アメリカ仲介:クルド自治区侵攻のトルコが停戦合意へ 2019.10.21

<これまでのまとめ>

シリア北部のクルド自治区への侵攻予告を受けて、トランプ大統領が、10月6日、その地域に駐留する米軍1000人を撤退させると発表すると発表。その2日後の8日、トルコは、シリア北東部、ユーフラテス川東のクルド自治区へ進軍を開始した。

トルコ軍は、480キロにもおよぶシリアとの国境からシリア側32キロ地帯を安全地帯にするため、クルド人勢力YPGを一掃するとして、この地域への激しい攻撃と進軍を開始した。

クルド人たちは、「アメリカはクルド人を見捨てた」と非難しながら、いっせいに撤退、逃亡したが、空爆などの激しい無差別攻撃で、8日後の18日までに一般市民も72人が死亡。難民となった人々は、30万人と推測されている。クルド人の民族浄化になるのではないかと世界は懸念した。

www.bbc.com/news/world-middle-east-50091305

問題は、この地域が、ISを追放してクルド自治区になった地域であったため、多数の元IS関係者捕虜やその家族の収容所が存在するという点である。トルコ軍侵攻による混乱で、それらの施設が見捨てられ、すでに800人以上のISが解き放たれ、逃亡したとみられる。

世界は、クルド人を見捨てたアメリカ、トランプ大統領を大非難したが、かといって自ら介入し、クルド人を助ける国はひとつもないわけである。クルド人勢力は、予想されていた通り、シリアのアサド政権に救援を要請した。

要請に応じ、シリア軍は、14日、ユーフラテス川東北部タル・タマールに駐留を開始した。シリアによると、この動きは、ロシアの承認を受けていると表明した。これにより、アメリカの権威は失墜。ユーフラテス川東に、シリア、イラン、ロシア、トルコが控える形が現実となった。

実際、クルド人たちは、ロシアにも仲介を要請。ロシアも、この件に介入してくる動きを見せはじめていた。

<アメリカの巻き返し:ペンス副大統領とポンペイオ国務長官がトルコ訪問>

米軍のシリアからの撤退は、トランプ大統領の孤立を深め、アメリカの威厳をさらに落とす結果になったが、アメリカがそのままだまっていることはない。予告通り、トルコへの厳しい経済制裁を匂わせはじめた。

そうした中、17日、ペンス副大統領がポンペイオ国務長官を伴い、アンカラのエルドアン大統領を訪問。4時間以上の協議で、アメリカとトルコが、停戦への合意に至ったと発表した。

詳細はまだ発表されていないが、今後120時間(5日間)を停戦とし、トルコはクルド人たちへの攻撃をいったん停止するという。その間に、YPGとクルド人たちは、国境から32キロまでの地域から撤退を完了する。それを見届けたら、恒久的な停戦に入るということである。

この合意により、アメリカは、トランプ大統領が予告していたトルコを破壊するレベルの経済制裁は行わないことになり、トルコへの侵攻の責任も追及しないということで合意したもようである。

ペンス副大統領は、記者会見において、「アメリカはトルコの軍事行動には同意しないが、安全地帯設立については、これまでからも合意していた。」とし、ともかくも人命を守る事が先決とだけ述べた。

合意を発表するペンス副大統領の顔が、これまでになく緊張しているようにも見えたのが印象的であった。

ポンペイオ国務長官は、エルドアン大統領との会談が終わるとその足でイスラエルへ移動。18日朝、ネタニヤフ首相とシリア問題について会談し、アメリカとイスラエルに同盟関係継続を確認。その後、ブリュッセルに向かい、NATOのストルテンブルグ事務総長と会談する予定である。

www.timesofisrael.com/pompeo-lands-in-israel-for-meet-with-netanyahu-talks-on-syria/

*NATO(北大西洋条約機構軍(対ロシア西側連合)の動き

NATOとは、主にロシアなど、民主主義とは異なる勢力に対抗する西側諸国の連合軍のことである。トルコはその一員だが、今回のように勝手にシリアに攻め込み、ロシアの勢力を中東に招き入れる結果を作ることは、許容されることではない。

