ラグ・バオメル:将棋倒しで45人死亡:安息日入りに葬儀終わらず 2021.5.1

亡くなった人たちの遺体 スクリーンショット

ラグ・バオメル中の大惨事

イスラエルでは、29日日没からラグ・バオメル*と呼ばれるユダヤ教の祭り行事が行われた。一般の家族たちは、自宅近くの広場などで焚き火をして楽しむが、超正統派男性たちは、毎年、ラビ・バル・シモン・ヨハイの墓があるとされるガリラヤ地方北部のメロン山に集結する。

そこで、大集団でダンスしながら、夜中中、大きな焚き火を行うというのが風物詩である。

昨年はコロナ感染予防対策のため中止とされたが、今年は、ワクチン接種が進んでいることを受け、入場をワクチンが2回完了してグリーンパスを所持する1万人との制限付き、警察官5000人を配備することを条件に、実施されることとなった。

*以下は事故直前の例祭の様子と、事故後に事故のアナウンスがなされ、会場を出るようにとの指示が出されて人々が動き始める様子

ところが、29日当日になると、1万人をはるかに超えて、メディアによっては10万人以上とも報じられるほどの大群衆が押し寄せ、警察官らの手に負える状態ではなくなった。

この大群衆が移動する細い通路に軽い傾斜があっため、ぎゅうぎゅう詰め状態の中、30日金曜午前1時ごろ、一部の人々が転倒し、そのまま後ろの人々も覆い被さるように転倒する将棋倒し状態となった。

この将棋倒しで、これまでに45人が死亡。負傷者は150人で、多くが重症だという。平時における事故としては史上最悪の大惨事となった。(2010年のカルメル山の山火事で44人が死亡した事故が2番目)

現場では、ザカと呼ばれるテロ処理班(超正統派がほとんど)、救急車にヘリコプターも加わって負傷者の搬送を行い、現場は完全なカオス状態となった。やがて混乱する現場近くでは、引き出された遺体が、次々に並べられるという、まるでテロ現場のような様子が報じられている。

また、現場では、数十人の子供たちが、親たちとはぐれ、連絡もつかないという事態になった。警察は、遺体になってしまった人、救急搬送された人々の身元判明のために奔走した。

ユダヤ教では、安息日に働いてはならないという厳しい決まりがある。今回の事故は、この直前の木曜から金曜にかけての深夜であったため、事故後、犠牲者や負傷者の身元捜査も安息日入りとされる日没(金曜夜7時前後)とともに、一旦中止とされた。

このため、日没までに身元が判明したのは、45人の遺体の中で、32人までであった。

さらに、葬儀のために、家族に引き渡すことができたのは32人中、22人にとどまったとのこと。その22人については、葬儀を日没までに終えなければならなかった。エルサレムでは、遺体となって戻って来た人の葬儀には、数千人が集まっていた。安息日入りのサイレンが響く中、まだ終わっていない葬儀もあったという。

この措置について、今、批判の声が上がっている。ユダヤ教では、安息日に仕事をしてはならないのではあるが、同時に、遺体を安息日に残しておいてはならないという律法もある。遺体は安息日が始まるまでに、葬儀を終えて埋葬しなければならないのである。

しかし、今回は、身元が判明せずに、安息日が明ける土曜夜までそのままにされる遺体が13人。身元がわかっているのに、家族に引き渡されなかったために、葬儀ができなかった人が10人にのぼっている。

安息日までに全員の身元を判明できなかった警察への批判が高まっているが、事件が夜中であったため、家族との連絡もつきにくかったことや、遺体の損傷が激しかったのか、指紋や、DNAなどでの判明が必要で、時間がかかったとのこと。

事件発生から葬儀を行なって埋葬するまでの時間は12時間ぐらいだろうか。メロン山は、北端に位置しており、エルサレムまでの移動はヘリコプターなどでなければ、3時間はかかる。まさに22人分の葬儀までの時間はない。

おそらくは皆エルサレムや、出身地に埋葬を希望したかもしれないが、間に合わなかったのか、北部ハイファなどで埋葬された人もいる。あまりに悲惨すぎて、心が痛むと言うことばも全く足りないほどの痛みである。

この大惨事を受けて、政府は、安息日明けの2日、全国で喪に復す日を呼びかけた。また全国のイスラエル軍基地で、国旗を半旗とし、遺族と悲しみをともにする式典を行う。

www.timesofisrael.com/netanyahu-laments-terrible-disaster-as-politicians-react-to-meron-tragedy/

*以下は一夜明けたメロン山現場

*ラグ・バオメルとは

紀元13世紀に始まったユダヤ教の例祭。聖書にはないが、過越の祭りから7週の祭りの50日の中間、33日(ラグ)にあたる日を覚える。またこの日は、人々の敬意を集める1世紀に生存したラビ・アキバたちを襲った疫病が終わった日とされる。

