11月中旬以来、イスラエルでは、反パレスチナ、反イスラムともとられる新しい法案が出され、論議を巻き起こしている。これらが先の放火テロの引き金になったのではないかとも言われるほど、大きな論議となった。
一つは、西岸地区の入植地を合法化するRegulation Bill(正常化法案)。もう一つは、モスクの拡声器から流れるイスラムの祈りへの呼びかけを禁止する法案である。
1)Reguration Bill(正常化法案)で物議
西岸地区のアモーナは、ベニヤミン地区にあるユダヤ人の前哨池(入植地の前段階)である。1995年に右派正統派ユダヤ人(宗教シオニスト)らが住み始め、現在、42家族、約200人が住む。
問題はアモーナが、パレスチナ人個人所有の土地にあると訴えられた点である。2006年、イスラエルの最高裁は、これを認め、アモーナは違法であるとしてこの時点ですでに撤去を命じていた。しかし、政府が、撤去の実施を延期し続けて今に至っている。
この間、警察と入居者が衝突したり、パレスチナ人への補償金が命じられたりと紆余曲折の道を通ってきた。このため、アモーナは、開拓から20年になる今もなお仮設住宅の様相である。
最終的な最高裁の判決は2014年に出されたもので、アモーナは違法であるとして、2016年12月25日までに撤去を完了するよう命じている。
政府はアモーナ住民に代わりの土地や住居を提供するなど、妥協案も出したが、アモーナの住民はこれを拒否。今のままであれば、この12月25日、アモーナの住民は、ガザ地区からの撤去のように、イスラエル軍が強制撤去を実施しなければならない。
ところが、撤去期限が迫る11月中旬、思いがけずトランプ次期大統領が選出され、親イスラエルの立場を明らかにした。すると右派ユダヤの家党のベネット党首が強気になり、入植地政策において、国際社会の顔色を伺う方針を変える時が来たと主張。
西岸地区入植地を合法化する法案、問題のアモーナの合法化も可能になる”Reguraltion Bill 正常化法案”を出してきたのである。
もし仮に、この法案が国会審議を3回通過して法律となった場合、アモーナは撤去しなくてもよいということになる。
しかし、当然、この法案に対するパレスチナ側からの反発は大きく、もし、この法案が実際に法律になれば、暴力の再燃になるとアッバス議長が警告。政府内部からも、イスラエルの国際的な評価もあやうくなるという意見もあり、激しい論議が続いた。
多くの反対意見に対し、ベネット党首は、トランプ次期大統領が、明確にイスラエル寄りの姿勢をみせていることから、アメリカは、イスラエル側に立つと主張する。
これについて、もう一人の右派政党、イスラエル我が家党のリーバーマン党首は、この法案の審議は、トランプ氏が大統領に就任するまで、延期すべきと言った。国連では反イスラエル決議が採択され、オバマ大統領が最後にイスラエルを見捨てる可能性もあるからである。
あまりにも論議が大きいため、とりあえず、国会での審議は水曜に延期すると発表された。ベネット党首とネタニヤフ首相は、土曜夜からずっと話し合いを続けてきたが、日曜午後になり、アモーナの撤去命令を30日延期するという妥協案でなんとか、各党とも合意している。
www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4888496,00.html
www.timesofisrael.com/coalition-reportedly-reaches-compromise-on-amona-outpost/
2)アザーン禁止法案で大騒ぎ:地域問題にトルコの大統領が口出し
アザーンとは、イスラム教モスクから放送される祈りへの呼びかけである。ムアジーンと呼ばれる担当者が、1日5回、独特のしらべに乗せて、ろうろうと歌い上げ、それがモスクのミナレット(塔)の先に備えられた複数の拡声器から、一斉放送される。日本でも、地方に行くと、葬式案内が、地域で一斉放送されたりするが、その感じである。
そのため、アラブ人地区の付近に住んでいると、イスラム教徒でなくても、アザーンは聞こえてしまう。問題はこれが1日5回で、早朝は4時ごろが第一回目であるということ。
