ロシアからのユダヤ人移住すでに困難:ユダヤ機関関連裁判は8月19日予定 2022.7.29

モスクワのユダヤ機関 July 21, 2022. REUTERS/Evgenia Novozhenina

ロシアでユダヤ機関裁判開始:イスラエル代表団ロシアへ

タマノ移住相 Marc Israel Sellem

ロシア法務省が、違法性があるとして、ロシアのユダヤ機関の閉鎖を裁判所に申し立てている件。イスラエルが代表団を送ると、最初に申請してから2週間、イスラエルが改めて代表団を送ると発表してからようやく、ロシアが代表団への入国ビザを出した。

代表団は、プニナ・タマノ移住相はじめ、首相府、法務省など関係各省からの代表からなっており、ロシアでの裁判そのものに口出しはできないものの、現地ユダヤ機関の弁護団をサポートする。

モスクワでは、代表団到着後の27日、予備審問が行われた。今回は、まだはっきりした結果にはなっていないが、次回、8月19日に行われる裁判で、閉鎖かどうかが決まると予測されている。

いいかえれば、とりあえず、8月19日までは、ユダヤ機関の業務はこれまで通り可能ということである。しかし、その後、どうなるかは全く見通せないということである。

もし閉鎖された場合、移住は今以上に困難になり、ロシアに残されたユダヤ人は、反ユダヤ主義暴力の被害に遭う可能性が高まる。まるで第二次世界大戦の時のように、わずかだが、今だけはまだ、窓があいているという気配でもある。

アルカディ・ミル・マン元在ロシア・イスラエル大使

モスクワで、元イスラエル大使を務めたアルカディ・ミル・マン氏によると、ロシアは2014年にクリミアを攻め取って以来、急速に欧米資本主義社会と距離を置くようになり、すでにその頃より、外国の組織を次々に閉鎖していたという。

その数、15団体にもなり、今もまだ機能しいている外国組織に協力するロシア人は、逮捕される可能性もあるという。

主にアメリカなどから来て、ユダヤ人のイスラエル移住を支援しているクリスチャン系の団体も、活動が困難になっているという記事もある。

こうした中、逆にユダヤ機関がこれまで機能できていたこと自体がむしろ不自然であったとミル・マン氏は指摘する。それは、これまでの政権が、ロシアとの関係を良好に保ってきたからだと語る。

今年退任してイスラエルに戻っている、元モスクワのチーフラビ・ピンハス・ゴールドシュミットは、こうした状況の中で、出国を決めたようだが、8月19日の裁判、またその後、まだロシアにいるユダヤ人をとりまく環境は、今後、ロシアとイスラエルの関係がどうなっていくかに大きく左右されることになると警告する。

www.timesofisrael.com/israeli-delegation-finally-allowed-to-fly-to-russia-to-discuss-jewish-agency-crisis/

ウクライナ侵攻以来ユダヤ人5万1000人出国:ウクライナからの移住を上回る

元モスクワ・チーフラビのラビ・ピンハス・ゴールドシュミット

ラビ・ゴールドシュミットによると、この数ヶ月の間に、ロシアからイスラエルへ移住したユダヤ人は、約2万人。さらに、以前からイスラエルの国籍を取得していながらロシアに住んでいたユダヤ人が、イスラエルに移住したり、トルコなど近隣諸国へ出たユダヤ人を含めると、ウクライナ侵攻開始以来、ロシアを出たユダヤ人は、5万人以上だという。

移民省によると、6月末の時点で、ウクライナからの移住者数は1万1906人だが、ロシアからは1万6598人と、ウクライナを上回っていた。ウクライナからの移住は3月がピークで、その後は減少方向にあるが、ロシアは、毎月3500〜4500人で続いている。
昨年中のイスラエルへの移住者数が約3万8000人なので、移住者の80%はウクライナか、ロシアからということである。

移住省による移住者の推移
青:ウクライナ、赤:ロシア

しかし、この5、6月から、ユダヤ人の出国を防ごうとするロシアの妨害のためか、今、ユダヤ機関が十分に機能できなくなっているという。書類を出しても実際に移住が可能になるのは、来年になると可能性もある。

今まだ、ロシアにいるユダヤ人の中には、今必死に出国の道を模索している人もいるということである。この傾向は、ロシア傘下にあるベラルーシでも同じだという。

なお、ラビ・ゴールドシュミットによると、ロシアにいるユダヤ人は、その定義にもよるが、確実にユダヤ人と認められる人は約15万人。親族の中に、異邦人との結婚も多少入るなどしているケースも含めると35万から50万人はイスラエルへの移住の可能性があるとのこと。

*今年4月にロシアから移住したアリエラさんの証言

モスクワ在住だったアリエラさん夫婦は、ロシアがウクライナへの侵攻を開始した時から、これに反対の立場だった。そのため、ウクライナ侵攻が始まってまもなく、ロシアを出てグルジアへ移動。そのままイスラエルへ飛び、空港で、イスラエルへの移住手続きを終えた。