また現代ユダヤ教の基盤になったとされるラビ・シモン・バルヨハイが死亡した日で、その墓があるのが、メロン山(標高1200m)で、その場所とされるところに、ユダヤ教の巡礼が来て祝うようになった。

慟哭の悲しみにある遺族たち:多くの子供たちも犠牲に

まだ身元が明らかになっていない人、病院で重症の人々も多数残されているが、死亡が確認され、身元が判明した人々は以下の通り。多くの子供達を含む若者たち、また若い父親たちが含まれている。

海外から、ラグ・バオメルオメルのために来ていた若者もいた。

死亡が確認された人は、ベイタル・イリットのエリヤフ・コーヘンさん(16)、アシュドドのラビ・ハノーフ・スロッドさん(52)、ベイタール・イリットのシモン・マタロンさん(38)は、11人の子供の父親であった。エリエゼル・モルデカイ・ゴールドバーグさん(37)もベイタール・イリットからで4人の子供の父親であった。

メナヘム・ザクバさん(24)は、ペータフティクバ(テルアビブ近郊)からで、妊娠中の妻と1歳の赤ちゃんが遺族となった。モシェ・ベン・シャロムさん(20)はブネイ・ブラック出身。ヤディディア・フォーゲルさん(20)、アリエル・ツアディクさん(57)はエルサレム出身。ハイム・セラーさん(24)もエルサレム出身で妻と2週間の女児の父親であった。

ギブアット・シャウルのラビ・ヨナタン・ヘブロニさん(43)は3人の子供の父親であった。この他、ヤアコブ・エルハナン・ストリコブスキーさん(20)ヨセフ・グリーンバウムさん(22)エルカナ・シロアさん(28)、エリエゼル・ゲフナーさん(52)

ベイトシェメシュから多くの犠牲が出ている。, ハイム・ラクさん(19)、イエフダ・レイーブ・ルベンさん(27)。ルベンさんの3人の子供が遺族となった。シュムエル・ツビ・クラグスボルドさん(43)は、8人の子供の父親。

同じくベイトシェメシュのシムハ・ディスキンさん(23)はハイファに埋葬されたが、遺族になった妻と小さな2人の子供達はベイトシェメシュに在住である。デービット・クラウスさん(33)は9人の子供の父親、イスラエル・アナクバさん(24)は2人の父親であった。

死者の中には、兄弟2組を含む子供たちもいる。エングランダー家のモシェ君(14)とその兄弟イエホシュア君(9)。2人の遺体は父親が確認したとのこと。エルハダッド家のモシェ・モルデカイ君(12)とその兄弟ヨセフ・デービッドさん(18)。ブネイ・ブラックのやディディア・ハユト君(13)は11人の家族とともに来ていて犠牲になった。

www.timesofisrael.com/families-rush-to-identify-bury-meron-disaster-victims-before-shabbat/

エリエゼル・イツハク・コルティ君(13)、モシェ・レビー君(14)、ヨセフ・イェフダ・レビー君(17)、ナフマン・クリシュバウム君(15)、イシャイ・モウレム君(17)、ヨセフ・マストロブ君(18)

www.timesofisrael.com/victims-of-the-mount-meron-tragedy-named/

海外から来て事故に巻き込まれた人たち

今回、犠牲になった人々の中には、アメリカ国籍の人が少なくとも6人いたと見られる。ラビ・エリエゼル・ツビさん(26)、ヨセフ・アムラム・タウバーさん、メナヘム・ノブロビッツさん(22)、最年少は、短期留学でイスラエルのイシバで学んでいたドニー・モリスさん(19)がいる。

アシュケナジ外相は、アメリカのブリンケン国務長官に、アメリカ人4人の遺体をできるだけ早く帰国できるようにするとの一報を入れたとのこと。

また、イシバ学生のエルアザル・ゴールドバーグさん(38)は、ラグ・バオメルのために特別にカナダからイスラエルに来ていた、ユダヤ教歌手のシャラガ・ゲスタナーさん(35)がいる。

シャラガさんには妻と5人の子供がいるが、家族はカナダにいるので、たった一人で、エルサレムに埋葬されることになった。このため、イスラエルでは、ソーシャルメディアで呼びかけがなされ、多くの見知らぬ人が、シャラガさんの葬儀に参列したと言う。

カナダからはドゥビ・ステインメッツさん(21)も犠牲になった。

www.timesofisrael.com/at-least-4-americans-among-the-dead-in-mount-meron-disaster/