特にこの攻撃により、IS関係者が逃亡しており、ISに参加していたアメリカやヨーロッパ出身者たちが、帰国してくる可能性が出てきている。

ストルテンベルグ・NATO事務総長は、トルコがNATOの一員であることには変わりなく、今回のことも乗り越えられると思う。しかし、トルコが徐々にロシア側へスライドし始めていることは否定できないだろうとの見解を語っている。

<今後どうなる・・?:進む米軍撤退とすでに壊れ始めた合意>

アメリカが、危機一髪で、ロシアより先に仲介の旗を上げたことはよかったかもしれない。しかし、野党民主党員で下院議長のナンシー・ロペシ氏が指摘するように、この仲介がただのみせかけで終わる可能性も否定できないと指摘した。

だいたい、クルド人勢力が、裏切られたと思っているアメリカの策に乗って、完全撤退に応じるはずはなく、戦闘が再開される可能性は高い。そうなれば、今回の合意で、アメリカが、トルコが安全地帯を作るというトルコの”正義”に合意した以上、次に出す手がなくなってしまうだろう。

そうなれば、トルコは、アメリカの経済制裁回避は得た上で、クルド人たちを攻撃するということになる。

実際、停戦が始まってから2日目、シリア北部タルアブヤドで、(トルコの主張によると)クルド人の攻撃で、トルコ軍兵士1人が死亡。1人が負傷した。クルド人勢力(クルドシリア民主軍)はこれを否定している。

トルコのエルドアン大統領は、トルコ軍兵士が死亡したことを受けて、”テロリストの頭を砕く”と、クルド人を徹底的に排斥する意向を強調。トルコが軍事行動をいつでも再開する流れになりはじめている。

またトルコは、アメリカが責任を持って、クルド人を撤退させるべきだとも言っている。

www.bbc.com/news/world-middle-east-50108417?intlink_from_url=https://www.bbc.com/news/world/middle_east&link_location=live-reporting-story

こうした中20日、アメリカ軍主要部隊(車両70台コンボイ)は、予定通りシリア北部の要所を離れ、イラク領内にまで撤退を完了した。今後クルド人が頼れるのはシリア、そしてロシアということになり、いよいよロシアが介入してくる可能性が高まっている。

<石のひとりごと:福音派の活躍と反発>

中東の混乱が増す中、アメリカの2人の使者が動き回る姿は、黙示録に登場する2人の証人を彷彿とさせるところだが、奇しくも、ペンス副大統領とポンペイオ国務長官は、2人とも、福音派クリスチャンである。2人はそれを公にしている。

ポンペイオ国務長官は、11日、国務長官の立場で、「クリスチャンのリーダーとして」というようなことを述べ、政教分離の基本理念に反しているのではないかとの物議となった。

www.timesofisrael.com/us-secretary-of-state-delivers-contentious-speech-on-being-christian-leader/

ポンペイオ国務長官の発言は、クリスチャンカンセラー協会の会議での発言であるので、特に問題はないはずだが、その場が、国務省主宰であり、国務長官という公の立場であったため、違和感を感じた人もいたわけである。

これはいいかえれば、ポンペイオ国務長官が、本当に公にキリストを認めているということを意味する。これはペンス副大統領も同じである。世界からの孤立を深めるトランプ大統領とこの2人のクリスチャンの動きは、非常に興味深いところである。

別件になるが、世界では、同じく福音派クリスチャンであることを公にしているエチオピアのアビー・アハメド首相(43)が、ノーベル平和賞を受賞した。アハメド首相は、父はイスラム教、母はエチオピア正教だが、自身はプロテスタントである。

内政でも外交でも、あちこちで和解を実現したことで、今回の受賞となった。

www.christiantoday.co.jp/articles/27284/20191012/ethiopia-pm-abiy-ahmed-nobel-peace-prize.htm (日本語)

現実の世で、クリスチャンたちが実質的な貢献もしている姿に励まされるとともに、特に今は、アメリカ政府でトランプ大統領を支えるペンス副大統領、ポンペイオ国務長官という2人の兄弟を覚えて祈る時であろう

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。