24日、第35ネタニヤフ政権が、第一回目の通常閣議を開催した数時間後の午後3時、4年越しで論議されてきたネタニヤフ首相の汚職などに対する裁判が始まった。
裁判が始まる数日前、首相府は、司法庁に対し、首相本人が出廷しない形を要請したが、認められなかった。このため、第一回目の裁判は、第一回目閣議の数時間後に行われた。ネタニヤフ首相は、現職首相として、刑事訴訟の被告席に座るという、イスラエル史上初のありえないことがありえた事態となった。
ニュース映像を見ると、首相だからといって特に大きな裁判所でもなく、狭いエルサレムの地方裁判所で、その中の一部屋であるルーム317で、第一回目の裁判が行われた。ハアレツ紙コメンテイターによると、裁判の初回は、顔合わせのようなもので、被告が初めて裁判官に会う日だという。
ネタニヤフ首相を裁く国家検察官は3人。検事長は、マンデルビット司法長官の元で副司法長官でもあるリブカ・フリードマン・フェルドマン検事(女性)。その両サイドに、モシェ・ベン・アミ検事、オベッド・シャハム検事。部屋が狭いので、ネタニヤフ首相から、正面に座っている検事たちまでは3メートルしかない。
ネタニヤフ首相への起訴内容は複数*あるが、最終的には、最も深刻とされるケース4000で裁かれることになっている。このため、被告としてこの部屋に入ったのは、ネタニヤフ首相と、汚職に関係したとされるイディオト・アハロノト紙のアルノン・モーゼス氏、ベゼック通信社のサウル・エルオビッツ氏とその妻イリスであった。
ネタニヤフ首相は、その弁護士ミハ・フィットマン氏のみを同伴させて出廷した。司法庁は、裁判中の取材は許されないとしていたので、多数おしよせた取材陣は、みな階下の部屋で中継映像から取材した。
ネタニヤフ首相は出廷時、ちらっと背後にいる取材陣を見て、彼らが去るまでは、被告席には座らなかったが、その後、裁判が始まると、被告席に着座したとのこと。
第一回目の裁判は50分で終了。ネタニヤフ首相と3人の被告は、みな、裁判官の前で、起訴状の内容は理解したと述べた。その上で、ネタニヤフ首相は、無罪を主張した。
なお、証人は333人いるとされているが、証言を聴くのは次回以降とのことである。
www.timesofisrael.com/taking-defendants-bench-netanyahu-becomes-first-israeli-pm-to-stand-trial/
*ネタニヤフ首相起訴内容
ネタニヤフ首相の汚職疑惑が論議されはじめたのは2016年。2007年から約10年にわたって、アメリカのハリウッド要人とオーストラリアのビジネスマンの便宜を図る代償として、妻のサラ氏が、宝石類やシャンペンなど20万ドル(約2500万円)分もの贈答を受けていたとして、汚職、背信の罪で摘発された。これを、ケース1000という。
ネタニヤフ首相は、贈答は認めたが、たんに友人からの贈り物であり、犯罪に値するとは思っていないと主張した。マンデルビット司法長官は最終的にはこの件では訴えないことを決めた。
次なる疑惑は、2014年から2015年、イディオト・アハロノト紙に、ネタニヤフ首相に有利な記事を載せることと引き換えに、ライバル紙の活動を制限させるという取引が行われたというもので、汚職”疑惑”に相当とされた。ネタニヤフ首相はこれを否定。これをケース2000という。
問題は、次なるケース4000。2012年から2017年にわたって、ネタニヤフ首相が、イスラエル最大の通信社ベゼック(サウル・エルオビッツ社長)に便宜を図り、その代償として、ワラ・ニュースに、ネタニヤフ首相夫妻に好意的な記事、並びに、対立勢力に不利な記事を書くよう要請していた疑い。
どのようにしてかは不明だが、ネタニヤフ首相の便宜によって、ベゼックが得た収入は5億ドル(550億円)に相当すると言われている。調べによると、ネタニヤフ首相は、これをギブアンドテイクの関係だと言っていたという。罪状は汚職と背信罪。
www.haaretz.com/israel-news/.premium-netanyahu-trial-corruption-news-israel-1.8842879
<ネタニヤフ首相の反撃:これは政治的なクーデターだ>
当然ながら、上記のような状況におとなしく引き下がるようなネタニヤフ首相ではない。
ネタニヤフ首相は、出廷する直前、裁判所の中で、リクードの多くは閣僚である有力な政治家たちを周囲に同伴させ、メディアに次のような、反撃ともいえる声明を発表した。
「これは、警察の一部と司法長官事務所が、左派ジャーナリストたちと結束して、私に対する虚偽の罪を作り上げたものだ。その目的は、強力な右派の首相と、長年イスラエルの指導を担ってきた右派勢力を、打倒することにある。」
また、”ビービー(ネタニヤフ首相)以外なら誰でも良い”と言っているグループは、過去3回行われた総選挙のうち、2回はリクードに不利になるよう干渉したと主張した。
たとえば、最初の2019年4月の総選挙の際、警察が、マンデルビット司法長官に、選挙の直前になってから、そのタイミングで、ネタニヤフ首相を起訴するように促し、投票に悪影響を及ぼすように策略したとその例を示した。とにかく彼らは、私が首相として今、こうして立てないようにあらゆることをやったのだと語った。
またネタニヤフ首相は、司法庁は、拒否しているが、今回の自分への起訴の様子は、テレビでライブ中継するべきだ要求。司法取引(検事と被告の間の協力による取引)には一切応じないと述べた。
