イギリスのEU離脱とこれからの世界 2016.6.27

23日、イギリスが国民投票を行い、24日朝(英時間)には、EU離脱との結果が世界をかけめぐった。だれもが予想しなかった結果で、一気に世界をゆるがす事態となり、世界市場は一時大混乱となった。イギリスでは今もめまぐるしく事が動いている。

なぜここまで一大事なっているのかというと、前例のないことで、先がほとんど見えない中で、今後イギリスが没落し、ヨーロッパがばらばらになって没落していくのではないかという、暗い先行きが見え隠れするからである。

少々早い話だが、今後、イギリスがEUから離脱してしまうと、これまでイギリスを通じてEUに影響を及ぼして来たアメリカが、その窓口を失うことになるとも指摘されている。

www.reuters.com/article/us-britain-eu-usa-policy-analysis-idUSKCN0ZA351

すでに中東での威厳を失っているアメリカが、ヨーロッパでも影響力を失うことになれば、いよいよ”新世界秩序”(New World Order)を生み出す指導者の登場、というような黙示録的状況が、なんとなく見えてくる気配でもある。

いずれにしても、世界は今、新しい時代に突入しつつあるようである。

日本でも連日報じられていると思うが、ここでは、26日の時点までの動きのまとめと、それが何を意味するのか、またイスラエルにはどんな影響がありうるのか、様々な解説の中から、考察をこころみることとする。(主要情報源はBBC、日経新聞など)

<パンドラの箱をあけたイギリス>

1)イギリス内部の分裂

①国民の分裂

これまでに報じられている通り、EU離脱への賛成は52%、反対は48%という接戦だった。国民の約半分は、離脱に反対していたということである。

いくら多数決で決まったとはいえ、わずかの差でこれほど大きな決断をすることに対する危機感もある。EU分離の発表からこれまでに「投票のやりなおし」を政府に要請した人は300万人を超えた。

またイギリス国内で、スコットランドとならんで、6割という過半数が残留票を投じていたロンドン市では、本国から独立してでもEUに残留しようとの呼びかけに、16万人が署名している。

www.nikkei.com/article/DGXLASGM26H0L_W6A620C1FF8000/?dg=1&nf=1

もし本当にイギリスが、EUから離脱した場合、これからの協定内容にもよるが、ヨーロッパとの関税なしの自由貿易、ビザ取得なしで勉学、就労が可能という移動自由の特権が、制限される可能性があり、今後、イギリスの経済にマイナスの影響を及ぼす可能性がある。

残留を支持したのは、EUとの自由な関係になじんでいる若者たちと、EUとの”離婚”の複雑さと不利を知っている上層知識階層だった。

一方、離脱を支持したのは、イギリスがEUに加盟する前の”大英帝国”の誇りを知っている高齢者や、難民の流入に対し、自己決定できないというEUの制度に不満を持つ労働者層だった。

この国民投票の数日前に、労働党議員で、EU残留支持者だったジョー・コックス氏が、国粋主義者とみられる男に暗殺されている。EUからの離脱を、英国の独立といったとらえかたをする者もあり、残留派との確執は感情的にもぶつかる可能性を示唆している。

イギリスでは、落ち着いて、統一した国としての一致を保つことが重要だとのよびかけもなされている。

www.bbc.com/news/uk-politics-36590824

②スコットランドがイギリスから離脱する?

イギリスは、イングランドと、自治権を有するスコットランド、ウエールズ、北アイルランドからなっており、United Kingdomと呼ばれる。しかし、イギリス政府のEU離脱が決まった場合、まずはスコットランドが、独立してしまう可能性が高くなっている。

スコットランドは、2014年、イギリスから独立するかどうかの国民投票を行い、残留を決めた。しかし、今回のEU離脱問題では、住民の68%が残留支持で、離脱支持は38%と、明確に過半数が、EU残留を支持するという、本国とは違う結果になっていた。

このため、スコットランド自治政府首相のニコラ・スタージョン首相は、投票結果がでるやいなや、早々とイギリスからの独立を問う国民投票を行い、イギリスとは別に単独でEUに残留する道を模索する可能性がかなり高いと発表。EUにもこの旨を伝え、スコットランドの席を残しておいてくれるよう要請を入れている。

その後の世論調査では、スコットランド市民59%がイギリスからの独立を支持すると答えている。

www.bbc.com/news/uk-politics-eu-referendum-36629331

③政界の分裂

国民投票の結果が確定すると、国民に対しEU残留を熱心にすすめたキャメロン現首相が、10月までに退任し、今後のEUとの協議を次のリーダーに任せるとの意向を発表した。

これを受けて、イギリスは、EUとの協議以前に、新しいリーダー選びをまずしなければならなくなった。

大々的な総選挙になるというわけではなく、キャメロン首相が所属する保守党の中から新しいリーダーが選ばれる事になる。問題は、同じ保守党の中でも、離脱派と残留派に別れていることである。

