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イスラエルとハマスの戦闘からレバノンへ戦火が拡大する様相にある中、ブリンケン国務長官が、4日から11日の予定で、イスラエル周辺諸国を巡回。9日、イスラエルに到着し、最後にパレスチナ自治政府を訪問した。
イスラエルの存在と治安維持に協力を要請するとともに、ハマスとの戦闘を終わらせて、戦火が他へ拡大するのを防ぐために何をするべきか、戦後ガザをどういう体制に置くのか、それらの国々の要望を聞いて、イスラエルにも妥協を求めて、戦火の拡大を防ごうとする試みである。
ブリンケン国務長官の中東訪問は、10月7日以降、4回目であった。
アラブ諸国の反応:地域平和の条件はパレスチナ国家設立
今回、ブリンケン国務長官が訪問したアラブ諸国は、基本的に、イスラエルと国交があるか、なくても直接的には敵対していない周辺の国々である。
トルコを皮切りとして、ギリシャ、ヨルダン、カタール、UAE、サウジアラビアであった。その結果をイスラエルに伝え、最後にパレスチナ自治政府(アメリカはパレスチナ人の代表と見ている)を訪問した。
イスラエルでは、ネタニヤフ首相、ヘルツォグ大統領、カッツ外相、戦時内閣とも会談を行った。
以下はブリンケン国務長官が、これらの国を訪問した結果としてネタニヤフ首相に伝えたポイントである。
1)周辺諸国は戦火拡大を望んでいない
ネタニヤフ首相と会談したブリンケン国務長官は、まず、いずれの国も、これ以上の戦火の拡大は、どの国にとっても望ましいことではない、だれもそれを望んでいないとの意思表示をしたという。
また、基本的にアメリカは、イスラエルの同盟国なので、10月7日にようなことが、イスラエルに2度と起こらないようにすることについては、イスラエルと同じ立場である。それについても、サウジアラビアを含め、訪問先の国々も認めているとのこと。
サウジアラビアは、イスラエルとの国交正常化の交渉の扉はまだ閉まっていないと言っている。(ただしパレスチナ国家設立が条件)
言い換えれば、これらの国々は、イスラエルの存在を認め、平和に隣人として付き合っていく用意があると言っているとブリンケン国務長官は強調したということである。
2)平和の回復はパレスチナ国家設立以外にない
しかし、それには大きな条件があった。イスラエルがパレスチナ国家を認めるということである。ブリンケン国務長官は、中東諸国はイスラエルの存在を認めるという難しい譲歩をしようとしているのだから、イスラエルもパレスチナ国家を認めるという難しい一歩を踏み出さなければならないと語った。
聞こえはいいが、現状からすると非現実的としか言いようのない項目である。まず、パレスチナ国家設立案は今に始まったことではなく、30年前のオスロ合意で既に試みて、未だに完成できていないという超・困難案件である。
当初は、イスラエルもそれに向かって協力してきたが、逆に、イスラエルを絶対に認めないとするテロ集団の増加に繋がっただけに終わっている。今では、ガザ地区だけでなく、西岸地区でも、イスラエルを攻撃するための高度な武器が密輸されて、あふれかえる事態になっている。
実際、ガザだけでなく、西岸地区でもここ数年の間、様々なパレスチナ組織と、イスラエル軍との衝突で多数の死者が出るどろどろの憎しみ合いの状況になってる。今のパレスチナ自治政府には、もはやパレスチナ人を統一する求心力は全くない。
イスラエルからすると、パレスチナ国家設立という言葉は、もはや現実離れにしか聞こえないだろう。
3)ガザでの死者数が多すぎる:人道支援物資搬入をさらに拡大するべき
①ガザ死者が多すぎる:イスラエル兵も死んでいると母親たちが訴え
8日時点で、ガザ保健省のデータによると、ガザでの死者数は、2万2835人。住民の100人に1人が死亡している。ブリンケン国務長官は、ガザでの死者数が多すぎると指摘した。
