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先月27日、イランの超極秘核兵器開発の主導者と見られるモーセン・ファクリザデ氏が、テヘラン郊外で暗殺されてから、5日が経過した。葬儀は、国葬で、その2日後の29日に行われた。
超極秘人物で、国民にも知られていない人であったためか、道路でメディアにむかってイスラエルとアメリカの旗を燃やす様子もあったが、大群衆が葬儀で怒りを爆発させるといった大騒ぎにはなっていなかった。
イスラエルへの報復を宣言:イスラエルの警戒
当初、暗殺は、複数の射撃手によるものと報じられていた。しかし、イラン政府は、後に、人工衛星を使った特殊な遠隔操作による自動小銃によるもの(イスラエル製)であったと伝えている。
ファクリザデ氏は、2003年以降、核開発の中でも超極秘の核の武器化をすすめるアマッドと呼ばれるプロジェクトを導いていた。イランにとっては、今年1月にアメリカに暗殺されたスレイマニ革命軍総参謀長と同じぐらいに超重要人物である。
イランは、暗殺が、イスラエル、アメリカ、サウジアラビア、国内反政府勢力のいずれかであると表明したが、まもなく、ハタミ防衛相が、続いて、ロウハニ大統領、ハメネイ最高指導者も、イスラエル(アメリカ背後)によるものと断定し、復讐を宣言した。
イスラエルはノーコメントを続けている。しかし、元諜報機関のツァヒ・ネグビ氏が、「だれがやったのかは不明だが、やった者は、世界平和に貢献したのだ。」と述べたと世界が注目した。
イスラエルは、イランからの報復攻撃に備え、世界各地のイスラエル大使館では、警備を強化したほか、世界各地にいるイスラエル市民の安全にも警戒を呼びかけた。特に、国交を開始したばかりのUAEへ初の観光に行っているイスラエル人が危ないと懸念されたが、今の所、大きな動きはない。
国内では、ヒズボラやハマスなどイラン関係組織の侵入や攻撃、ミサイル攻撃に対する備えを行っている。しかし、これまでのところ、大きな反撃はない。
これからどうなるのか
INSS(イスラエル治安研究所)長官で、元イスラエル軍諜報部長官であったアモス・ヤディン氏は、イランの動きについて、次のように分析している。
①今はウランの濃縮強化:トランプ大統領退陣直前に報復攻撃を行う
今回、暗殺が何者によるのかは、わかっていない。同じぐらい重要人物であったスレイマニ将軍が暗殺された時は、アメリカが、暗殺を認めたことから、イランはすぐにイラクの米軍基地へミサイルを数十発撃ちこんだ。
しかし、今回は、だれが、やったのか声明はどこからも出ていない。下手に、イスラエルを攻撃した場合、トランプ大統領にイラン攻撃の口実を与えてしまうことになりかねない。トランプ大統領は実際、数週間前に、イラン攻撃を示唆していたのである。
となると、今は我慢し、トランプ大統領退陣の前日ぐらいに攻撃してくる可能性も考えられる。それまでの間は、これまでと同様、ウランの濃縮を継続して、アメリカの神経を逆なでする方策をとるとみられる。
②世界各地にあるイスラエル大使館を攻撃する
イスラエルとイランは、特にイランが1979年のイスラム革命で大きくイスラム化して以来、実は水面下で、ずっと戦争していたともいえる状況にある。特に大きな事件では、1994年アルゼンチンのイスラエル大使館が爆破され、85人が死亡した事件などがある。
イランが、イスラエル軍に守られていない大使館を攻撃する可能性が懸念される。同時に世界にいるイスラエル人も狙われる可能性がある。
③ヒズボラなど配下にある組織にイスラエルを攻撃させる
イランが直接動くのではなく、イランが常に資金を調達している過激派組織にイスラエルを攻撃させる。特にイスラエルでは、北部国境からヒズボラ、またシリア国境でイラン軍とも退治している状態にある。
国境に爆発物を仕掛けられる他、ミサイルの飛来。また、最も懸念されるのは、武装組織の侵入である。
ファクリザデ氏は、なぜ今、暗殺されたのか
アモス・ヤディン氏は、イスラエルによるものとは言わないものの、ファクリザデ氏を暗殺した者が、なぜ、何を目的にして暗殺をしたかについて、3つの目的があったとの考えを述べた。
1)核の兵器化を阻止する
ファクリザデ氏は、2003年以降、イランの2部門の核開発(①核物質準備、②核の兵器可)のうちの核の兵器化の中心人物であった。以前から、イスラエルはこの人物に注目していた。今まで、暗殺に至らなかったのは、様々な理由や、準備が整わないなどが理由があったとみられる。
*イランの核開発の理念
イランの核開発は、非常に複雑だとヤディン氏は語る。イランは、今急いで核兵器を保有しようとはしていないという。いくら時間がかかっても、合法的に核兵器を作り出せる環境をつくるというのが、イランの目標なのである。そうして、その時が来たら、あっという間に、核兵器を作り上げてしまう準備をしておくというのが、イランの作戦のようである。
そのために、①核物質の準備、②核の兵器化開発がすすめられながら、その時を待つということである。2015年の核合意はまさに、イランのこの思惑に沿ったものであるといえる。
今回、ファクリザデ氏を暗殺したことで、②の核の兵器可開発については、かなり阻止できたと考えられるが、なにしろ極秘分野であるため、どの程度、阻止できたかは不明だとヤディン氏。
また、①については、まったく影響は受けていないとみられる。
2)イランが報復攻撃に出れば、トランプ大統領が、イランの核施設を攻撃する理由になる
もしイランとイスラエルが対決することになる場合、イスラエルよりの大統領の時のほうがよい。
3)時期バイデン大統領が、2015年の核合意にアメリカが戻ることを阻止する
ヤディン氏は、アメリカが2015年の核合意で懸念されることは、イランに課された核開発の制限が期限切れを迎えはじめていることである。期限切れになれば、経済制裁から解放され、いずれ、イランは合法的に核開発に戻ることができるようになってしまう。このために、トランプ大統領は、この合意から離脱し、国際社会全体の合意ではないと示したわけである。
www.nikkei.com/article/DGXMZO65039860V11C20A0FF2000?unlock=1
しかし、今、バイデン氏は、この合意に戻ることを示唆している。すると、逆にイランが、アメリカが再加入する条件として、これまでの経済制裁への補償を求めるなどの動きに出ているという。これはイスラエルとしても、絶対にあってはならないことである。
今回のファクリザデ氏暗殺により、イランとアメリカの間には大きすぎる亀裂が入ったともみえ、もはやいくらジェントルマンのバイデン氏でも、この合意に戻ることは非常に難しくなったとの見方がある。
一方で、ヤディン氏は、2015年の合意にアメリカが戻ることを全く否定するわけでもないと語る。もし、バイデン氏が、イランとの合意事項を整理し、本当にイランが核兵器開発ができないような内容で合意できるなら、それはいかなる軍事行動よりも、望ましいと語る。