イランとの“最悪”の核合意の中身とは?:対処で対峙するラピード首相とネタニヤフ元首相 2022.8.30

Amos Ben-Gershom (GPO)

2015年に始まったJCPOA(先進国とイランの核合意)の再建と、アメリカの合意への復帰についての交渉。危機感が広がっているが、今いったい、どうなっているのか、なかなか明らかにはなってこないのだが、Times of Israelが、ハアレツ紙の調べ(出典元は不明)としてまとめている記事によると以下の通りである。

まず、先月、EUが合意書の最終案とするものをイランに提出。イランはそれを検証し、独自の修正を加えたものをEUに差し戻した。次にアメリカが、それを検証し、独自の修正を加えて、EUに差し戻した。これが現時点である。

イスラエルでは、その対処について、諜報機関モサド長官と、ネタニヤフ元首相が、公に危機感を表明して、アメリカに以前ほど強い働きかけをしていないラピード首相に意見し、対立する動きも見られている。このような時に国が分裂することこそ危険だとの声が上がり始めている。

一方で、逆にイランが、そんな合意には乗らないといった姿勢も見せ始めており、余談をゆるさないやりとりがメディア上で繰り広げられている。

前の合意より危険!?EUの最終合意案とはどのようなものか

情報によると、EUの草案は、一回で署名が完了するのではなく、4段階に分けて互いの信頼を確認しながら進んでいき、最終的に合意が完了するのは、165日後になる。4段階の流れは以下の通りである。

1) イランは、2015年の合意からの逸脱した項目について、直ちに停止する。(20%や60%といった高レベルの核の濃縮活動を停止する)。しかし、すでに蓄積している濃縮ウランは保持してよい。また、イランは、捉えている西側の囚人を釈放する。これに対し、EUは、凍結しているイランの資産の解除と、一部経済制裁解除を行う。

2) バイデン大統領が、この合意案を議会に持ち込んで(5日間)、上下院議会の承認を得る。(30日かかる)

3) 国連安保理とIAEAにこれを伝えて、アメリカがJCPOAに復帰することを伝える。(60日かかる)

4) それから60日後、アメリカは正式にJCPOAに復帰し、2015年の合意に準ずる。(さらなる経済制裁解除を行う。)

なお、この後に、イランとアメリカがそれぞれの修正を加えたということである。その内容については、まだ明らかになっていない。結局のところ、今、イランとの核合意がどの段階にあるのか、どうなっているのか、実際のところ、よくわからない???という状態にある。

www.timesofisrael.com/iran-deal-draft-reportedly-includes-4-phases-would-take-full-effect-after-165-days/

イスラエルが主張する問題点

イスラエルがまず指摘するのは、合意への過程ですでに始まっていく経済制裁で、イランが確保する資金は、年1000億ドルにも及ぶとみられる点。また、これほどの経済制裁が解除されるのに、弾道ミサイルなどの非核兵器開発については、なんの制限もかけられていないということである。

核兵器については、合意により、ある程度のブレーキもありうるが、前回と同様、期限があるようである。INSS(イスラエル国家治安研究所)のクパワッサー博士によると、2015年の合意に戻ることで、2031年には、また合意の期限切れとなり、イランには、ウラン濃縮の制限がなくなり、核兵器を合法的に持ちうる状態になる可能性が出てくるという。

2015年の合意から、この7年の間に、イランはすでにウランを60%まで濃縮できるようになっている。また、それを搭載するミサイル技術も格段に進歩した。2015年当時とは、比べ物にならないほど危険になっているというのが現状である。

さらに、イランが常に真実を言うとは考えられない中で、資金がイランに流入することは、イランが、核兵器をもつようになることを許すようなものである。その被害を真っ先にこうむるのがイスラエルということである。

また、イランへの経済制裁か、解除されることで、ロシアがイランを経済活動の窓口に利用することが可能になる。ロシアはすでにその意思表示をしている。

全体的にみれば、中東においては、ますますアメリカが弱体化し、ロシア、イラン、中国が強くなるという見通しである。

ラピード首相のこれまでの動き:防衛関係高官を次々アメリカへ派遣

ラピード首相は、イスラエルはこの合意に関しては、断固反対を表明。国家安全保障顧問エイヤル・フラタ氏をワシントンに派遣し、続いてガンツ防衛用を派遣して、イスラエルの危機感をアメリカ政府に伝えていると発表。アメリカがEUに合意案を修正後差し戻すにあたり、イスラエルの要望はおおむね、取り入れてもらえたと楽観的な見通しを発表していた。

