西岸地区産業パークでテロ:2人死亡 2018.10.8

7日早朝、西岸地区のアリエル市近郊にあるバルカン・産業パーク内で銃撃テロが発生。ユダヤ人2人が死亡。1人が中等度の負傷を負った。

テロリストは、軽機関銃を持ったまま逃走中で、現在、イスラエル軍が、2部隊と特殊部隊も動員して捜索を続けている。

www.mako.co.il/mako-vod-channel2-news/main-newscast-2e371988a43b0610/8aca01c89ff26610/VOD-1a4c864648f4661006.htm?sCh=ee06c13070733210&pId=1859923711

死亡したのは、アロン・グループCEOの秘書キム・リーベングランド・イェヘジケルさん(28)と、同会社の会計士ジブ・ハジビさん(35)。防犯カメラの映像などから、テロリストは犠牲者2人と同じ会社で電気技師として働いていたパレスチナ人、アシュラフ・ワリード・スレイマン・ナロワ(23)と断定された。

調べによると、ナロワは、まずキムさんを後ろでに縛り上げた後、近距離から銃殺。もう一人の女性(50代)の腹部を撃って重傷を負わせ、続いてジブさんを銃殺した。

ナロワは、犯行に及ぶ朝、フェイスブックに「(アラー)を待ち望む」と書き込んでいた他、友人たちに遺書を託していたとチャンネル2は伝えた。これまでにナロワの家族と友人知人らが拘束され、犯行に関わったかどうか、取り調べを受けている。

なお、犯人の自宅はすでに破壊することが決まり、その準備が進められている。イスラエルの怒りがいかに大きいかが察せられる。

現時点では、犯行は単独犯とみられているが、ガザのハマスとイスラム聖戦は、このテロ行為を賞賛する声明を出した。

www.timesofisrael.com/idf-names-palestinian-suspect-in-deadly-terror-attack-as-manhunt-persists/

<破壊された2つの家族>

このテロで犠牲になった2人は、まだ若い母親、また父親であった。キムさんには夫と1歳4ヶ月の息子。ジブ・ハジビさん(35)には妻と幼い3人の子供がいた。あまりにも突然に、2つの若い家族が破壊されてしまった。

キムさんの母親は、号泣し、「犯人はみな死ぬべきだ。彼らの家族は苦しむべきだ。」と訴えている。キムさんの葬儀は、自宅のあるローシュ・ハアインで7日の夜行われ、数百人が参列した。ジブさんの葬儀は8日午後に行われることになっている。

今朝まで元気でいたお母さん、お父さんが、もう二度と戻らない。家族たちのもとにこの人々が帰ってくることは二度とない。いつも思うが、あまりにも唐突すぎる別れである。残された子供達や親族がこれをどう整理していくのか、想像に絶する苦しみがこれから始まっていく。。。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5365612,00.html

<バルカン産業パーク:消えゆく共存の夢>

バルカン産業パークは、テルアビブから内陸へ30キロ、いわゆる”グリーンライン”を超えて、西岸地区に深く入り込んだ場所にある。近くには、1978年からユダヤ人たちが開拓して、今や市になったアリエル(人口約2万人)がある。

バルカン産業パークは、アリエル市に続いて1982年に設立された。産業パークとして企業に参入を呼びかけた。家賃がイスラエル領内の半分近いこともあり、今はフムスなどの食品、繊維、プラスチックなど164社が工場を置いている。バルカン・ワイナリーもあり、良質のワインを製造している。

労働者は約7200人で、50%は近隣に住むパレスチナ人である。パレスチナ人でも、ユダヤ人より給料が安いということはなく、休暇や、労働時間はもちろん、福利厚生もユダヤ人とまったく同等だという。

西岸地区には、こうしたユダヤ人による産業パークが20箇所あり、労働者28000人のうち18000人がパレスチナ人である。

数年前にバルカンセンターを取材したが、パレスチナ人労働者も、「パレスチナの会社の場合、給料をはらってもらえないこともあるが、ここでは、確実に払ってもらえるし、労働時間や休暇、福利厚生もあるので感謝している。」と安定した暮らしを楽しんでいるようだった。アラブの村から産業パークまでの送迎まであるということだった。

