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統一トーラー党が福音宣教を違法とする法案提出
司法制度改革に勢いづいている政権だが、その連立で与党側にいる、ユダヤ教の統一トーラー党(モシェ・ガフニ党首)らが、政権発足まもなくの1月9日、イエスキリストの福音を語って、ユダヤ人を改宗させようとすることを違法とする法案を提出していた。
イスラエルには、支援品を渡しながら、福音を語ることを違法とする法律はすでに存在している。今議論になっている法案は、普通の会話の中で、福音を語っただけで、逮捕され、刑務所に入れられるということである。それによると、成人に福音を語った場合、1年の禁錮系、未成年の場合は、2年となっている。
対象となるのは、異邦人宣教師、クリスチャンだけでなく、イスラエル人でイエス・キリストを信じるユダヤ人(メシアニック・ジュー)も対象になるという。
Times of Israelによると、この法案は、今年初めて出されたわけでなく、これまでから何度も提出されていた。しかし、これまでは、可決するというよりは、象徴的に出されただけのものであったという。
しかし、今、ユダヤ教のアイデンティティを強調する強硬右派政権が国会で過半数を占め、数々の強硬右派的な法案が可決されれ行っていることから、福音派の間で、この法案も可決されてしまうのではないかとの懸念となり、物議になっている。
福音派クリスチャン界で物議:ネタニヤフ首相が急ぎ対処
イスラエル在住(父親がユダヤ人)のアメリカ生まれ福音派で、著名なジャーナリスト、ヨエル・ローゼンバーグ氏が、先週からこの問題をネットワークを通じて、全世界の主に福音派たちに伝え、警鐘を鳴らした。
キリスト教の中でも福音派と呼ばれるグループは、アメリカだけで600万人。全世界で6億人とも言われている。
今週21日には、保守系メディアNewsmax(アメリカでアクセスが3番目に多いと言われている)もこの問題を取り上げた。すると、22日朝から、イスラエル外務省に、世界中の福音派でクリスチャンシオニストの世界的なリーダーたちや、ユダヤ教リーダーたちからも、電話がかかってきたという。
このため、ネタニヤフ首相は、その日の夜、ツイッターで、「イスラエル政府が、キリスト教コミュニティに関係するいかなる法案も推し進めることはない。」と投稿し、沈静化を図った。
לא נקדם שום חוק נגד הקהילה הנוצרית.
We will not advance any law against the Christian community.— Benjamin Netanyahu – בנימין נתניהו (@netanyahu) March 22, 2023
福音派キリスト教徒は、近年、強力なイスラエル支援者として、イスラエル政府にも認識されるようになっている。福音派が、世界に散っているユダヤ人のイスラエルへの帰還を、経済的だけでなく、実際的にも支援するほか、イスラエルとユダヤ人への支援を幅広く行っているからである。
世界に反ユダヤ主義が拡大する昨今、世界の福音派の支持を失うことは、イスラエルにとって、得策ではない。特にネタニヤフ首相は、福音派との関係を重視しており、福音派もまた、ネタニヤフ首相を支持することで知られている。
イスラエルの大手メディアでもとりあげられるほどの物議ではあったが、ネタニヤフ首相が急遽、対処したことで、とりあえず今は一旦、落ち着いたといえる。
しかし、現政権が強硬右派であることと、ネタニヤフ首相が、国会過半数を実現している宗教シオニスト党やユダヤ教政党に頭が上がらないでいるのではないかとの見方もあり、先行きの不透明感は残る。
イスラエルのメシアニックジューたちの間では、いつか、国から追放令が出るようなこともありうるのではないかとの警戒感もあるという。
www.timesofisrael.com/despite-pms-assurances-christian-zionists-bedeviled-by-anti-missionary-bill/
福音派とは?メシアニック・ジューとは?用語解説
