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イランとイスラエルの関係がまた非常な緊張に直面している。イランの核兵器開発の拠点と見られるナタンツの核施設で、11日午後4時、主要電気系統を破壊する爆発が発生。これにより、ナタンツにあったウラン濃縮のための遠心分離機6000台中、数千台が破壊されたとみられる。また、イスラエルのカン・ニュースは、ナタンツにあった最新鋭のウラン濃縮基も破壊されたと伝えた。
イスラエルのチャンネル13は、この爆発の後、ナタンツ各施設は丸一日、稼働していなかったと伝えた他、後にアメリカは、この爆破で、イランの核開発は、6−9ヶ月遅れたとの見方を発表した。イランは、イスラエルによるものと断定しており、両国の対立がこれまでになく緊張を見せている。
ネタニヤフ首相は、ナタンツでの攻撃が、イスラエルによるとは認めていないが、「イスラエルはイランが核保有国になることは絶対に認めない。」と述べ、攻撃を示唆しているとも取れる発言をしている。
ナタンツ各施設の実際の被害
今回の爆発は、最初は大規模停電と伝えられたところ、すぐに爆発であったと報じられた。爆発現場の様子は映像では伝えられていないが、施設の地下に大きな穴が発生し、電気系統が破壊されたもよう。現場を見に行ったイランの原子力組織報道官のベフローズ・カマルバニ氏は、この穴に落下して重傷となり、病院に搬送されている。爆発当時、職員1000人がいたとされる中、カマルバニ氏以外の負傷者は報告されていない。
ニューヨークタイムスが、諜報関係者の情報(イスラエル人かアメリカ人かは不明)として伝えたところによると、この爆破は、仕掛けられた爆弾が遠方からの操作で爆発したとのことである。しかも電気系統の中枢を破壊するという、非常に計画性の高い攻撃で、イランのエネルギー委員アッバス・ダバニ氏は、イラン国営放送で、「敵ながら見事なやり口だった。」と述べたとのこと。
www.timesofisrael.com/natanz-blast-caused-by-remote-detonated-bomb-took-out-power-and-backup-report/
イランはイスラエルを非難:報復でウラン濃縮60%にすると宣言
イランのザリフ外相は、爆発の翌日12日、ナタンツでの爆発は、イスラエルによる核テロだと断定。「シオニストたちに報復する。」と述べた。また電気系統は、臨時対策ですでに回復させたとし、破壊された遠心分離機については、さらに高度なものに置き換えたと発表した。また、攻撃に関わったと見られる人物を逮捕したとも発表したが、いずれも未確認である。
また、イランはイスラエルへの報復であるとして、ウランの濃縮を現在の20%から60%にまで上げると宣言した。これは核兵器に必要な90%に一気に近づいた過激な声明である。しかし、イスラエルは、実際には、イランが60%にまでウランを濃縮することは、ナタンツが破壊された今では難しいと見ている。
ナタンツでの致命的とも言える爆発は、アメリカが、先進5カ国とEUがイランと締結したJCPOA(包括的共同作業計画)に戻ることを目標に、イランとの間接交渉(EU仲介)をウイーンで行っていた最中の事であった。
アメリカは、2018年、トランプ大統領の時にJCPOAから離脱し、イランへの厳しい経済制裁を再開しているが、これに反発したイランは、ウランの濃縮を、JCPOAの合意から大きく逸脱する20%にまで上げて、合意はもはや意味のない合意になりつつある。
さらに合意の期限があと数年後に迫っていることから、バイデン政権は、今、この合意を復活させて、イランとの新たな妥協案を模索しようとしているのである。しかし、イスラエルはこのバイデン政権の動きに反対を表明していたのであった。
最近のイスラエルとイランの攻防
イスラエルとイランは、近年、あまり深刻ではないレベルではあるが、サイバー攻撃などの応酬を続けている。また、ここ数ヶ月では、紅海やアラビア湾など、海上での攻撃応酬も発生していた。
この数ヶ月の間では、イスラエル船籍、少なくとも2隻がイランからの攻撃を受けた。すると、先週5日、イエメン沖の紅海で、イラン船籍の貨物船が海の地雷による攻撃を受けた。この時、イスラエルは、船がイラン革命軍のスパイ船であったと主張し、攻撃したことを認めた。また攻撃は、先にイスラエルの船が攻撃されたことに対する報復であるとも述べた。ナタンツへの攻撃は、この約1週間後ということである。
