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イスラエルのホロコースト記念日:エルサレムのヤド・ヴァシェムで式典
イスラエルでは、世界中で反イスラエルデモ、反ユダヤ主義暴力がエスカレート、さらには、ガザにまだ100人近い人質が取られ、今にもラファとの戦争始まろうとする異常事態の中、5日夕刻から、6日日没まで、ホロコースト記念日に入った。
エルサレムのイスラエル国立ホロコースト記念館ヤド・ヴァシェムでは、5日夕刻、今年も「ホロコースト殉教者とヒーローを覚える式典」が行われ、ヘルツォグ大統領、ネタニヤフ首相も出席して、メッセージを発した。
式典は、ヘブライ語だが、英語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、ロシア語に加えて、アラビア語でもユーチューブで発信された。
1)ネタニヤフ首相:80年後イスラエルは再び殲滅を目指す敵に直面している
ネタニヤフ首相は、「10月7日はホロコーストではない。ハマスに我々を殲滅する意志がなかったからではなく、その能力がなかっただけだ」と述べ、ハマスの目標が、かつてのナチスと同じ、イスラエルの滅亡だったと語った。
しかし、かつてのナチス時代と違って、イスラエルには、今は防衛能力があると述べた。
ネタニヤフ首相は、自身が国際刑事裁判所から、パレスチナ人に対するジェノサイドを指揮しているとして、逮捕状が出る可能性があることについて、「イスラエル人が自己防衛するという、最も基本的な権利を否定するもので、国際社会の広義を汚すものに他ならない」と批判した。
ネタニヤフ首相は、メッセージの最後に英語で次のように述べた。「80年前、ホロコーストという全滅の危機を前に、ユダヤ人は防衛の手段を全く持っていなかった。助けに来る国はなかった。
今日、私たちは再び、私たちを滅ぼそうとする敵たちに直面している。世界の指導者たちに申し述べる。どんな圧力をかけられても、どんな国際組織の決議によっても、イスラエルが自衛することを止めることはできない。
ユダヤ人の唯一の国、イスラエルの首相として、エルサレムから、今日、このホロコースト記念日において誓う。
もしイスラエルが孤立させられるならば、孤立して立つ。しかし、孤立しているとは思わない。世界には、数えきれないほど、私たちの正当な立場を理解する、良識ある人々がいるからだ。私たちは、敵を必ず打ち破る。今、(ホロコーストは)2度と起こらない!
2)ヘルツォグ大統領:国と軍がある今は負けない
ヘルツォグ大統領も、「10月7日はホロコーストではない。今日、イスラエルには国と、国防軍がある」と述べた。
またハマスが来た時、母親が子供が泣かないようにしながら必死で隠れたことや、家族全員が焼き殺されたことを上げたが、それでもホロコーストではないと語った。
ホロコーストは、人類全体に関わる深淵すぎる出来事だからである。
10月7日には、そのホロコースト以来となる、たった1日で1200人ものユダヤ人が殺されたとして、衝撃は今も私たちを震撼させている。
しかし、今の私たちは、ホロコースト時代のユダヤ人が夢見ることすらできなかった、祖国と軍を持っているとして、私たちを消滅させるものはなにもないと語った。
*今年の記念日のテーマ:失われたコミュニティ
今年のテーマは、ホロコーストで失われたユダヤ人コミュニティである。ナチスによるホロコーストで、当時ヨーロッパに在住していたユダヤ人の75%、全世界のユダヤ人の実に3分の1(3人に1人)がこの地上から消え去った。多くはコミュニティごと消え去っていた。以下はその資料。
www.yadvashem.org/communities.html
野党ラピード氏・ガンツ氏:憎しみに憎しみで対抗しない
5日夜、ヤド・ヴァシェムではなく、ヤド・モルデカイ(サバイバーたちが設立したイスラエル南部のキブツ)では、野党代表のラピード氏、ガンツ氏がメッセージを発した。
ラピード氏の父親は、14歳で、たったひとりでホロコーストを生き延びた。ラピード氏は、終戦から3年後にイスラエルが独立した。怒りに沈みこむのではなく、独立へと前進する道を選んだと語った。
「私たちは今から3年後、どうしているだろうか。イスラエルが、憎しみと恐怖に沈み込むなら、それは敵に勝利させることになる。私たちは、憎しみに憎しみで対抗してはならない。彼らと同じではない。彼らを喜ばせることはしない」と語った。
ガンツ氏は、今後数日間、ガザにいる人質を取り戻すために、凶悪な者たちへの怒りを克服する勇気が必要だと述べた。
テルアビブの人質広場でホロコースト記念式典:2000人出席
イスラエルではサバイバーが、一般家庭のリビングで、集まった近隣の人々に、証言を語り、ホロコーストの記憶を構成に繋いでいくという、草の根運動がある。ジカロン・バサロンとよばれている。
今年、5日夜、ジカロン・バサロンは、テルアビブの人質広場でイベントを行い、2000人が参加し、ホロコースト生存者と、ハマスの暴力の被害者たち、その周囲にいる人々が、痛みを共有する時となった。
イスラエル中に響くサイレンと黙祷
翌6日は、午前中にサイレンで、2分間、全国で交通も人も立ち止まって、黙祷する。以下はエルサレムでの様子。戦争のせいか、なんとなく暗く、落ち込んでいる様子が印象的・・
その後、ヤド・ヴァシェムのワルシャワゲットースクエアでは、ネタニヤフ首相、ヘルツォグ大統領はじめ、さまざまな関係者による献花が行われた。
記憶のホールでは、式典が行われた後、犠牲者の名前が、サバイバーとその子孫たちによって読み上げられる1日となった。
生きる者の行進(March of the Living):アウシュビッツ/ポーランド
ポーランドのアウシュビッツでは、6日、36回目となる生きる者の行進(March of the Living)が行われた。アウシュビッツは、3地点に分かれており、第一収容所のアウシュビッツから、虐殺工場がある第二収容所ビルケナウまでの約3キロを歩くプログラムである。
今年は、10月7日の生き残りや、犠牲者家族たちも参加する予定。マーチは日本時間午後8時から以下のサイトで、ライブ配信される。
www.motl.org/together-we-remember/
石のひとりごと
ネタニヤフ首相の言葉には、やはり、この国を守るという本気を感じさせられる。孤立させられるなら孤立するという、覚悟も心に響く。しかし、イスラエルを本当に守れるのは、国や軍ではない。
イスラエルが守られるとしたら、それは、背後にいる世界の創造主であり絶対の主権者の神、主のみである。それがネタニヤフ首相や、ヘルツォグ大統領のの口から出てこないのだが、やはり政治や外交への配慮であり、心ではそれを頼りにしていることを期待する。
ラピード氏は元ジャーナリストでもあり、文章力もあり、その考え方には賛同させられることがある。憎しみは自分を滅ぼすだけだというのが、ホロコーストサバイバーたちの大事な教訓であることは、ヤド・ヴァシェムからも発せられている重要なメッセージである。
イスラエルでは右派左派、ユダヤ教宗教派世俗派と分断が問題になっているが、ヘブライ大学の調査で、ホロコーストはじめ国家的な痛みを共有することが、その壁を低くすることにつながるとの結果が報告されていた。
ヤド・ヴァシェムでの式典の最後に、ユダヤ人たちが一緒に、国家ハティクバを歌っている様子には、涙が出た。あまりにも大きな苦しみを共有する人々の痛み、それによって一つになっている、させられている、ユダヤ人たちである。選びの民、主を証するという使命が、人間の能力をはるかに超えているということを思わされる。