南アフリカが国際司法裁判所にイスラエルをジェノサイドで提訴:11-12日ハーグで公聴会 2024.1.9

ICJが中にある平和宮殿 オランダ・ハーグ (AP/Peter Dejong)

南アフリカがイスラエルをICJにジェノサイドで訴え:明日11-12日ハーグで公聴会

南アフリカは、ユダヤ人の間でも世界で最も反ユダヤ主義暴力が発生する国と認識されている国である。

その南アフリカが、昨年12月29日に、国際司法裁判所(ICJ)に対し、イスラエルが、ガザ市民に対してジェノサイド(民族大量虐殺)を行っている、国連のジェノサイド条約に違反しているとの訴えを提出した。

アーロン・バラク氏Ronen Zvulun / Reuters

イスラエルは、国連のジェノサイド条約に署名しているので、訴えに対し、答弁しなければならない。

最初の公聴会は、オランダのハーグにあるICJで、11-12日にかけて行われる。イスラエルは、15人の判事の中でイスラエルを代表する判事として、ホロコーストサバイバーで、前最高裁判長のアーロン・バラク氏(87)を派遣すると発表した。

刑事訴訟ではないので、イスラエル人指導者や軍などの個人が罪を問われることはなく、イスラエルが国としての非難を受けることにはなるが、実質的な罰や賠償といった義務が生じることはない。

しかし、南アフリカは、これをもって、イスラエルにガザからの即時撤退を求めるとみられ、イスラエルにとっては、不足の事態になりうる問題である。

www.icj-cij.org/sites/default/files/case-related/192/192-20231229-pre-01-00-en.pdf

南アフリカの訴え:イスラエルはガザにいるパレスチナ人“殲滅”を目標にしている

ジェノサイドという言葉は、民族全体を抹殺する意図での殺戮を意味することばで、ホロコーストの間に、ポーランド系ユダヤ人の学者ラファエル・リムキンがギリシャ語の「種族」とラテン語の「殺戮」を組み合わせて使った言葉である。

国連は、戦後、こうした殺戮が2度と発生してはならないとして、1948年に「ジェノサイド条約」を締結している。今回、南アフリカは、この条約に基づき、ガザでの戦争について、イスラエルが、ジェノサイドを行っていると訴えたということである。

それによると、イスラエルが、ガザのパレスチナ人の一部ではあるが、ハマスを殲滅するという言葉を使って攻撃する中で、ガザのパレスチナ市民が多数死亡しているとして、パレスチナ人という民族的な範疇の中での大量殺戮だと主張している。

確かにハマスが対象ではあるが、“殲滅”ということばを、イスラエルの政治家が使うことが誤解を招く可能性があるとして、発言を控えるよう指示を出した。

イスラエルの訴え:市民を巻き添えにしない努力をしている

南アフリカが、訴えを起こした時点でのガザでの死者数は2万2000人だが、イスラエルによると、このうち8500人はハマス戦闘員で、さらにこのうちの1000人は、イスラエル国内で残虐な殺戮を行っていた時の戦闘で死亡したハマスたちである。

イスラエルは、ハマスが市民を盾にする方針をとっており、拠点を学校や病院といった社会生活の拠点に置いていることなどの反論を行っている。

www.timesofisrael.com/israel-tasks-ex-supreme-court-chief-aharon-barak-to-serve-at-hague-genocide-hearings/

バラク氏派遣でもめるイスラエル政府:右派左派対立

今のイスラエル政府は、ユダヤ教政党を含む強硬右派政権である。発足当初から、これに賛同しない左派世俗派たちは、国民の半数近くにのぼっていた。

カイザリヤのネタニヤフ首相宅前で、1/6に行われた「総選挙Now」のデモ
January 6, 2024 (Gilad Furst)

ところが、その後、政府の不備も認められる中で始まったハマスとの戦争で、現政権、特にネタニヤフ首相の支持率はガタ落ちになっている。

人質の家族たちはじめ、左派勢は、ハマスとの戦闘を停止して、直ちに人質を取り返すことを求めるデモ、また最近では、「今すぐ政権を解散して総選挙を行え。ネタニヤフ首相は辞任するべきだ。」と訴えるデモを行うなど、イスラエル国内は再び分裂する様相にある。

www.timesofisrael.com/protesters-in-tel-aviv-outside-netanyahus-caesarea-home-call-for-elections-now/

こうした中、政府が、ICJの答弁に派遣すると決めたアーロン・バラク氏の指名について、論争となった。

バラク氏は、かつて最高裁裁判長として、最高裁の権力を高めることに貢献した人物だとして、司法制度改革を支持する右派政治家たちは、この大役にふさわしくないと訴えている。左派なので、イスラエルの主張よりも、人道的な面を考慮しすぎて譲歩してしまうかもしれないという懸念からであろう。

一方で、左派勢、特にラピード氏は、国際的にも認められているバラク氏はホロコーストサバイバーでもあり、強硬右派として非難の的になっているネタニヤフ首相と同一視されることはないとして、この役割にふわしいと主張している。

石のひとりごと

ジェノサイドを経験したイスラエルが、他民族に対してジェノサイドをすると考える方がどうかしていると思うが、反ユダヤ主義の醜い顔をがそこにあるということであろう。

イスラエルは相変わらず一枚岩ではないようだが、ともかくもICJの公聴において、ホロコーストサバイバーのアーロン氏が、イスラエルを代表して答弁する。

アーロン氏の存在そのものが、イスラエルという国の理解を呼び起こし、今置かれている現状について、世界が少しでも理解するようにと願うところである。

しかし・・それ以上の懸念は、ヒズボラの攻撃がエスカレートしている中で、イスラエルが再び分裂の様相にあることである。

ガザとの戦争も分裂の様相が高まった時にはじまっただけに、なんとも心配なことである。

 

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。