www.timesofisrael.com/netanyahu-says-he-wont-accept-plea-bargain-in-his-corruption-trial/
また、マンデルビット司法長官が、2010年に、イスラエル軍司法長官の選出の際に何らかの便宜を図ったとされるハルペズ事件に関する録音を公表するようにも求めて、逆襲のような発言もあった。
(ハルペズ事件) https://www.timesofisrael.com/new-recordings-resurface-questions-over-mandelblits-role-in-harpaz-affair/
最終的にネタニヤフ首相は、「これは政治的なクーデターだ。」と述べた。言い換えれば、国の警察や司法に対し、対決姿勢を示したということである。
このように激しく反論するネタニヤフ首相とともに立っていたのは、リクードの現職のカッツ財務相、オハナ国内治安相、レゲブ交通相、アムサレム教育相、ツアヒ・ハネグビ高等教育相、元エルサレム市長ニール・バルカット市長など、リクードのそうそうたる閣僚メンバーであった。
www.timesofisrael.com/as-his-trial-begins-netanyahu-rails-against-attempted-political-coup/
<首相官邸前で親ネタニヤフ首相と反ネタニヤフ首相が対決デモ>
24日、エルサレムの首相官邸前では、親ネタニヤフ首相グループと反ネタニヤフ首相グループが、二手に分かれてデモを行った。
親ネタニヤフ派は、この裁判は、「ドレイフィス事件:マンデルビットスタイルだ。マンデルビット長官は辞任せよ。」と訴え、マンデルビット司法長官を非難した。ドレイフィス事件とは、1894年にフランスで、ユダヤ人将校ドレイフィスが濡れ衣を着せられて公衆の面前で有罪とされた事件で、反ユダヤ主義の象徴とれる事件である。
一方、反ネタニヤフ側は、これまでからもブラック・フラッグと称して、反ネタニヤフデモを行ってきたが、この日も数百人が集まり、「犯罪で起訴されている者は首相であるべきではない。」と訴えた。こちらのプラカードは、「クライム・ミニスター(犯罪首相)」であった。
警察が暴力的な衝突にならないよう、両者の間に警備に立っていた。
I24ニュースの街角インタビューでは、こうしたデモには行かない一般の人々がインタビューされていたが、ネタニヤフ首相の汚職問題にへきえきとしてはいるものの、この有事にあっては、強力なリーダーシップが必要だしね・・と結論のでない答えが出ていた。
<結局どうなるのか:今年中に2回めの裁判はないとの予測>
もし汚職で有罪とされた場合、イスラエルでは、10年までの禁錮と罰金。背信罪では3年までの禁錮となっている。しかし、実際に有罪判決が出るまでの道のりはかなり長くなることはさけられない。
前例でいうなら、オルメルと前首相は、汚職問題で2009年9月に起訴されたが、実際に有罪判決が出て、刑務所に入ったのは、2016年の2月であった。オルメルト前首相は、汚職疑惑を理由に、2008年7月には、自ら辞任し、裁判に臨んだ時には、首相ではなくなっていた。
www.haaretz.com/israel-news/.premium-netanyahu-trial-corruption-news-israel-1.8842879
しかし、ネタニヤフ首相は、現役首相である。2回めの裁判については、弁護側が、延期を求めていることもあり、実際には、今年中に2回めはないだろうとの見方もある。
これまでのネタニヤフ首相の手腕からすると、時間稼ぎで新しく立ち上がった政権を不動のものとし、結局は有罪になることからはうまく逃れるだろうとの見通しが優勢である。
しかし、最終的な決断を出すのは検事長である。検事長が、次の裁判をいつにするのか、どのような結論を出すか、注目されている。
www.timesofisrael.com/after-opening-day-of-trial-netanyahu-unlikely-to-be-in-court-again-this-year/
<石のひとりごと>
イスラエルではとにかく、どうにも答えの出ない、出せない問題が多いような気がする。今回も、確かに犯罪の疑惑がある人物が首相であってもいいのかということは当然の疑惑であろう。しかし、同時に、ネタニヤフ首相しかいないという見方も捨てられないわけである。
また、ネタニヤフ首相にしても、今や、国民を二分して辞任を叫ばれているだけでなく、何よりも大事に思っている祖国、イスラエルの司法制度からも攻められているのだが、それでもまったくひるむ様子がないことにも驚かされる。
今、ネタニヤフ首相は、これまででおそらく最も大きな一大プロジェクト、西岸地区入植地、ヨルダン西岸合併という大きなチャンスの時を迎えている。ネタニヤフ首相が、今気にしているのは、国民から愛されることでも、支持率を上げることでもなく、とにかく自分がことを判断し、動かせる時間がほしいという執念なのである。
こうした凄まじいばかりの熱意と確信は、かつてのシャロン首相にもあったと思う。それが将来、正しい結果を生むかどうかはわからないとしても、ここまで国を思う政治家がいるのは、イスラエルだけではないかと思う。