戦争まで紙一重:ガザ情勢緊迫 2018.10.7

ガザ国境の情勢が緊迫してきた。5日金曜も、ガザ国境では2万人が暴動に参加。多数のタイヤを燃やしたり、イスラエル軍に手榴弾を投げるなどの暴動となった。

群集は一時、イスラエル側への侵入を試み、武装した者ら10人が、防護フェンスを破ってイスラエル側へ入ったが、イスラエル軍がこれを制止した。イスラエル空軍がガザへの空爆も行った。パレスチナ側情報によると、12歳の少年を含む3人が死亡。142人が負傷した。

www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/252822

これと並行して、暴徒らは、火炎物をつけた風船をイスラエル領内に向けて飛来させ、イスラエル南部の農地7箇所で火災が発生した。

6日(土)夜には、モシャブ・エイン・ハベソル付近で大規模な火災が発生。火はグリーンハウスに届きそうだったが、消し止められた。住民らは、発火直前に、ガザからの風船を見たと言っている。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5364482,00.html

<ガザ情勢緊迫の背景>

今のガザ情勢緊迫の背景にあるのは以下の3点。ガザがいよいよ崩壊に向かい、ハマスに残された選択肢がイスラエルとの戦争という道だけになりつつあることが考えられる。

①エジプト仲介のハマスとイスラエルのと関節的”停戦”交渉が頓挫した。
②ガザ地区の経済が破綻する中、アメリカのUNRWA撤退で、支援が大幅に削減され、UNRWAのパレスチナ人スタッフも ガザだけで113人が解雇された。(ガザの失業率40%以上) 
③西岸地区、パレスチナ自治政府のアッバス議長が、送金の全面停止を予告した。

<アッバス議長:ハマス崩壊へ本格的に圧力>

アッバス議長は、ここ数年、ハマスとの和解を試みてきたが、いずれも不成功に終わった。アッバス議長は、和解を諦め、ガザの支配権をパレスチナ自治政府に戻すようハマスに圧力をかける政策へと方向転換したとみられる。

ガザの市民生活が崩壊すると戦争になるため、カタールが、急遽6000万ドル(約65億円)をガザ地区生活改善のために支援すると申し出た。これにより、発電状況が改善され、ガザ市民は、1日8時間電気を受け取ることになるとみこまれた。

国連とイスラエルにより、発電のための燃料が準備され、4日、ガザへの運搬が予定された。しかし、これは実現しなかった。

パレスチナ側の報道として伝えられたところによると、アッバス議長が、イスラエルのガス会社に対し、「もしカタール出資による燃料をガザへ送るなら、今後パレスチナ自治政府はガスをヨルダンから購入する。」と脅迫したという。ガザでこの燃料の運搬にあたる予定であった国連職員には、仕事に出てこないよう、脅迫したとのこと。

パレスチナ自治政府では、約2週間後に、指導者による総会が予定されており、この時に、自治政府からガザへの送金、一月9600万ドル(100億円以上)を停止するかどうかが決められることになっている。もしこれが実施されたら、ガザ地区の生活は完全に崩壊し、いよいよ戦争しかないということになる。

www.timesofisrael.com/pa-prevents-gaza-from-receiving-qatari-fuel-aid-increasing-danger-of-violence/

こうした中、4日、ハマス指導者のヤヒヤ・シンワル(56)は、イタリアとイギリス紙の新聞記者(イスラエル紙イディオト・アハロノトにも関係)とのインタビューに応じ、「イスラエルとの全面戦争は望まない。しかし、今の状況では、大きな戦争はさけられないだろう。」と語った。

シンワルは、すべての悪の根源はイスラエルのガザ封鎖であるから、これを解いてくれるなら、イスラエルは攻撃しないと言っている。本音としては、イスラエルとの全面戦争ではなく、なんらかの和解に持ち込みたいと考えているとも受け取れる。

実際のところ、今、ハマスとイスラエルが戦争になって笑うのは、アッバス議長である。全面戦争になれば、ガザは崩壊する。ハマスが大打撃を受けて、指導者も交代となり、最終的にはアッバス議長の手にガザが戻ってくるよいう流れである。ハマスもこれを理解していると思われる。