1)福音・福音派
ユダヤ教は、聖書の旧約部分(ユダヤ教では旧約よは言わない)をもとに、神がモーセに与えた十戒を土台にした律法を守るということで、主とよばれる神との関係を維持し、それによって世界の祝福になるという教えである。
しかし、律法を守りきれなかったので、そのことが罪として残り、神との関係が崩れたままとなったよいうのが、旧約聖書の結論ともいえる。そのため、これを修復し、人々を自らのもとに呼び戻そうと、1世紀に、神自身が人、イエスキリスト(ユダヤ人)となって、地上に来て、その罪の罰を代わりに受けたということである。
これを信じた人々は、主との関係を修復され、親子、夫婦関係にもなぞられ得られるような関係になる。すべての罪はもう解決されているので。死んだら主がおられるところ、天に行く、いいかえれば救われたということである。これが新約聖書であり、これを良い知らせ、「福音」という。これを中心に生きている人々が「福音派クリスチャン」ということである。
2)メシアニックジュー
こうしてみると、キリストはまず、神から律法を与えられていたユダヤ人を救うためにきたのではあるが、ユダヤ人は、イエスを、律法で最も憎まれている偶像であるとして、受け入れなかったということである。そのため、律法は知らないものの、自分が神の前に罪があると認めたユダヤ人以外の人々、いわゆる異邦人たちが、律法なしにイエスを救い主と信じるようになった。
これがキリスト教会として組織され、それを通して、福音が世界に広がっていったということである。しかし、このキリスト教会は、ユダヤ人は、イエスを拒否したとして、これを悪魔の末だと教えるようになったという、皮肉な結果が、今の世界なのである。
歴史的にキリスト教会は、ユダヤ人を憎むべき者として迫害する土台となっていった。近年のホロコーストでもこの理論がユダヤ人迫害の正論として使われたのであった。
このため、ユダヤ人の間では、イエス・キリストは、恐怖の迫害者として認識されるようになり、ユダヤ人がイエス・キリストを信じるなど、まったくありえないこと。万が一にもキリストを信じたユダヤ人は、その場で、死んだと認識され、家族からも断絶されていた。
ところが近年になり、イスラエルが独立し、エルサレムがその首都となって、ユダヤ人が戻ってくるようになると、福音は、もともとユダヤ人に与えられていた、キリストはユダヤ人だった、ということが広がり始め、ユダヤ人でイエスを信じて救われることはなんらおかしいことではないという考えた広がり始めた。
しかし、2000年近くもキリスト教会に迫害されてきたユダヤ人である。イエスを信じても自分を「クリスチャン」と呼び、「教会」に行くとはとても言えるものではない。それで、ユダヤ人でイエスキリストを信じた人々は、自分達を、ユダヤ人であると同時に、メシア(救い主・イエス)を信じているということで、「メシアニック・ジュー」と呼んだ。世界もそう呼ぶようになった。
こうした中、キリスト教会では、ユダヤ人を迫害したことは、大きな間違い、罪であったとして悔い改め、ユダヤ人とその国、イスラエルに謝罪するクリスチャンたちが増えてきた。その最大が、福音派のクリスチャンということである。
3)なぜイスラエルは福音宣教を許容しないのか
上記のようにユダヤ人は、2000年近い迫害を、主にキリスト教会の影響から受けてきた。その中でも最大の迫害が、キリスト教への強制改宗だと考える人も少なくない。
ユダヤ人の多くは、キリスト教に改宗することで、ユダヤ人がユダヤ人でなくなると考えているので、体は殺さないまでも、ユダヤ人というアイデンティティを抹殺することになることから、最悪の迫害のパターンと考ている。
近年、ユダヤ人というアイデンティティを維持しながら、イエスを信じるということもありうるという概念も拡大はしつつある。しかし、まだその数はかなり少なく、一般的にはまだまだタブー視され、暴力的な迫害はないものの、嫌悪されているという流れは強くある。
特に強硬右派ユダヤ教徒の人々にとって、メシアニックジューは、まさしくユダヤ人をやめた裏切り者にしかみえないということである。この人々が今、政府を担っているという状況である。