人質の救出を急ぐことや、今後のイスラエルの治安維持の重要性については理解しているとしながらも、ブリンケン国務長官は、ガザでの戦闘をもう少し緩やかにするようにと伝えた。
これについて、イスラエルは、ガザが出している2万2835人は中身が明らかにされていないことを指摘している。イスラエル軍が数えるだけでも、イスラエル南部に侵入している中での戦闘で死亡したハマス戦闘員やその関係者は少なくとも1000人。ガザ内部での戦闘で死亡したハマスも8500人以上に上っている。全員が、民間人ではない。
先にガザのラファでの攻撃で死亡した、アルジャジーラ記者ら2人は、実はハマス戦闘員であったとイスラエルは主張している。戦闘員と民間人の境目が明らかでないなか、難しい注文といえる。
しかし、イスラエルは、今は、戦闘の次の段階に移行し、より焦点を絞った戦闘にしていると言っている。
ブリンケン国務長官がイスラエルに来た時、テルアビブで、ガザで従軍するイスラエル兵の母親たちのグループが、イスラエル兵も戦死していることも知ってほしいと訴えるデモを行った。これまでに戦死したイスラエル兵は500人を超えている。
www.jpost.com/israel-hamas-war/article-781513
②人道支援物資をもっと搬入すべき
ブリンケン国務長官は、戦争が長引く中、ガザ市民が壮絶な日常に陥っていることについて、さらに人道支援物資が届くように努力すべきだとも語った。これについては、イスラエルは、できる限りガザへの搬入を行なっており、問題は、ガザに入ってからの配送にあると主張している。
日本では、能登半島の被災地でも同様の課題があるようである。物資は届くが、そこから実際に被災者の手に届くまでの効果的なシステムと、人材も不足しているということであった。
www.timesofisrael.com/no-food-shortage-in-gaza-says-idf-official-overseeing-transfer-of-aid/
4)極右政治家・活動家の動きを制するべき
ブリンケン国務長官は、イスラエルの極右政治家らから、これからガザ市民を別の国へ移住させ、ユダヤ人を再度ガザに定住させるべきといった声が出ていることについて、厳しく批判。ガザ市民は必ず、自宅に戻れるようにするべきだと主張した。
また、イスラエルが、国境での輸出入の際に、パレスチナ自治政府に代わって徴収している税金について、極右閣僚が、テロ組織に流れるのを防ぐために凍結させると言っていることについて、税金は自治政府に必ず支払われるべきと強調した。
また西岸地区で、過激な強硬右派ユダヤ人グループが、パレスチナ人を追放しようとする暴力に出ていることについて、断固として取り締まるべきと述べた。
パレスチナ人たちのブーイングの中パレスチナ自治政府訪問
ブリンケン国務長官は、イスラエルを訪問した翌日の10日、ラマラを訪問し、アッバス議長と会談した。
外では、パレスチナ人たちが、(イスラエルを支持するアメリカの)ブリンケン国務長官を歓迎しないとするデモを行っていたとのこと。
ブリンケン国務長官は、アッバス議長に、パレスチナ国家設立に向けて、具体的に話を進めていると伝え、悪化する治安状況を改善するべく、政治改革を行うよう求めた。
アッバス議長は、西岸地区とガザは切り離せないと強調。イスラエルが凍結している税金を返還するよう、イスラエルに圧力を掛けてほしいと要求した。ブリンケン国務長官は、これについては同感であると答えた。
イスラエルの反応:ガザ支配の願望はない・残虐な隣人とは共存できないとネタニヤフ首相
ネタニヤフ首相は、ブリンケン国務長官の訪問の後の10日、以下の声明を発表した。
ネタニヤフ首相は、まず明確にしたいことはと述べ、イスラエルはガザを永遠に支配する気も、そこにいるガザ市民を追い出す気も全くないと強調。イスラエルはただ、テロ組織ハマスと戦っているだけで、ガザ市民と戦っているのではないと訴えた。