イスラエルでの暮らしや、難民への公的支援により、ロシアにいるより、イスラエルにいる方がはるかに快適だとアリエラさんは語る。しかし、アリエラさんは、まだ多くの家族がいるため、今いったん、モスクワへ戻り、移住手続きを手伝っているところである。

アリエラさんによると、ユダヤ機関閉鎖問題が出てから、ここ数日は、移住手続きができなくなっているという。また、すでにイスラエル国籍を持つ者として、ロシアへの不満などをネット上で発言すると、まだ移住できないでいる家族に危険が及ぶ可能性があるので、本名を伏せてのインタビューであった。

ロシアからの移住が増えている理由:ラビ・ゴールドシュミット

なぜ、ロシアからの出国が急激に増えたのかについて、ラビ・ゴールドシュミットは次の理由を挙げた。

①鉄のカーテンが閉じるかもしれないという恐怖

ラビによると、ウクライナ侵攻初期にイスラエルへ移住を決めた人は、イスラエルでの空港で、到着時に簡略化された方法で、移住することができた。しかし、今は、まず欧米行きの飛行機が停止している。行けるのは、イスラエルか、トルコ、グルジアなど、近隣諸国に限られている。いうまでもなく航空運賃は高騰している。

さらに、最近では、ロシアがさまざまな理由をつけて、出国許可を出さないという。学識者500人が出国できなくなったが、その多くはユダヤ人である。有能な人材の流出をさしとめたものとみられる。

また空港では、パスポートコントロールで、戦時中のような質問、どこへ何しにいくといった質問がなされ、税金問題など、様々な理由で、さしとめられる人もいるという。それだけで1時間から1時間半かかっているとのこと。

②反ユダヤ主義悪化への恐怖

出国を試みるユダヤ人を裏切り者とみなしたり、ロシアの政策に反対しているとして、非難される社会情勢になっている。イスラエル政府がどういう態度を取るかで、ロシア国内のユダヤ人への異常な憎しみが暴力に変わっていくことは、これまでのロシアの歴史からも十分予測できる。

③経済的な影響:暗い将来性

欧米からの経済制裁で、ロシア経済は大きなダメージを受けている。職業を失ったり、事業が破産した例もある。海外からの資金もとどかなくなるなど、将来が見通せなくなっていることが考えられる。次世代の子供たちのために、出国を決める人も多い。

④若い男性のロシア軍への徴兵への恐怖

アメリカの調べによると、ウクライナへの侵攻で、これまでに戦死したロシア兵は7万5000人に昇るという報告が出されている。ロシア国民であれば、ユダヤ人でもいつ徴兵されてもおかしくはない。いったん徴兵令が出てしまうと、その男性はロシアからは出国できなくなる。

これからのリスク

これからどうなるのか、文字通りわからないのではあるが、上記のリスクが現実になることは十分に考えられる。ラビ・ゴールドシュミットは、ロシアにいるユダヤ人の安全は、今後のイスラエルとロシアの関係に大きく左右されると考えている。

元在ロシア大使のミル・マン氏は、特にロシアのサイバー攻撃を懸念する。SNSを使って、ロシア国内などで反ユダヤ、反イスラエル世論を作り出すことは難しいことではない。

また、ロシアは、アメリカの大統領選挙の際にもSNSを使って市民の心理へ影響を及ぼした可能性がある。ミル・マン氏は、11月1日のイスラエルでの総選挙において、この問題がその宣伝として使われることに懸念を表明する。

すでにネタニヤフ前首相は、ラピード首相がロシアに厳しい態度であることを批判し、自分とプーチン大統領との関係を表面に出す動きに出ている。こうしたことで、ロシアに弱みを掴まれる可能性もあり、ミル・マン氏は、総選挙にこの問題を持ち出すことに非常なる危険性を警告する。

また、ミル・マン氏は、ウクライナ東南部ですでにロシアに支配され、ロシア化が進んでいる地域にいるユダヤ人も救出しなければならないと語る。ウクライナであれば、移住は困難ではなかったかもしれないが、今は、ロシアの支配下にあるので、ロシアからの出国許可をもらわなければならなくなっているということである。

石のひとりごと

ロシアから出国できるか。今、かすかに開いている扉。前回にも書いたが、これはまさに、1939年のナチス侵攻の際に、ポーランドにいたユダヤ人たちが、西からくるナチスを避けて旧ソ連側に逃げ、かろうじて、まだリトアニア領であった地域で、パスポートや、ビザ取得の可能性のある大使館が、まだ稼働しているちにと、ビザを取得に奔走したころの状況を彷彿とさせる状況でもある。

そうして、当時のユダヤ人にとっての最後の大関門が、旧ソ連からの出国ビザの取得だった。旧ソ連の担当官は、気分次第で書類をどうにでもふりわけていたので、なんの理由もなく、シベリア行きとされた人もいた。ユダヤ人たちは、命懸けのヒヤヒヤで旧ソ連の関係オフィスに行ったという。

アリエラさん家族たち、今ロシアから出国しようとしているユダヤ人たちが、1日も早く、出国とイスラエルへの移住の道を探すことができるように。これからも、ロシアとユダヤ機関の動きに注目しつつとりなす必要が高まっている。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。