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過激ユダヤ人入植者の暴力で村を追われるパレスチナ人たち
今月初頭、西岸地区のヨルダン川沿い、ムアラジャトに住む、ベドウィン系パレスチナ人の30家族は、過激ユダヤ人入植者たちの嫌がらせを受け続け、もはや耐えられないとして、ついにそこから出ていくこととなった。
入植者たちは7月3日(水)に村に来て、村からわずか50メートルの地点にテントをはった。そこから、村に入ってきて、「ここは我々のものだ。お前たちのものは何もない」といいながら、放火したり、家に入ってきて、財産や家畜を奪い、暴力で脅したという。
イスラエル治安部隊は、沈静化に駆けつけ、事態の沈静化を図ったと言っている。
しかし、住民たちによると、入植者たちには、イスラエル軍が同行しており、止める様子はなかったと言っている。
この村の住民だったマリア・ムレイハットさん(28)によると、マリアさんたち家族は、ムアラジャトに40年以上住んでいたという。
現在、家を追い出された家族たちは、近隣の村や、仮説の宿泊地に散らばっている。
なお、こうしたケースは珍しいことではなく、ここ1-2年の間に、少なくとも20ヶ所で同様のことが起こっていると、Times of Israelの記事は伝えている。
*ベドウィンについて
ベドウィンは、イスラエルが建国し、ヨルダンやレバノン、シリアなど中東に今の国境が制定されるまで、サウジアラビアや湾岸地域も含む広大な、中東全域を移動していた遊牧民族である。
現在、パレスチナ自治区や、イスラエルにいるベドウィンは、たまたま、この地域に来ていた時に、国々の国境が制定されたことから、そこから自由に移動できなくなり、定着せざるを得なくなった人々である。
イスラエルでは主に、ネゲブ砂漠に住んでいるが、国内で最も貧困な人々である。イスラエルは、アパートを与えて定着する支援をしようとしたが、文化的に土地所有という概念がなく、「ここいったいは私の地域」という大雑把な概念で生きている人々なので、囲いのある土地に住むということができなかったという。
今も昔ながらの一夫多妻の生活で、牧畜をしながら、テントや簡略な建物に定着している。それでも中に入ると、コンピューターや、電気洗濯機もあるというユニークな様子であった。
また、イスラエルでは、旅行業として、旅行者にベドウィン料理やテント宿泊、らくだライドを提供するビジネスも盛んである。以下は、イスラエルのべドゥイン体験旅行を紹介するページ
israel.motochika.jp/archives/bedouin-experience/
しかし、イスラエルの地元で取材した時に、ベドウィンから聞いた話だが、パレスチナ人は、ベドウィンをパレスチナ人としては認めず、下に見ているとのことだった。
自治政府におけるベドウィンの立場は、よいものではないと思われ、保護もないかもしれない。ムアラジャトの人々が、これからどう生きていくのか、懸念される。
石のひとりごと
今のネタニヤフ政権は、政権継続について、極右政治家やユダヤ教政党に依存している。警察は極右のベングビル氏が、西岸地区ポリシーは、宗教シオニストのスモトリッチ氏が、掌握している。
このため、入植者たちは、堂々と、西岸地区からパレスチナ人を追い出しながら、入植活動を着々と拡大している。ネタニヤフ首相は見て見ぬふり。おおむね、彼らの好きにさせている。
国際社会でのイスラエルの立場をますます弱いものにすると懸念されるところである。