ところが、その発表のすぐ後の25日、イスラエルの諜報機関モサドのバルネア長官が、「この合意は、イランの嘘に基づいている。“戦略的な災害”だ。」と強い表現で、ラピード首相とは、まったく違った見解を発表。イスラエル国内の意見の不一致を表面化させた形となった。ラピード首相は、バルネア長官を召喚し、説明、一致を図っている。

Yossi May GPO

その頃、ガンツ防衛相は、25日にイスラエルを出発して、ワシントンを訪問。26日に、アメリカの国家安全保障顧問ジェイク・サリバン氏と会談した。

ガンツ防衛相は、アメリカに対し、イランに合意を遵守させるよう、軍事的な圧力という選択肢を備えるよう、要請したとのこと。

また防衛関係のシンクタンクの集まりで、イランを取り囲む情勢に関するプレゼンを行った。おおむね良い反応を得たと伝えている。

Yossi May

また来週には、モサドのバルネア長官が続けてワシントンを訪問する予定で、アメリカ政府に対し、治安関係トップ3人を次々に派遣することで、イスラエルの真剣な危機感の訴えを印象付けたい考えのようである。

ラピード首相は25日、今この後に及んで、イランの核開発を静止できるものがあるとすれば、軍事的な脅威でしかないとの考えを表明している。

www.timesofisrael.com/mossad-chiefs-harsh-criticism-of-looming-iran-deal-caught-lapid-off-guard-report/

ラピード首相の方針を批判するネタニヤフ筆頭野党党首

しかし、こうした動きについて、ネタニヤフ氏は、首相の動きが不足しているとの厳しいコメントを表した。

2015年の合意の際、ネタニヤフ氏は、しつこいほどに、世界に向かって反対を表明。トランプ前大統領の時には、アメリカの議会で演説、有力テレビ放送で演説するなどして、アメリカをJCPOAから離脱させたることができたと主張している。今回も独自にアメリカのメディアに出演して、危機をアピールしている。

以下は、8月25日にアメリカの右派系として知られるFOXニュースで、イランとの合意に危険性をアピールするネタニヤフ氏。

こうした動きを受けて、ラピード首相は、29日、ネタニヤフ氏と会談した。ところが、ネタニヤフ氏は、「今のイラン危機は、ラピード首相とガンツ防衛相が、居眠りしていて、世界にむけて訴えをアピールしてこなかったせいだ。」として、会談前より不安になったと記者団に語った。また、11月1日に自分が政権に戻ったら、徹底的に、イランの核開発能力を破壊するとも語った。

これに対しラピード首相は、「イラン対策について、ネタニヤフ氏と論争はしたくない。そういう、政治的なうちわの論争こそがイスラエルを危機に陥れる。今大事なのは、イランに核兵器を持たせないということだ。野党党首にお願いしたいことは、政治的な対立でイスラエルの治安を脅かさないでほしいということだ。」と述べた。

www.timesofisrael.com/netanyahu-meets-with-lapid-for-briefing-on-emerging-iran-nuclear-deal/

結局のところ、何をしても、イランを止めるものは何もないのであり、結局は、どうやってイランの核開発拠点を武力で破壊することでその進歩を防ぐかにかかっていると言われている。したがって、イスラエルは、大国とイランの間で、いかなる合意が交わされても、イスラエルはその中に入っていないので、必要な対策(武力含む)は行使するとの立場を最初から明確にしている。

元モサド長官のヨシ・コーヘン氏は、29日、スイスで行われている第一回シオニスト会議から125周年記念イベントにおいて、これまで数えきれないほどのイランへの攻撃を行ってきたことを明らかにした。そうした影の軍事活動により、イランが核保有国になるのを防いできたということである。

www.timesofisrael.com/ex-mossad-chief-israel-targeted-nuke-program-in-the-very-heartland-of-iran/

石のひとりごと

ネタニヤフ氏は、イスラエルを守るためには、まったくもってはしたないほどの訴えをしてきた。それほどにイスラエルを愛し、その治安を守ろうとしているということである。

それが良いことなのか、どうなのか。ラピード首相はかつて、ネタニヤフ政権で財務相を努めてネタニヤフ氏とまったくうまく行かず。辞めさせられた経験がある。今はその立場が逆転しているわけである。

しかし、ラピード首相は政治家としても、軍事においても経験が薄い。超ベテラン政治家で戦争も乗り越えてきたネタニヤフ氏の意見も聞く姿勢はあるのではないかと思う。

非常に難しいところに立っているラピード首相。感情にふりまわされず、先輩の意見を聞きながらも、それにも振り回されず、最善の決断をしていくように、今、首相(聖書的な立場で言うなら、イスラエルの王)としてこの時に建てられている、若き首相を覚えて祈りたい。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。