基本的に、次の政権は、離脱賛成派が責任をもってEUとの”離婚協議”を進めることになるみられるが、離脱派を指揮してきた前ロンドン市長のボリス・ジョンソン氏は、首相の器ではないと言う声もあり、だれが時期首相になるのか、まだ未知数である。

また月曜からイギリスで大問題になっているのが、野党労働党が、崩壊しそうな勢いにあることである。

労働党党首のジェレミー・コルビン党首は、2015年に、大きな期待をもって党首に就任したにもかかわらず、反ユダヤ主義発言で、スキャンダルになったり、今回の国民投票では、離脱、残留どちらの意見なのかさえ明確にせず、ほとんど何の運動もしなかった。

そのため、コルビン氏に対する不信任の流れが一気に表面化し、党の右腕ともいえるヒラリー・ベン氏が、コルビン党首に直接不信任を指摘して解雇された。この他、すでに2人のトップ野党閣僚が辞任を表明している。

与党が次期首相選びで争っている中、野党がしっかりしていてほしいところだが、その野党も崩壊しつつあり、BBCは26日朝からこの問題を断続的に報じている。

www.bbc.com/news/uk-36632956

*離脱撤回はありうるか?

以上のように、24日、国民投票で離脱と発表されてから、イギリスは大変な混乱に陥っているのだが、ひょっとして離脱撤回ということはありうるのか?

26日になり、スコットランドのスタージョン首相が、国民投票結果への「拒否権」を発動すれば、イギリスのEU離脱を阻止できるのではないかと言った、しかし、実際には、難しいとみられる。

www.bbc.com/news/uk-scotland-scotland-politics-36633244

とにかく前代未聞のことであるため、何が起こるかは全く不明だが、元英首相のトニー・ブレア氏は、現時点で、EU離脱がひっくり返るとは考えにくいと話している。

2)EU崩壊の危機

イギリスの国民から、いわば離婚状をつきつけられたEUも動き出している。EUが今最も懸念するのが、イギリスに続いて、ドミノ式に、加盟国が離脱し、組織が崩壊してしまうことでる。

ヨーロッパでは1946年、イギリスの首相チャーチルが、「ヨーロッパ合衆国」を提言するなど、再び世界大戦に逆戻りしないよう、また旧ソ連の脅威からヨーロッパを守るためにも一致する気運が高まった。以後、システムが変化しつつ、また加盟国が加わりながら、今のEUとなったものである。

その目的は、争いを防ぎ、共に繁栄することである。それが崩壊することは、また国同士の競争や争いの時代に逆戻りするとの懸念にもつながる。

しかし、イギリスは、EUの中では、ドイツ、フランスに次ぐ第三番目に貢献する国で、いわばトップリーダーの1人。それが背を向けたことで、他の国々も、続いてEUから離脱してしまう可能性は十分考えられる。

実際、スペインでは、現在、総選挙が行われているが、反EU派が躍進しているという。ギリシャも、EUから経済支援を受ける代わりに、厳しい緊縮政策を強いられており、国民のEUへの反発は依然、高いままである。

www.nikkei.com/article/DGXLASGM26H06_W6A620C1FF8000/?dg=1

また、イギリスの拠出金は、年間140億ユーロ(1兆5900億円)に上っており、今後穴埋めが加盟国の負担となる見通しで、そこからも離脱が始まる可能性はある。

www.bbc.com/news/uk-politics-eu-referendum-36470341

ドイツを中心とするEUの代表6カ国はただちに会合を行い、イギリス以外の加盟27国は、まずは一つにとどまる事を確認する声明を出した。

また、イギリスに対しては、「離脱するなら、早急に協議をはじめてほしい。」との共同声明を出した。離脱手続きが長引くことで、他の国々にも離脱を考える時間を与えることになるからである。

今後の手続きとしては、リスボン条約50条に基づき、イギリス自身が離脱手続きの開始を理事会に申請し、そこから2年以内に手続きを完了する。その2年間は、EUとの関係を現状維持できるが、議会での決定権にはかかわらないという。

その2年の開始のスイッチを押すのは、イギリスであり、EUはイギリスの動きを待つしかない。キャメロン首相はこのスイッチを次の首相に押してもらうと言っており、少なくとも10月までは、活発な動きはないということになる。

日経新聞によると、EUは経済への不安を払拭するため、イギリスの離脱後包括協定の検討に入っているという。しかし具体的なことは当然、上記の手続きが開始し始めてからになる。

www.nikkei.com/article/DGXLASGM25H6F_V20C16A6MM8000/?n_cid=NMAIL003

*そうは問屋がおりない?

