アメリカ軍のシリアからの撤退、マティス国防長官の辞任については、日本でも大きくとりあげられている。ここでは、この件の解説とともに、これからどうなるのか、イスラエルはどう反応しているのかを報告する。
<トランプ大統領:突然の独断Uターン>
19日、トランプ大統領は、突然、シリアに駐留させているアメリカ軍(約2000人)を、できるだけ早く撤退させると発表した。
その理由として、「目的であったIS撃退はほぼ完了した。アメリカは相当な打撃を与えた。若者たちを帰国させる時だ。」との見解をあげた。
また、中東での駐留について、「アメリカは、大切な命と大金を使っても何も得られない。当事者たちに感謝されることもない。アメリカは、中東の警察になるべきだろうか。永遠に駐留を続けるべきなのか。」と、撤退の理由を述べた。
www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-5430067,00.html
トランプ大統領は、シリアに続いて、アフガニスタンに駐留している米軍(14000人)の半分にも撤退を命じた。
edition.cnn.com/2018/12/20/politics/afghanistan-withdrawal/index.html
確かに、トランプ大統領は、アメリカ軍を中東から撤退させることを公約にあげていたが、その後の情勢から、アフガニスタンからもシリアからも当分、撤退はなく、駐留は続けるとの流れになっていた。世界はこのアメリカの突然のUターンにただ驚くばかりである。
<自国補佐官らを無視してトルコに合意してシリア撤退を決めたトランプ大統領>
驚いているのは世界だけではない。アメリカの閣僚も議会も皆が驚いている。この決断は、撤退発表の数日前の14日、大統領がトルコのエルドアン大統領との電話会談中に独断で決めた可能性が高まっている。
現在、トルコは、アメリカが支援しているシリア北部のクルド人勢力支配域への攻撃を脅迫している。このままであれば、クルド勢力だけでなく、そこに駐留しているアメリカ軍、NATO軍にも被害が及び、事が大きくなる可能性があった。
このため、アメリカのポンペイオ国務長官と、トルコのカウソグル国務長官が、両国の大統領がこの件について、電話で話し合う方向で準備を進め、14日にこれが実施された。
電話会談に先立ち、ポンペイオ米国務長官は、トランプ大統領に、トルコがクルド勢力地域へ攻め込まないよう説得するようその要旨を伝えていたという。電話会談には、ボルトン大統領補佐官も参加した。
エルドアン大統領は、トランプ大統領に、「アメリカ軍のシリア攻撃は、ISの撃滅が目的だったはず。ISは、今や全盛期の1%にまで縮小した。なぜアメリカは今もまだ駐留を続けているのか。」と詰め寄った。
これを受けて、トランプ大統領は、ボルトン補佐官に、「それもそうである。なぜアメリカ軍はいまだに駐留を続けているのか。」と問うた。この時、ボルトン補佐官は、ISがもはや1%しか残っていないということには合意せざるを得なかった。
「とはいえ、ISはまだ完全には終わっていない。」とボルトン氏は強調したが、トランプ大統領は、もはやこれに動じず、「OK。ではアメリカは、できるだけ早く撤退する。」とエルドアン大統領に言い放った。
電話会談直後から、ボルトン補佐官、マティス国防長官、ポンペイオ国務長官は、3人頭をよせて、いかに大統領の発言を撤回させるか、撤退を遅らせるかを考えた。最終的には、第三の中間的な妥協案を大統領に提示しようとした。
しかし、週明け16日月曜には、すでに米軍参謀総長が、シリアからの撤退の指令を受けて、現地部隊に連絡。撤退準備が進んでいることがわかり、もはや打つ手なしということになったようである。
アメリカ軍のシリアからの撤退に関する公式発表は、当初は報道官を通じて17日に予定されていた。しかし、ペンタゴンでもまだ準備不足である上、閣僚や議会など内部にも十分連絡がいきわたっていなかったため、水曜19日に持ち越された。
www.timesofisrael.com/trump-decided-on-syria-pullout-during-phone-call-with-erdogan-report/
