イラン情勢まとめ:ヨシ・コーヘン前モサド長官がイランに警告か 2021.6.12

インタビュー時のコーヘン氏 チャンネル12

ウイーンで4月から、JCPOA(包括的共同行動計画:イランの核開発に関する合意)関係国とイランとの核合意に関する交渉が行われている。

しかし、何度も期限切れとなり、再開を繰り返しながら、まだ何も決まらず、頭打ち状態になっている。次の再会は6月12日からである。

*JCPOA参加国:アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国、EUとイラン

しかし、イランに譲歩する様子はほとんどなく、アメリカのブリンケン国務長官は、「このままであれば、イランが核開発について合意したレベルにまで戻す気があるかどうかわからない。」と述べた。

www.jpost.com/middle-east/iran-news/blinken-iran-not-close-to-returning-to-2015-nuke-compliance-670371

さらに、イランでは、6月18日に大統領選挙が行われることになっており、最終7人まで候補が絞られる中、欧米との対話に否定的な強硬派と目されるライシ氏が有力とされている。

www3.nhk.or.jp/news/html/20210525/k10013051391000.html

おそらくは予想されていたことだが、これは、イスラエルにとっては懸念すべき状況である。イランの核兵器の矛先はまずイスラエルであると言っているからである。またイランが核保有国になれば、サウジアラビアなど中東諸国も続々とこれに続いていくと思われるので、国際社会としても懸念すべき事態である。

こうした中、前イスラエルの諜報機関モサド長官のヨシ・コーヘン氏が、退任10日後の11日、イスラエルがどれほど、イランの核開発事情を把握しているかを明らかにした。12日のウイーンでの交渉再開に向けて、イランへの大きな牽制ともとれる動きである。

イランの核兵器開発にブレーキかからず

JCPOA諸国首脳とイラン外相
Wikipedia

イランと国際社会は、2015年にイランの核兵器開発疑惑があったことから、イランに対して、諸国は行なっていた厳しい経済制裁を徐々に緩和することで、イランが核開発を遅らせる方向で合意したのであった。

しかし、一部は期限が10年となっており、あと4年後には、その期限を迎えることとなり、イランが再び核開発を再開する可能性が見え始めている。

トランプ前米大統領は、この合意が期限付きであることを指摘し、2018年、独自にこの合意から離脱。イランへの経済制裁を再開させたのであった。

トランプ大統領は、経済制裁を再開して、イランの核開発能力を削ぐことが必要と考えたのである。イスラエルも、JCPOAの合意の不備を当初から指摘しており、トランプ大統領のこの動きを歓迎する立場であった。

ところが、イランの背後には、ロシアと中国がおり、トランプ政権が再開した経済制裁も、イランにはそれほど大きな痛みにはならなかったようである。

イランは、強気姿勢を崩さず、アメリカが合意から離脱したのならと、イランも合意から逸脱してウランの濃縮を再開したのであった。

イランは、今年4月、ウランの濃縮を核兵器製造レベル(90%以上)まであとわずかと考えられる60%まで上げており、IAEA(国際原子力機関)も、まもなくイランが核保有国になる可能性を指摘している。JCPOAによる合意で約束されたウランの濃縮は3.67%なので、相当なオーバーである。

www.jiji.com/jc/article?k=2021041800124&g=int

これを受け、イランとの核合意期限が4年後となった今、バイデン大統領は、アメリカがJCPOAに復帰し、合意期限を最善の形で延長することをめざすと表明し、4月からのウイーンでの交渉となったのであった。アメリカとイランの交渉はEUを介して行われている。

ところが、イランは、強気のままで、アメリカが、JCPOAに戻るためには、まず、今課している経済制裁をすべて解除することが条件だと主張し続けている。

6月に入り、アメリカは、1500以上ある制裁項目のうち、多くは緩和するとしながらも、数百項目は維持する方向を提示した。全部解除を訴えるイランに妥協する様子はない。

ブリンケン国務長官は、もはやイランが、合意に戻る気があるようには見えないとして、ウイーンでの会議ではなんの結論もないかもしれないとの声明を出している。こうなると、いよいよ、イスラエルは、独自の軍事行動でイランの核開発の芽を摘み取っていかなければならない。

www.jpost.com/middle-east/iran-news/blinken-iran-not-close-to-returning-to-2015-nuke-compliance-670371

こうした中、11日、次の長官に交代したイスラエルの諜報機関モサド長官、ヨシ・コーヘン氏が、イスラエルが、ここ数年の間にイランに対して行ってきた活動を明らかにし、イランに警告を発した形となった。

イランの核開発を把握している?イスラエルのスパイ組織モサド

1)イスラエルの諜報機関モサドとは

モサドとは、イスラエルの諜報局、つまりスパイ組織のことである。イスラエルには、軍の諜報機関アマン、国内諜報機関シン・ベトがあり、それらを総括するのがモサドである。独立宣言まもない1949年、ベングリオン初代首相によって創設され、今も活躍している。

モサドのメンバーは、約7000人。映画ミュンヘン(2005年:スティーブン・スピルバーグ監督)で描かれているように、スパイとして個人生活をすべて闇に葬ったモサド隊員たちが、テロリストを暗殺していくなどの働きも担っている。

今も、おそらく、西岸地区やガザ地区、シリアやイランなど、世界中で活躍していると思われる。彼らの名前は、たとえ死しても表に出てくることはない。

そのモサドの長官は、首相の側近として、必要な情報をいち早く首相個人に伝えるとともに、首相から直接指示を受けて、水面下でその指示を遂行する。モサドが、聖書の次の箇所に当てはまる存在して創立されたと言われている通りである。