保守党で、残留派のフィリップ・ハモンド英外相は、「離脱派は、ヨーロッパは、結局イギリスを必要としているのだから、自由市場へのアクセスは今まで通りで、難民政策については、イギリスの利害最優先が可能だと考えているようだが、そのように進むと思ったら間違いだ。そこはバランスをとった形になるだろう。」と釘をさしている。

つまり、イギリスの離脱派が考えているように、自由市場は確保したまま、難民への受け入れは完全に拒否するという形にはならないということである。

<ビジネス界の動き>

いろいろ複雑なことはわからないが、イギリスがEUの一員でなくなることで、イギリスとヨーロッパの間の自由市場になんらかの制限がかかってくる可能性がある。

すると、ヨーロッパへの事業を展開する銀行や企業が、ロンドンに本部を置くことに不利益が生じることになる。ファイネンシャルタイムスによると、HSBC (香港上海銀行)では、スタッフをフランスへ移動させる可能性を示唆しているという。

next.ft.com/content/23d576b0-386a-11e6-a780-b48ed7b6126f

イギリスには、トヨタやホンダなどを含む日本企業約1000社が事業を展開している。ホンダは、イギリスで約12万台を生産し、その3割をヨーロッパへ輸出している。

イギリスのEU離脱問題から、もしイギリスが、ヨーロッパの自由市場から一部で実閉め出されることにでもなれば、イギリスからヨーロッパへの物流は”輸出”となり、関税がかかって来る可能性がある。

円が急騰していることもあり、今後の状況によっては、イギリスからの移動も検討しなければならなくなっている。日本への影響は避けられない。

<イスラエルへの影響>

1)政治的影響

イギリスのEU離脱の直前、リブリン大統領、アッバス議長は、それぞれ、ブリュッセルのEU議会にて、演説を行った。ブリュッセルで、両者が会談するのではと、多少は期待されていたが、結局、両者の接点はなかった。

その後、EUが今の混乱に陥ったわけだが、それが、イスラエル・パレスチナ問題にどう影響してくるか、様々な見方があるようである。

ある意見は、EUは、中東問題どころではなくなったので、フランス提案の中東和平交渉への圧力は、少なくともしばらくは遠のくと見ている。

一方で、イギリスが不在となり、アメリカの発言も届かなくなったEUは、反イスラエルに一致する形となり、イスラエルへの圧力は前より激しくなるという悲観論もある。結局の所、将来どうなるのかは、だれにもわからないということである。

いずれにしても、ヨーロッパでの、イスラム系難民の急増と、国粋主義の台頭は確かな動きであり、今後反ユダヤ主義がますます悪化する危険性はさらに高まっている。ヨーロッパにいるユダヤ人は早急にイスラエルに移住した方がよさそうである。

このイギリスの激震の中、イスラエルはロンドンへ新しい外交官を派遣した。長く首相府のスポークスマンとして活躍してきたマーク・レゲブ氏である。レゲブ氏は6月24日に、エリザベス女王に就任挨拶を行った。

www.haaretz.com/israel-news/.premium-1.727102?date=1466933202084

2)経済的影響

ネタニヤフ首相は、閣議冒頭において、「イスラエルの経済は強いので、大きな影響を受けるとは考えていない。」との見解を述べた。

カフロン財務相は、イギリスのEU離脱が決まってから、ネタニヤフ首相とイスラエル銀行総裁と協議を行った。また、24時間体制で世界経済を監視する特別室を設立し、イギリス情勢からの影響を監視しているという。

www.jpost.com/Israel-News/Israel-sets-up-24-hour-situation-room-to-monitor-Brexit-effects-457782

イスラエル財務省は、イギリスのEU離脱がイスラエルには追い風になる可能性もあるとみているようである。

もしイギリスからヨーロッパへの輸出が落ちた場合、ヨーロッパはイスラエルからの輸出を増やして不足をまかなう。一方、ヨーロッパからの輸入が減ったイギリスも、イスラエルからの輸出を増やして不足をまかなう、というのである。 

非常に都合のよい究極の楽観視・・・。

www.ynetnews.com/articles/0,7340,L-4820742,00.html

<石のひとりごと>

「イギリス一番」といって、EUからの離脱を決めたイギリスの動きは、アメリカでトランプ候補が「アメリカ一番」と言って、支持率を上げている動きと似ていると言われている。

全世界的に右傾化、国粋主義、自己保身に傾きつつあるが、イギリスのこの決定もその一連の流れの現れのようである。

しかし、「イギリス一番」「難民お断り」といった考えで、離脱票を投じた人が、結果的にこれほど大変なことになると予想していた人はどのぐらいいただろうか。

この問題は、いわば医師でもない人に、心臓手術をするかどうかを決めさせたようなもので、勢いで手術すると言って、いざ開けたはいいが、予想以上に困難で、不利益も多々あり、こんなはずではなかったというような事態になるのではないかとも懸念される。

”親方日の丸”で、やっていることを国民にはかなり隠匿してどんどん政治をすすめてしまう日本の政治には問題を感じるが、かといって、政治経済、外交といった専門的な知識がないと、どんな影響があるのかわからないような問題、しかも全世界をまきこむ大問題になるような案件を、一般群衆の、しかも多数決で決めるというのも、いかがなものかと思わされる。

いかんせん、サイはすでに投げられた。目を覚ましていなさいという聖書のことばが、ますます現実味を帯びる今日この頃である。

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。

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