あまりにも急な展開であったため、発表の時点で、大統領自身の共和党内部にすら、まだ十分知らされていなかったようで、対抗勢力の民主党はいうまでもなく、共和党内部からも、懸念と批判の声が相次いでいる。
正式な発表ではないが、現地シリアにいる米軍司令官からも、シリアから今、撤退することへの影響を懸念する声が出ているという。
*シリア南部でISと戦闘
懸念を裏付けるかのように、トランプ発言から2日後の21日、シリア南部、ユーフラテス川東側では、アメリカが支援しているシリア民主軍(反政府勢力)がISの襲撃を受けた。
これを受けて、アメリカ軍率いる連合軍が、ISにむけて空爆を行った。(シリア民主軍報道)アメリカの撤退後、シリアで、ISが復活してくる可能性も懸念されている。
<マティス国防長官退任>
さらに大きな激震は、22日、マティス国防長官(68)が、自ら、来年2月末で退任すると発表したことである。
マティス国防長官は、ISはまだ撃滅しておらず、その再生を抑える必要があると考えている。また、直接名指しはしないものの、「同盟国への敬意と強力な関係維持なくして国益はない。」として、シリアからの撤退に同意できなかったことが、退官への大きな引き金になったことを示唆した。
しかし、マティス国防長官は、湾岸戦争やイラク戦争において、現地で指揮をとった超ベテランの軍人で、得に中東事情については、相当な知識も経験も持つ人物である。またマティス国防長官は、現政権では、唯一トランプ大統領にブレーキをかけられる人物とも目されていた。
このため、今後、なにをしでかすか予測不能のトランプ大統領が暴走するのではないかも懸念されている。
www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/256522
なお、退官を発表したことにより、マティス国防長官は、来週予定されていたイスラエル訪問をキャンセルした。
*アメリカ政府一部閉鎖
このややこしい時に22日、アメリカは、トランプ大統領のメキシコ国境の壁建築の予算をめぐって、新暫定予算案で合意できず、政府機関の一部閉鎖という事態になった。今年3回目である。
これは、新予算案が通ってないため、22日以降、政府からの出金が止まるということであり、公的事業の一部が麻痺する、または関連労働者が無給に陥ることを意味する。
www.bbc.com/news/world-us-canada-46657393
クリスマス前に、アメリカは、なかなかの混乱状態のようである。
<米軍シリア撤退後どうなる!?:ロシア、イラン、トルコの進出>
シリアから撤退しても、アメリカ軍は、イラクに5000人、クウェートに1万5000人、バハレーン、アラブ首長国連邦、クエート、オマーン、ヨルダンにも部隊を置いている。なんといってもやはり、今はまだ、アメリカの力は強大だ。
それにトランプ大統領は、予測不能なので、今とはまた全然違う方向に方向転換する場合も十分ありうる。中東情勢のこれからを予測するのは、専門家でも不可能と言われている。
しかし、シリアでは、シーア派、スンニ派がぶつかり合い、ありとあらゆる勢力が入り込んでいる。この地域で、影響力を持つ者が、最終的には、中東全体での覇者になっていく可能性は高い。
今、シリアからアメリカが撤退するということは、アメリカはそこでの支配力を放棄するということでもある。その後は、ロシアとその友好国イラン、トルコが支配しても良いと言っているのと同じである。当然ながら、ロシアは、アメリカのシリアからの撤退を歓迎すると発表した。
アメリカは、まだいつシリアから撤退するのか、その具体的なタイムテーブルは発表していないが、もし本当に撤退した場合、今後、考えられる動きは以下の通りである。
1)トルコ(背後にロシア)がクルド人地区(シリア東北部)を攻撃へ
先週までトルコは、シリア東部のクルド人地域に攻め込む勢いであった。このためにエルドアン大統領とトランプ大統領の電話会談が行われたのであった。
www.nytimes.com/2018/12/21/world/middleeast/turkey-military-syria.html
エルドアン大統領は21日、トランプ大統領との電話会談により、クルド勢力、並びに同地域に残っているISへの攻撃は延期すると表明した。ただし、攻撃を中止したわけではなく、必ず将来、攻撃する強調している。
この取引の背後には、武器の売買がからんでいるとみられる。