11月、エルサレム北部でアラブ人地区に隣接するピスガット・ゼエブ住民が、最近、アザーンの音量が耐え難いレベルにまであがっているとして、バルカット・エルサレム市長の住むベイト・ハケレム地区に向かって早朝6時、大音響でアザーンを再現するというデモを行った。
イスラエルには、騒音に関する法律があるが、ここから端を発して、拡声器で無差別に一斉放送するアザーンを禁止する法案が出された。
www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4877762,00.html
これを受けて、イスラエル国内のアラブ統一政党はもちろん、パレスチナ自治政府のアッバス議長、アラブ諸国やトルコのエルドアン大統領までが、「イスラエルが、イスラムの祈りを禁止しようとしている。」と大騒ぎになった。
しかし、イスラエルとしては、祈り自体を禁止すると言っているのではなく、拡声器で一斉放送することを禁止するといっていたのである。携帯電話の一斉配信など、一斉放送でなくても、他の方法も考えられるからである。
しかし、アラブ議員アフマド・ティビ議員は、この法案が、イスラエルが上記アモーナにからんで入植地を合法化する法案と同時期に出されたことを指摘し、イスラエルが、一気にユダヤ化をすすめようとしていると怒りを訴えた。
問題が大きくなることを受け、リブリン大統領は、イスラム指導者を官邸に集めて、イスラエルはイスラムの排斥をするのではないとアピール。アザーンの問題は、地域での話し合いで決めるレベルのものであり、法律にまでする必要は全くないとの声明を出した。
しかし、イスラエルの大統領には政府の施政に口出しをする権限がない。法案はそのまま審議されそうになった。しかし、ことが大きくなるのを受けて、結局、国会での審議は、先のRegulation Billと同様、先送りとなった。
*以下現地取材
この問題について、エルサレム南部のアラブ人地区ベイトサファファと、すぐ隣接するユダヤ人地区ギロを訪問した。ここでは両者の指導者同士はけっこう仲が良く、アザーンの問題も、両者が話し合って、一応の解決を見いだしていた。
それによると、問題になるのは早朝のアザーンや、ヨム・キプールで、ユダヤ人が断食しながら寝ている日のアザーンであるため、音量には配慮すべきとイスラム側も納得していた。
また、今後テクノロジーを使って、拡声器をイスラム教徒が住むベイトサファファの通りにむけて、細分化して配置し、ユダヤ人のギロにまで放送が聞こえないようにするという案で合意に至ったという。
確かに、ガザ地区に近いアシュケロンでは、ロケット弾が打ち込まれると警報がなるのだが、毎回、街全体に警報を鳴らすと、着弾しそうもない地域住民にまでストレスを与えることになる。
そのため、アシュケロンでは、地域別警報システムが導入されており、同じ市内でも、本当に危険がせまっている範囲の住民だけに警報が聞こえるようになっている。アザーンにも同じシステムの導入は可能と思われる。
ただ問題は、費用。ベイトサファファでは、とりあえず、2つの通りでテストケースを始めて、徐々に拡大していく予定だという。
<石のひとりごと>
ユダヤ人とアラブ人。同じ土地の上に住んでいながら相変わらず、もめごとはエンドレスである。
アザーンについては、地域の問題であり、現地ではすでに指導者同士の話し合いがすすめられていた。しかし、話はどんどん一人歩きをしながら深刻化し、へたをすると、世界のイスラムを敵にまわす可能性まであった。
中東では、ささいなことでも大きな戦争に発展する可能性があるということである。
筆者の住む地域でも、アザーンは毎朝4時から鳴り響いているが、やかましくて寝られなかったというような覚えはない。すでに日常になっている。ただ霊的な問題はあると思われる。
イスラエルは、民主国家だが基本的にユダヤ人が運営する国であり、毎朝ラジオは、「シェマーイスラエル。私たちの主だけが神。」と宣言する。一方で、イスラム教徒たちは、朝から1日5回、「アラーだけが唯一の神。」と大音響で宣言しているのである。
アラビア語を理解する人が少ないせいもあり、この点は問題とはされていないが、けっこう大問題ではなかろうかと筆者は懸念する。。。とはいえ、これを禁止することはやはり、国際的にも大問題であることも現実のようである。