decision/
アルーツ7によると、アメリカの最強ユダヤ人ロビー団体AIPAC代表が、近くイスラエルを訪問し、この件についてネタニヤフ首相と話し意をする流れになっている。
www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4982064,00.html
こうした流れになることは目にみえていたため、リーバーマン防衛相と、ステイニッツ・エネルギー相だけはこの決定に反対していたという。
しかし、現在のネタニヤフ連立政権では、超正統派が運営するユダヤ教政党シャスの存在が欠かせないため、政権存続のためには、シャス党の要求がどうしても通ってしまうのである。
*同性セクションはすでにある!?
嘆きの壁では、改革派の男女共用のセクションを設けてほしいという要望のほか、女性ラビたち(Women of the wall)が、女性もトーラーの巻物をもって嘆きの壁に入りたいとする要望を出し、これを受け入れない超正統派と、何度ももめる事態になっていた。
ところで、嘆きの壁と呼ばれている場所は、神殿の丘をとりかこむ壁の西側部分488mのうちの一部、わずか57mほどの部分である。その外側にあたる部分も結局は同じ壁である。
そこで、政府は数年前から、嘆きの壁広場からさらに南側に、超正統派以外のユダヤ教宗派が、好きなように礼拝できる場所を設けた。
しかし、ここでは、いわゆる、かつての至聖所からは遠くなる上、考古学公園の上にバルコニー風に設置されていて、壁に近寄れる場所はさほど広くない。このため、女性ラビグループや、改革派の満足は得られなかった。
<改宗法案:だれがユダヤ人かという問題>
嘆きの壁に関する決定がなされた同じ日、もう一つの決定、「改宗法案」が法案として承認されることとなった。
改宗法案によれば、イスラエルで生まれたユダヤ人、または超正統派のユダヤ人以外の場合、たとえ、ユダヤ人であっても、国が定めた超正統派ラビによる認定(改宗)で、ユダヤ人と認められない限り、ユダヤ人とは認められないということになる。
ディアスポラのほとんどは、保守派、改革派であることから、もしこの法案が、実際に法律になれば、ディアスポラのほとんどはユダヤ人ではないと判断され、イスラエルへの移住もできないということになる。
無論、この法案が、実際に法律になるかどうかは疑わしいところだが、ディアスポラにとっては、これが法案として承認された時点ですでに、イスラエルに拒絶されたと感じたわけである。
*なぜイスラエルは超正統派ラビだけを認めるのか?
イスラエルは、建国以来、超正統派ユダヤ教を正式な国教として定めた。当時から、現在に至るまで、基本的に超正統派ラビによってユダヤ教徒と認められたユダヤ人だけが、ユダヤ人として認められ、イスラエルの国籍を取得できることになっている。
ユダヤ人は長い離散の歴史から世界各地で同化しながら生き延びてきた。そのため、イスラエルが建国したのちに機関する権利を持つ”ユダヤ人”をどう定義づけるのかが問題となった。
ひとつは母親がユダヤ人であるという生物学的な点。そして、超正統派からみてユダヤ教を守ってきた家系であると認められた人をユダヤ人として認めるということになった。
ベン・グリオン自身は、超正統派ではなかったが、簡単にいえば、「超正統派」は最も”ユダヤ人らしい”外見としきたりがあるので、他の宗教や民族とはっきり区別できるということであったかもしれない。
しかし、これまでは、後者に関する条件については、超正統派ラビであれば、私立のラビによる認定でも認められてきたため、世俗派や、超正統派以外の宗派のユダヤ人たちは、私立の超正統派のラビに頼んで、短期間の訓練だけで書類を整えてもらい、イスラエルへ移住するということも可能であった。
これが、新しい改宗法案になると、国が認めたラビでなければ、ユダヤ人としての証明としては認められないということになる。
この問題は、ディアスポラの多くは、ユダヤ人であるということを否定されることになり、イスラエルへも移住する権利を持たない、ということにもなるため、急に大さわぎになったというわけである。
<今後の懸念>
昨日28日、ユダヤ機関理事会の最終日を取材したが、代表たちは、「これからそれぞれの国に戻って、地域のユダヤ人社会に、この出来事を説明しなければならない。」と、頭を抱えている様子であった。
最近、欧米ディアスポラの新世代ユダヤ人たちのイスラエル離れが問題視されている。
Brand Israel Group のファーン・オッペンハイム氏が、ヘリツェリア・カンファレンス*で発表したところによると、アメリカのユダヤ人大学生世代で、イスラエルに好意的な思いを持つ人の割合が、2010年から2016年までの間に27%も下がったという・
このままいけば、イスラエルへ移住するどころか、BDS(反イスラエル運動)にユダヤ人自身が傾いてしまうと警鐘を鳴らしたところだった。
今回の、イスラエル政府からの拒絶ともとれる動きで、ディアスポラ社会の中で、さらにイスラエル離れがすすむのではないかと懸念されている。