最近、アメリカが問題視していたのは、トルコがアメリカからF35ステルス戦闘機を購入する一方で、ロシアからは、S400迎撃ミサイルの購入を決めたことである。
S400とF35戦闘機の双方がトルコに入ることにより、ロシアが、F35をS400で撃墜する方法を見つけ出してしまうかもしれない。このため、アメリカはトルコにF35を売却することを渋ったり、大量のパトリオット迎撃ミサイルを販売することで、ロシアのS400の購入をキャンセルするよう要請したりしていた。
しかし、F35は予定通り、トルコに売却が決まり、Press TVによると、結局S400は、ロシアからトルコへ搬入されるもようである。
また、クルド人勢力の情報によると、ロシアが、ユーフラテス川の東側、つまり、クルド人勢力を早く制圧するよう、トルコに圧力をかけているとのことである。
ロシアは今、クルド人も含め、シリアの反政府勢力を一つにまとめて、アサド政権とともに、シリア内戦の終焉にむけて、外交的プロセスに臨むという計画を進めているからである。
アメリカ撤退後、いずれ、クルド人勢力は、ロシアとイランに対し、単独で戦うことになるだろう。結果的に、クルド人たちが、アサド政権とのなんらかの合意に、サインさせられる可能性もある。
*トルコとロシアの関係
シリアでのIS攻撃において、トルコは、しぶしぶではあったが、アメリカ主導の有志軍に参加した。しかし、アメリカが、ISと戦うクルド人勢力を支援するようになると、トルコのアメリカ離れが始まった。
ここ数年、トルコは、アメリカから離れてロシア、イランの陣営に加わり、3国でシリア内戦を収めようとする動きになっている。
2)ロシア、イラン、トルコがシリア内戦集結に向けて結束へ
アメリカがシリアからの撤退を発表したころ、ロシア、イラン、トルコの3国は、国連の下、ジュネーブでシリア内戦の集結に関する会議を行った。
この3国がこうした会議を開くのは、これが3回目になる。3国が計画しているのは、アサド大統領と反政府勢力が同じテーブルについて、シリア再建を議論する会議である。新しい憲法も提案される予定である。
この会議に参加するのは、シリア政府代表50人、反政府勢力代表50人と、自立団体代表50人となっているが、現在、この3つ目のグループの50人を誰にするかで合意できず、今もなお和平会議にこぎつけられない状況である。
また、シリア和平会議を開催する前に、先のクルド人問題の他、シリア北部のイドリブ問題を解決しなければならない。
イドリブには、シリアの反政府勢力の生き残りたち10万から15万人がいる。この勢力は、アサド大統領を絶対に認めないため、アサド大統領を交えた和平交渉のテーブルにつくことはない。
イドリブについては、トルコとの国境に近いこともあり、こちらの方も、トルコがこれを制圧することをロシアは求めているとみられる。
しかし、ロシアとイランが、完全にアサド大統領支援であるのに対し、トルコは、今も一応、反政府勢力支援派であるため、トルコが、イドリブを攻撃することは容易ではない。
もし、トルコが、イドリブ制圧に動かなかった場合、再びロシアが介入し、多大な犠牲者や難民が発生することも、懸念されている。
こうした流れが予測される中でのアメリカの撤退である。アメリカは、もはやシリア内戦の集結には、なんの影響も及ぼせない、というよりは、それを放棄したということである。
中東において、アメリカの権威も信頼も失墜することはさけられないだろう。
3)イランの進出拡大へ
今回のアメリカの撤退で、最も笑っているのはイランではないかと言われている。
アメリカが撤退することで、イランは、シリア領内で、動きがとりやすくなる。また、イランからイラク、シリア、レバノンを通る地中海への回廊を妨害するものがなくなり、いよいよイスラエルを攻撃しやすい形ができあがる。
また、ロシアの進出で、アサド政権存続でシリア内戦が集結すれば、アメリカや宿敵サウジアラビアの権威は失墜する。これは、イランにとっては、非常に有利な展開と言えるだろう。
www.nytimes.com/2018/12/20/world/middleeast/syria-us-withdrawal-iran.html
しかし、サウジアラビアとアメリカは、ムハンマド皇太子のカショギ記者殺害スキャンダルで、すでに十分信頼を落としていたわけである。