www.nytimes.com/2021/04/06/world/middleeast/israel-iran-ship-mine-attack.html
ザリフ外相は、「イスラエルは、JCPOAの会議を妨害したいのだろうが、そうはさせない。」とし、JCPOAとの交渉は続けると宣言。13日には、この緊張の時にロシアのラブロフが、テヘランを訪問し、イランの立場を支持すると表明した。
www.timesofisrael.com/iran-blames-israel-for-natanz-attack-vows-to-take-revenge-on-the-zionists/
www.timesofisrael.com/parting-the-red-tape-israeli-tourists-wander-back-into-the-sinai/
その後、同じ日、ナタンツでの攻撃から2日後の13日、UAE沖、オマーン湾(ホルムズ海峡近く)にいたバハマの旗をつけたイスラエルの船に向かってミサイルが発射されたとの報道が入っている。被害は最小で、負傷者も出ていない。誰によるものかの発表はないが、イスラエルは、イランによるものと見ている。暴力の応酬は、終わる気配がなく、緊張が続いている。
イスラエルのエキスパートの懸念:アモス・ヤディン氏
イスラエル国内では、ネタニヤフ首相のこうした頑固とも言える態度に反論もある。元イスラエル軍長官の治安エキスパート、アモス・ヤディン氏は、今回の攻撃について、ネタニヤフ首相に法的な権力があったとは思えないと主張。ここまで、戦争の懸念をもたらす攻撃を実施する際には、治安閣議を通さなければならないが、今、まだ政府が決まっていない中で、それが行われていなかったと指摘する。ガンツ国防相との十分な対話があったかどうかも不明だとも指摘する。
ヤディン氏は、イランが核保有国にならないような対策においては、アメリカとの一致が必須であり、まずは外交的な手段をアメリカが今講じているなら、それに協力し、もしイランがJCPOAでの建設的な合意に応じない場合にどうするかについてもアメリカと一致して行動することが必要だと述べる。
アメリカが、JCPOAから離脱して、経済制裁を再開したことについては、予想した効果が得られていないことが挙げられる。トランプ大統領とネタニヤフ首相は、経済制裁により、イランの政権が国内から崩壊することを期待していた。しかし、イランの経済については、アメリカに続いて制裁を実施しなかった中国やロシアがいたこともあり、内側から政権を崩壊させるまでには至らなかった。
逆に、イランは、経済制裁を再開したアメリカや、シリアやイラクのイラン軍拠点への攻撃を続けるイスラエルへの反発から、ウランの濃縮を20%まで上げるという逆効果にまで発展してしまった。
さらにJCPOAについては、今のままであれば、契約が数年後には期限切れとなるため、その後は、イランが無制限に核開発をして良いということにもなってしまう。今、バイデン政権が目指しているのは、アメリカがJCPOAに戻って新たな交渉を行い、よりイランの核開発への締め付けを含む形の合意にして、合意期間を延長することである。ヤディン氏はこれに今は協力するべきだと言っている。
また、今回のナタンツへの攻撃について、ヤディン氏は、ネタニヤフ首相が、今はまだ暫定首相の立場にありながら、これほどに危険な指示を出すことに法的な権威があるかどうかを疑問視する。治安閣議は、大事に至るような攻撃の是非を論議する場だが、ガンツ防衛相との関係悪化や、総選挙問題などで、2月以降、機能していない。ヤディン氏は、今(政府不在)は、治安情勢を悪化させるような時期ではないと述べた。
ナタンツへの攻撃が実施された今、ヤディン氏は、イランがイスラエルに軍事的な反撃をする可能性以外に、イスラエルが最も懸念するところの核開発を前進させる可能性が高いと警告する。つまり逆効果という意味である。
さらには、JCPOAでの世界諸国との対話において、イランが、大手を振って態度を硬化させること、またイスラエルとバイデン政権の関係にもヒビが入るとの懸念を表明している。実際、イランの態度はそのようになってきていると言える。
www.timesofisrael.com/ex-idf-intel-chief-questions-netanyahus-authority-to-order-attacks-on-iran/