ところで、このインタビューに応じたシンワルは、記者がイスラエル紙にも関係していることは知らなかったと言っている。しかし、実は知っていて、このインタビューを通してイスラエルに対し、「戦争にしないよう、パレスチナ自治政府に送金を止めないよう、働きかけてほしい。」とイスラエルに訴えているのではないかとの分析もある。

なお、ヤヒヤ・シンワルは、イスラエルと通じているとされるパレスチナ人を殺害して終身刑となった。イスラエルの刑務所に22年服役したところで、ギラッド・シャリートさんとの交換で、釈放された約1000人のパレスチナ人の1人として、釈放された。それが今、ハマスの指導者である。イスラエルのことも相当よく理解していると思われる。

www.jpost.com/Arab-Israeli-Conflict/Whats-behind-Hamass-message-to-Israel-568710

www.timesofisrael.com/topic/yahya-sinwar/

<死こそすべて:ガザのイスラム聖戦指導者>

一方、ガザで、ハマスのライバル組織、イスラム聖戦は、1週間前に新しい指導者ジアド・アル・ナクハラを迎えた。ナクハラは、「死が、我々と我々の子供達にとってすべてだ。降参はありえない。ガザ周辺(イスラエル南部)は、いのちにふわしい場所ではなくなった。」と、ガザ周辺のイスラエル人をのろうようなコメントを出している。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5364482,00.html

<イスラエル軍防衛体制強化:リーバーマン防衛相が最後通告?>

緊迫するガザ情勢の中4日、イスラエルのリーバーマン防衛相は、ツイッターに「ガザ国境の暴動で苦労させられたが、戦争にならずに例祭期間を終えた。しかし、今、休暇は終わった。ハマスはそれをよく心得るべきである。」と書き込んだ。

秋の例祭シーズンを終え、イスラエル軍は今やいつでも戦闘態勢に入れるということで、ハマスはそれをよく理解して、イスラエルを攻撃しないようにと言っているのである。ハマスは、「口だけだ」と一蹴したが、決して口だけではない。

イスラエル軍は、イリーバーマン防衛相の指示により、”あらゆるシナリオ”に備えての防衛体制を強化させた。ガザ国境での歩兵隊の増加、射撃手の増加や、使用する武器も一段上のレベルになっている。ガザ方面に続く4本の道路は閉鎖され、ガザ周辺は、軍関係者以外侵入禁止の軍用地域とされた。まさに戦争の準備である。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5364307,00.html

<ガザ国境周辺住民はどうしているのか>

2日、ガザ周辺、エシュコル地方のキブツ、キスフィムを取材した。このキブツは、ガザから4キロほどしか離れていない。遠くにガザ地区の建物を見ながら、ガザとキスフィムの間に広がる広大な農地で働いている。ということは、ガザからもすべてがみえているということである。

キスフィムの農地で働く労働者たちは、毎日、何時にだれがどこで働くかを軍に報告するという。取材中も、タイ人労働者が運転する大きなトラクターが通りかかった。

この地域は、ガザに近すぎるので、ミサイル発射とほぼ同時に着弾してしまう。サイレンは鳴らないし、アイアンドーム(迎撃ミサイル)にも守られていない。ガザに近いので、テロリストの侵入もありうる。そのため、ことが起こった場合に備え、それぞれのキブツに自衛団が設置されている。

有事には、近くにいる自衛団がかけつけ、軍の到着を待つ。自衛団は、火炎風船による火災にも真っ先に対処し、消防車の到着までにも消火を開始する。この時に活躍するのが、小型の消防車両である。福音派団体ICEJ(国際クリスチャンエンバシー)による献金で、こうした小型消防車両を寄贈したりしている。

遠くでときおり、大きな爆音も聞こえた。自衛団の男性によると、シナイ半島で、エジプトがISと戦っている音だという。

このように非常に危険な場所ではあるが、住民たちは、「我々はここから動かない。ガザはそれを知るべきだ。しかし、ガザがなくなることもない。なんらかの解決をみつけなければならない。」と語った。

ガザは地中海に面するビーチである。本来なら、多くの観光客を迎えるような楽園になれる場所である。

かつては、ガザ地区にユダヤ人も住み、パレスチナ人労働者とともに豊かな農園を運営していた時代があった。ユダヤ人もガザのビーチで楽しんでいた時代があったのである。そのガザを破壊したのは、ハマスである。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。