箴言24:6
あなたはすぐれた指揮のもとに戦いを交え、多くの助言者によって勝利を得る。

箴言11:14
指導がないことによって民は倒れ、多くの助言者によって救いを得る。

敵に囲まれているイスラエルが、これまで生き延びることができたのは、このモサドの、人には全く見えないスパイたちの情報収集と暗躍によるところが大きい。

歴代首相たちは、モサドからの情報を得て決断し、作戦を遂行しながら、数々の中東戦争や、その後のテロの時代を乗り越えてきたのであった。

なお、モサドは、スパイ組織ではあるが、イスラエルの存続をかけて、治安維持のために活躍しているのであり、ロシアや中国など共産圏のように、中央集権を守るために個人の生活を監視するものではない。

2)モサドが把握するイランの情報

ネタニヤフ首相とコーヘン長官 GPO

ヨシ・コーヘン氏は、モサドで38年働いた後、12代目のモサド長官に就任。2016年から2021年までネタニヤフ首相の元で働き、様々な特殊任務を果たした。特にUAEやバーレーンと結んだアブラハム合意の背後で、コーヘン氏がかなり動いていたとみられる。

2020年に、ネタニヤフ首相が、サウジアラビアを電撃訪問し、モハンマド・ビン・サルマン皇太子に会った際、コーヘン氏が同行していたのであった。

www.timesofisrael.com/david-barnea-former-top-agent-appointed-next-mossad-chief/

コーヘン氏は、6月1日、4年間のモサド長官としての職務を終えて、デービッド・バルネア氏への交代を完了すると、地元テレビのインタビューに答えて、これまでの活動を明らかにした。

働きを終えたとはいえ、諜報機関長官の立場にある人が異例にも詳細な内容を語ったことから、世界の注目を浴びた。主な内容は以下の点である。

①2018年、イランのナタンツにあった遠心分離機を爆破したのはイスラエルであったこと。コーヘン氏は、自身が以下にナタンツの核施設を把握しているかに言及しつつ、今はイスラエルが破壊したので、イランが再建していない限り、もう跡形も無くなっていると述べた。

②2018年、モサドは、テヘランの倉庫からイランの核開発に関する資料を確保したこと。この資料は、全世界にむけて、ネタニヤフ首相が公開したものである。

③2020年11月、テヘランで暗殺されたイランの核科学者ファクリザデ博士について、暗殺を認めてはいないものの、モサドは博士の動きを把握していたと述べた。

ファクリザデ博士が、核開発の主要な研究者であったことから、イランの核開発は大幅に遅れたとみられている。博士の暗殺についてはイランはじめおおむねイスラエルによるものとみている。

これらのことから、コーヘン氏は、イスラエルは、イランの核開発の動きを把握している。従って、必要時にはすみやかに行動するとイランに警告した形となった。

www.timesofisrael.com/key-passages-from-outgoing-mossad-chiefs-revelatory-tv-interview/

なぜ今情報公開するかだが、ウイーンでの交渉を後押しするためか、もしかしたら、今、首相を退陣するみこみとなったネタニヤフ首相の功績を強調するという目標があったかもしれない。

一方で、ネタニヤフ首相は、自身の次に首相になるのは、コーヘン氏を考えていたという情報があり、コーヘン氏自身も、首相を目指す目標を否定していない。

退任後3年のクーリング期間を終えたら政界入りするとみられることから、今この時に自分の功績を明らかにしておいたとも考えられる。

なお、イスラエル軍は、この他にもシリア領内のイラン関係施設なども数多く攻撃を続けている。イスラエルへの攻撃の種は、まだ小さいうちに積んでおくためである。

新しいモサド長官:デービッド・バルネア氏

デービッド・バルネア新モサド長官

6月1日、ネタニヤフ首相が、デディと親しまれているデービッド・バルネア氏(56)がヨシ・コーヘン氏に代わって、モサド長官になると発表した。

バルネア氏は、六日戦争直後、3歳の時に、ホロコーストを生き延びた両親とともにイスラエルに移住。成長してイスラエル軍ではエリート戦闘部隊に所属した後、モサド25年働いた。2019年6月1日からは、コーヘン氏の元で副長官を務めていた。

就任にあたり、ネタニヤフ首相は、「バルネア氏の第一の任務は、イランの核保有を阻止することだ。」と述べた。来週、首相が交代になると見られているが、新しい首相と、新しいモサド長官のペアが、最善の働きをするようにと願うところである。

www.timesofisrael.com/david-barnea-former-top-agent-appointed-next-mossad-chief/

石のひとりごと

イランの核開発に、外交的なブレーキをかけられないということになれば、イスラエルは、これまで以上に、イランや各地の動きに目を光らせ、極秘に先手を打つような攻撃をますます激化しなければならないだろう。目に見えないモサドやその他の諜報機関隊員たちとその家族たちを覚えたとりなしも必要である。

イスラエルの再建は、聖書に預言された通りのできごとであった。しかし、それは、決して棚からぼたもちではなかった。その預言の成就を担うイスラエル人たちは、多くの血と涙を流しながら、膨大な支払いをしているのである。

選民といえば、聞こえはいいが、選民であるということの苦難は、私たちには計り知れないものである。

その中で、モサドの長官は別として、隊員のほとんどは、家族も名前も捨て、だれにも知られず、だれにも称賛されず、歴史にも残らない。自分の手を汚して、汚いこともしなければならない。心も身体もぼろぼろになりながら、スパイ活動をする人々がいて、イスラエルという国が成り立っているという側面も覚えなければならない。

同時に、自分がそういうこの世では、まったく認められなず、報われることもなく、ただ主だけが知っているというような働きができるだろうかとも思った。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。