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テルアビブで反政権デモ11万人
史上最も右派となるネタニヤフ政権は、国会で過半数を確保したとはいえ、強硬右派路線を受け入れない市民たちの反発も半端ない。テルアビブで行われている反政権デモは、この週末で3回目となったが、21日土曜、安息日明けのデモに参加した人は、イスラエル史上最大の11万人(最大時15万人)であった。デモには、ラピード前首相も公に参加していた。
また、デモは数千人規模で、ハイファ、エルサレム、ベエルシェバ、ヘルツエリア、モデイーンなど各地に及んでいた。幸い、大きな衝突にはならず、負傷者も出ないで終わっている。
1)三権分立・民主主義の危機
人々が訴えているのは、今月初頭に、レビン法務相が発表した司法制度改革案である。これにより、行政(ネタニヤフ政権)が、最高裁判官の任命にまで大きな力を持つようになり、行政が決めたことに司法が、十分に口を出せなくなる可能性が見えてきている点である。
言い換えれば、三権分立の原則が崩れて行政の独走を許すことになり、民主主義が揺らぐということを意味する。
もともとなぜこんなことになったのかといえば、13年にも及ぶ首相在任の間に、ネタニヤフ首相は何度となく、政策を最高裁に阻止されてきた。今はまた、最高裁から自らの汚職の刑事裁判の問題も抱える。ネタニヤフ首相にとって、最高裁はまさに目の上のたんこぶだったのである。
この他、今回の政権を維持するのに、絶対不可欠なのが、強硬右派政党とユダヤ教政党の協力だが、そのユダヤ教政党シャスのアリエ・デリ党首は、汚職で、刑務所に入った経験を持つ上に、昨年にも脱税で有罪とされる人物である。今の法制度では、閣僚になることは許されない立場にある。この人物になにがなんでも閣僚の地位を与えなければ、国会でユダヤ教政党の合意を得られず、政権は立ち行かない。
もしかしたら、ネタニヤフ首相も強硬右派やユダヤ教政党のいうことには賛同していないのかもしれないが、首相としてどどまるためには、彼らのいうことを聞かなければならない立場にあるということである。こうした状況に、テルアビブ住民を中心とする世俗左派勢が、大きく声を上げているということである。
2)経済への影響
イスラエルの民主主義が揺らぐということは、国際社会での信頼も失い、経済への影響を危惧する声もある。元イスラエル銀行総裁のカーニット・フラグ氏、ジェイコブ・フランケル氏の二人は、政府の司法制度改革は、イスラエルの経済に大きな影響を及ぼすとの懸念を表明した。
イスラエル経済の発展は、堅固な民主主義としての信頼に基づいているからである。
ハイテク企業のCEOエイナット・グーズ氏は、このままであれば、国際社会からイスラエルへの投資が低下する、特にハイテク産業が大きな影響を受けると述べた。
イスラエルの民主主義が揺らぐことで、イスラエルの最大の稼ぎ手であるハイテク産業に、有能な人材を維持できなくなるというのである。ハイテクの人々はおほとんどが世俗派で、テルアブビービーである。アメリカなどどこへでも流れていくことができる人々なのである。
エルサレムポストによると、イスラエルの130社以上の会社が、司法制度改革反対を表明するため、24日、数時間のストを行うと発表している。
www.ynetnews.com/article/bj4pm11isj
ラピード前首相も参加:しかし一枚岩ではない?
前防衛相で先週のデモにも参加していたベニー・ガンツ氏、モシェ・ヤアロン氏と今回は、筆頭野党党首で前首相のヤイル・ラピード氏も公にデモに参加していた。ラピード氏は、先週のデモに参加していなかったことを批判されていた。
今回のデモは、確かに民主主義に危機であり、イスラエルのアイデンティティを変えるかもしれない危機である。参加者の数は史上最大とも言われる。しかし、これまでの左派によるデモと同様、右派ほどの一致がないこともまた指摘されている。
反政権体制への反発はかなり、深刻であることは確かだが、しかし、ネタニヤフ首相の根性を押しつぶすまでのものかどうかは、現時点ではまだ見えてこない。だいたい、仮に倒したとしても、その先がみえないこともある。そのためか、メディアの報道も意外に、限られている印象がある。
アメリカも裏側で懸念を表明か
アメリカは、イスラエルの司法制度改革に口出しはしないとしている。しかし、イスラエルを訪問中のサリバン安全保障顧問は、ネタニヤフ首相に、非公式に懸念を表明したイスラエルの民主主義に影が落ちるなら、アメリカは、イスラエルへの支援を考えなければならなくなると述べたという。
これに対し、ネタニヤフ首相は、改革案は懸念するほどのものではないと返答したとのこと。両者がこの件を表沙汰にすることはなかった。
これから先はどうなる?:初回改革案成立2月1日の閣議
これからどうなるかだが、ネタニヤフ政権は、司法制度改革案成立にむけた最初の閣議を2月1日と言っている。この日に、今のままの改革案を出してくるのか、政策を変えてくるのか・・・。
次項に述べるが、まだこの司法制度の改革案が成立しない中、先週金曜(デモの前)、最高裁が、政府に、汚職で服役までしたデリ内務相・保健相は閣僚としては認められないとして、ネタニヤフ政権に罷免を要求。ネタニヤフ首相はこれに従わざるをえなくなった。
万が一、今後、デリ氏のシャス党はじめ、ユダヤ教政党が、政権を離れることでもあれば、ネタニヤフ政権はたちまち過半数を失うことになる。政権崩壊もまったくありえないことではない。まだまだ何が起こるかわからない・・相変わらずのイスラエルである。
石のひとりごと:ユダヤ人の底力?
今回のデモは、暴力的な衝突がないせいか、メディアの報道も以前のデモの時より、かなり限られたイメージがある。
唯一、左派メディアと言われるハアレツ紙も、正統派ユダヤ教の男性が、デモ隊の間で、「私たちは兄弟。“アナフヌー(私たち)”」というプラカードをかかげていたと報じていた。
この男性は、自分はデモ隊の言っていることに90%賛同できないが、私たちは皆兄弟なのだとして、「シャブア・トーブ(今週もよき週であるように)」と笑顔でデモ参加者たちに声かけていたという。
「イスラエルよ。私たちは今問題を抱えている」というプラカードを掲げている人もあった。怒りや破壊の思いではなく、皆、無意識のうちにも、生き残るために同胞と共に国を守らなければという思いがその根底にあるのだろう。
単なる政治的な思想や考えや、自分的な正義感だけではないと思う。エルサレムでは、一連の訴えが終わると、皆でハティクバを歌ってデモを終えたという。
それに、これは、筆者のカンに過ぎないが、ネタニヤフ首相は、そうとうしたたかなので、裏ではもう右派も左派も、その手のなかでうまく動かしているのではないか・・・と疑心戒心の思いもある。国を守るためにはどんな手も使うのがネタニヤフ首相である。
結局のところ、ユダヤ人たちは争っているようでも、最終的には一つでないと生きていけないのであり、その歩みを導くのは、人間の理解を超えた主であることを、だれもが本能で知っているのかもしれない。・・・とは石のひとりごと・・・