イラン外相は22日、「アメリカはシリアでの使命を達成したと言っているが、介入したこと自体、最初からまちがっていたのだ。アメリカの存在こそが不安定の原因だった。」と語った。
www.jpost.com/Middle-East/Iran-US-presence-in-Syrian-civil-war-a-mistake-from-the-start-575105
イランは、22日、ペルシャ湾への入り口で、特に問題になりやすいホルムズ海峡において、イラン革命軍の軍事演習を行った。アメリカの空母がペルシャ湾に入った翌日である。訓練をしているイラン艦船の向こうにアメリカの空母が見えている。
イランにとっては毎年恒例の訓練であるとはいえ、非常にきわどく、挑戦的であるといえる。
www.timesofisrael.com/irans-revolutionary-guard-launches-drill-near-strait-of-hormuz/
トランプ大統領のシリアからの軍撤退発言以降、今の中東においては、アメリカ陣営に対し、ロシア陣営が、有利に立つ流れに変わりつつあるのかもしれない。
<イスラエルの反応>
アメリカ軍がシリアから撤退し、中東での覇権を放棄することは、アメリカを唯一の同盟国とするイスラエルには大問題である。米軍のシリアからの撤退は、アメリカの閣僚よりも先にイスラエルへ一報が入っていたとの報道もある。
イスラエルにとって、最も重要な関心事は、イランである。アメリカがイランから撤退することで、シリアでの最大勢力はロシアになるが、そのロシアは、前回お伝えしたように、イスラエルとは、距離を置き始めると同時に、イランに手を貸す動きに出始めている。
ネタニヤフ首相は、トランプ大統領のシリアからの撤退発表の後、「イスラエルは、シリアのイラン攻撃を強化する」と発表。しかし、同時に、それがアメリカのバックアップで行われることを強調した。
www.israelnationalnews.com/News/News.aspx/256483
<石のひとりごと:ユーフラテス川の向こうから来る王たち>
突然だが、世の終わりに起こることを預言する聖書には次にように書かれている。
第六の御使いが鉢を大ユーフラテス川にぶちまけた。すると、水は、日の出るほう(東側)から来る王たちに道を備えるために枯れてしまった。・・・彼らは全世界の王たちのところに出て行く。万物の支配者である神の大いなる日に備えて、彼らを集めるためである。(黙示録17:12−14)
今、イスラエルの唯一の同盟国、アメリカがシリアのクルド人領域から撤退しようとしているが、それは、ユーフラテス川の東側にあたる。
聖書によると、やがてユースラテス川の東から王たちが一斉に、イスラエルに攻め込むことになるが、その王の中にイラク、イラン、ロシアが含まれるのだろう。
また、アメリカが、もはや同盟国を大事にしなくなったとすれば、イデオロギー的にはロシア、イラン陣営に近い、中国や北朝鮮もまた、ユーフラテス川の東から来る王たちに含まれるのかもしれない。アメリカという障害物がいなくなれば、そこを通過することも容易になるだろう。終わりの時の様相が、また一つ見えてくるようである。
また、アメリカのこうした自己最優先の姿勢については、日本もまた他人事ではない。これまで北朝鮮、中国の問題に関して、マティス国防長官が、日本、韓国を含む同盟国との連携を重視し、トランプ大統領の今回のような突然の米軍撤退を抑えていたとも考えられる。
マティス国防長官退官の後、トランプ大統領が、もはや日本を守る義務はないとして、さっさと軍を撤退させるかもしれない。そうなると、日本は自力で北朝鮮や中国に立ち向かわなければならなくなる。
これをみこしてか、日本の軍事予算は来年19年度は過去最大の5兆2600億円。アメリカから、F35最新鋭ステルス戦闘機(垂直離発着)を最大100機を前倒し導入予定(1兆円以上)で、空母「いずも」を改修して、配備する予定とのこと。
www.jiji.com/jc/article?k=2018120500594&g=pol
日本では、国民が、憲法9条改正に反発する傾向にあるが、世界情勢も日本政府自体の動きも、すでに、まったくかけ離れたところにいると思ったほうがよさそうである。