しかし、世界はバルカン産業パークに冷たかった。バルカンの土地は、西岸地区であり、まだ国際的にイスラエルの土地と認められていないにもかかわらず、ユダヤ人が工場をたてて収益をあげていると訴え、退去を求めてきた。

産業パークによって安定した暮らしを得たのはパレスチナ人でもあるのだが、これを主張すると、国際法を反故にしようとして既成事実を作ろうとしていると言われた。さらには、イスラエルが産業パークのせいで、西岸地区のパレスチナ人ビジネスが育たないとも訴えられた。

実際のところ、アリエル市もバルカン産業パークも、西岸地区の高台で、テルアビブを見下ろす位置にある。イスラエルの防衛戦略上、非常に重要な土地であることは確かである。イスラエルがこの地を戦略上奪ったのだというパレスチナ人の言い分には一理ある。

しかし、取材をする中、産業パークに参入した企業主たちは、たんにビジネスマンであり、そうした国家的な戦略とは関係なく、ただシンプルに、自分の収益とともに、パレスチナ人の生活も潤せていること、彼らと共存できていることを心から喜んでいたと感じた。

イスラエルのユダヤ人は、基本的に人好きで、多様性を排斥するのではなく、楽しむ人々である。それは、ユダヤ人自身が多様だからでもあろう。このイスラエルのユダヤ人の性質は、世界ではあまり理解されていないように思う。

現地のパレスチナ人も、内心、微妙であるかもしれないが、それよりも家族を平安に養えるほうを喜んでいたように見えた。

パレスチナ人労働者をどのようにしてみつけるのか、ユダヤ人経営者に聞くと、先に雇用したパレスチナ人労働者の紹介だと言っていた。互いに、ある程度の信頼関係もあったということである。

チャンネル2のニュースでは、事件後、襲撃んされたアロン・グループのCEOラファエル・アロン氏がインタビューされていたが、「パレスチナ人労働者には、ユダヤ人と同等かそれ以上のことをしてきたつもりだ。これからどうしたらいいのかわからない。まだ頭で理解できてない。混乱している。」と涙声で語っていた。

事件後、西岸地区の入植地では、「共存など夢物語にすぎない。結局のところ、占領する者とされる者。上にたつか下にたつかしかない。」という右派勢力の声が高まっている。今後、産業パークではパレスチナ人の雇用を減らしていくか、ユダヤ人労働者との働き場を分離するかなどの声もあがってきている。

www.timesofisrael.com/settler-leaders-insist-industrial-zone-shooting-wont-sink-isle-of-coexistence/

パレスチナ人たちは、このテロをどうとらえているのだろうか。イスラムのイデオロギーをとれば家族も親族も滅ぶ。現実をふまえて、イデオロギーを棚に上げ、家族の平安をとるか。両方とることはできない。どちらを選択するかはパレスチナ人それぞれに委ねられている。

<石のひとりごと>

今回のテロで、ユダヤ人がパレスチナ人社会にさしだしていた手が、切り落とされたような痛みを感じる。

故アリエル初代市長のロン・ナフマン氏は、真剣にパレスチナ人とのよき隣人関係を求め続け、対話を続け、その死の直前まで、その夢を追い続けていた人だった。

世界は彼をどうとらえようが、彼は必死に近隣のパレスチナ社会の指導者たちのところに行き、話し合いをし、友人として手をさしのばしていた。取材でナフマン氏に会ったことがあるが、それは表向きの戦略だけではなかったと筆者は思っている。

世界は、西岸地区の産業パークを非難し、撤去を要求するが、では世界は何をしているのか。UNRWAで支援だけを続けて依存させているだけではないか。それならば、雇用を生み出し、働いて、誇りを持って生活の糧を得る場所を提供しているイスラエルの方がはるかにパレスチナ人にとって有益な支援を提供していたのではないか。

イスラエル、またユダヤ人は神の選民と言われる。それにあこがれ、みずからもユダヤ人になろうとするクリスチャンもいる。しかし、選民であることの厳しさは半端ではない。今回のようなテロ事件が発生するたびに実感させられる。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。