またその戦闘においては、国際法を完全に守る形で戦っている。IDFは、民間人を守る最大限を行っている。一方、ハマスは、民間人を人間の盾にして、最大限に民間人を犠牲にしている。
イスラエルは、ガザ民間人に戦闘地域から離れるようにできる限りの伝達を行っているが、ハマスは、銃撃戦のその場から民間人が出ることを妨害しているのだ。
私たちの目標は、ガザからハマスを切り離し、人質を取り戻すこと。それが達成したら、ガザの非武装化と過激思想からの解放を図る。イスラエル人とパレスチナ人双方にとってのより良い未来のためだ。
ネタニヤフ首相は、イスラエルを亡き者にするだけでなく、残虐に尽きることをするような隣人とは共に住むことはできないと訴えている。
世界は戦争を終わらせるのに必死だが、イスラエル軍は、ハマスを終わらせるためには、今年いっぱい戦闘が続くとの見通しを表明している。
*ハマスの徹底したイスラエル抹殺計画
そこまでしてでも、ハマスを地上から無くそうとするのは、ハマスが、本当にイスラエルを殲滅させることを真剣に考えていたということが今回、疑いもないほどに明確になったからである。
ハマスは2007年にガザの支配者になってから、全力を挙げて、地下にトンネルで繋がった大規模な基地を作り上げていた。その目的はただ一つ、イスラエルを壊滅させることだった。10月7日のイスラエルへの侵攻は、実にハマスの総力を挙げた勝負どころであったようである。
Times of Israelが、ハマスのアル・カッサム旅団の指導者に近い情報筋からとして伝えたところによると、イスラエル襲撃の作戦は2014年から準備が始まっていた。その年のイスラエルとの戦争で、一旦頓挫したが、2021年5月に再び準備が始まった。
作戦は、非常に厳密な秘密厳守で進められ、訓練も行われた。攻撃の最終日程を決定したのは、ヤヒヤ・シンワルと、ハマス武装司令官ムハンマド・デイフ、ムハンマド・シンワル、政治部のラウィ・ムスタハ、アイマン・ノファルの5人。
イスマエル・ハニエと、先週ベイルートで暗殺されたアル・アロウリは、作戦決行のわずか数時間前に知らされたという。これほどの慎重さで、支援者のイランにも連絡しないという徹底ぶりであった。そうして行われた作戦は、ハマスの70人とそれに続く、ガザ民間人も多く含む3000人による侵攻であった。
10月7日について、イスラエル軍は、なぜイスラエルがハマスを終わらせるまで戦いを続けるのかの理解を求めるクリップをユーチューブに発表した。
石のひとりごと
ブリンケン国務長官が、4回目の中東を歴訪している間に、イスラエルはヒズボラ高官2人を暗殺し、北部情勢はエスカレートする様相にある。
また今日は、再びフーシ派が、紅海で発射した多数のUAVやミサイルなどを、アメリカを含む10か国からなる同志連盟の部隊が撃墜する事態になっている。
中東情勢は悪化の一方であり、理想はどうあれ、ブリンケン国務長官中東巡回の試みは、良い思いからであったかもしれないが、アメリカをよい人に見せるだけのもので終わる可能性が高い。
またパレスチナ自治政府をガザの支配に関わらせるというアメリカの基本理念は、完全にイスラエルの意向と違っている。アメリカは、イスラエルにとっては、唯一の同盟国なのだが、その関係にも微妙な影が射している気配である。
全く個人的な思いではあるが、今回、ブリンケン国務長官の訪問が、ハーグの国際司法裁判所でイスラエルがジェノサイドで提訴される直前であることに、なんとなく、不安も感じる。
世界に理解されない中で、イスラエルが、パレスチナ国家設立という、人道的に聞こえ、かつ、同盟国アメリカの推しにも応じない様子が、世界にどう映るかである。
ブリンケン国務長官が、そのタイミングを意識していたのかどうかだが、イスラエルが、これまで以上に、世界の意向に反対する悪者というイメージにならなければよいがとも思う。
しかし、主がイスラエルを見放されることはない。この先どうなるのか、主に期待しつつ見守っていきたい。