この他、アブラハム・ダニエル・アンボンさん(21)はアルゼンチンからエルサレムのイシバに留学中であった。

リブリン大統領は、まだ身元の判明ができていない人があるとして、思い当たる家族に連絡を呼びかけるとともに、大統領官邸前に、45本のろうそくを灯した。

起こるべくして起こった大惨事?:現場訪問のネタニヤフ首相に激しい怒り

現場をおとづれたネタニヤフ首相
出典:GPO

メロン山のラグ・バオメルでの例祭については、今回のような事故がおこる可能性がすでに指摘されていたのであった。

前国家オンブズマンであったミハ・リンデンストラウス氏たちは、2008年と2010年に、この例祭の会場が、これほどの群衆を捌き切る設備がないとして、その危険性が書面で警告されていたとのこと。

この警告によると、この会場では最大1万5000人が最大と警告されていたところ、今回も10万人以上が入場していたのであった。

しかし、実際には、コロナの影響で、今年は少ないぐらいで、例年はもっと大勢が入場していたのである。問題は、政府がこの危険性を知りながら、なぜ今回、対処せずに開催を許可したのかという点である。

www.jpost.com/israel-news/comptroller-warned-that-lag-bomer-meron-was-disaster-waiting-to-happen-666847

政府の責任が問われる中、ネタニヤフ首相は、事件直後の早朝、現場を訪問した。人々は、ネタニヤフ首相に非難の声を浴びせ、ボトルを投げるなどして怒りを表明した。

ネタニヤフ首相は、事故の原因や責任を詳しく調査していくと述べた。また犠牲者のためになんでもする覚悟を示すとして、午後には、テルアビブの病院で献血をしている。

この大惨事に関しては、政府の様々な省庁に捜査が入ると見られている。これまでの調べで、政治から警察に対して、大人数でも例祭の実施を許可するよう圧力がかけられていたことがすでに判明しているという。(国内ニュースで報道)

特に、警察組織を総括する大臣はアミール・オハナ氏が、危険を事前に察知していなかった責任が問われることは間違いないだろう。

コビ・シャブタイ国家警察長官、シモン・レビ警察北部長官も証言に呼ばれることになると見られる。レビ長官は、メロン山のこの会場の出口通路がビンのネックのようになっていて危険であることはわかっていたとして、すでに、最終的には自分に責任があると認めているという。

www.timesofisrael.com/warnings-for-years-of-meron-bottleneck-police-commander-takes-blame-for-tragedy/

この他、イベント自体を統括する内務省、宗教省なども捜査の対象になる可能性がある。警察は、宗教的なイベントの参加人数を制限する権限がないからである。

しかし、警察の交通を取り締まる部署からは、このイベントに関する警告が出されたこともあるとのことであった。

要は、前々から警告が出ていたにもかかわらず、特に効果的な対処がとられてこないまま、この大惨事に至ってしまったと言うことである。

www.timesofisrael.com/pressure-expected-for-full-state-inquiry-into-responsibility-for-meron-disaster/

コロナ感染の問題

今回、もう一つの課題は、コロナである。警察は、参加できるのは、ワクチンの接種を完了してグリーンパスを持っている人だけとし、その上限も1万人までとしていたのであった。

イスラエルでは、接種が推奨される人々の半数以上がワクチン接種を完了しているが、未接種の人がまだ約80万人いると言われている。その多くは超正統派である。

イスラエルでも、インド型の変異株に感染した人が41人(5人は子供達)見つかっており、そのうち17人は、国外にでたことがない人であったことから市内感染が疑われる他、ワクチン接種を完了した人が4人含まれていた。インド株が、ワクチンに反応しない可能性もあると言うことである。

この大惨事の後、今回の超密の状態で、コロナの感染が広がらないかと言う懸念もある。

石のひとりごと

子供や若い父親たちが、急にしかも、宗教関係のイベントでの事故で死亡する。一体、この事態を家族たちはどう受け取るのだろうか。

妙な言い方がだが、昨年はコロナに守られたかのように、このイベントは行われなかった。それがコロナから解放された途端に、これだけの死者を出してしまうとは・・一体これをどうとらえたらいいかと頭を抱えてしまう。

亡くなったのは、将来ある若者や、尊敬されたラビ、ユダヤ教で賛美を担当するシンガー、愛する夫であり父親だった。父を亡くした子供たちが、これほどまでに出てしまったのである。

ユダヤ人たちが直面するさまざまな課題は、本当に、人間が耐えられるとは思えないものが少なくないように思う。

メロン山は現在、閉鎖となっているが、こうなってもまだユダヤ教徒が、彼らの神から離れることはないだろう。宗教を人生の一部としか捉えられない日本文化では理解に苦しむかもしれないが、ユダヤ人たちには、自分で神を選ぶと言う選択肢はないのである。

あまりの大惨事なので、今はただ負傷者や遺族の痛み苦しみを彼らの神の前に覚えていただくよう、祈るしかない・・・。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。