クリスマスの週末にイスラエル兵14人戦死 2023.12.25

クリスマスの週末にイスラエル兵14人戦死

イスラエル軍が、ハマス中央部へ迫るにつれ、戦闘も激しくなっている。どこからハマスが出てくるかわからない。どこで、爆発が発生するかわからない。まさに戦争である。これがほぼ休みなくであるので、最前線兵士たちの疲弊は想像を超えている。

以下は、爆弾をしかけるハマスの様子。

24日にイスラエル軍が発表したところによると、今週末だけで、戦死したイスラエル兵は14人となった。銃撃戦で死亡した兵士の他、対戦車砲に乗っていた戦車に当たったり、仕掛けられた爆弾にあたって死亡した。一人は救急隊員だった。これにより、地上戦開始からの戦死者は153人となった。なお、これに先立って戦死していた司令官丘の人が4人いた。

デビッド・ボグダノスキー軍曹(19)、
オレル・バシャン軍曹(20)
ガル・ハーシュコ軍曹(20)
ロイ・エリアス軍曹(21)
イタマル・シェメン軍曹(21)救急隊員
ナダブ・イッサカル・ファルヒ軍曹長(30)
エリヤフ・メイール・オハナ軍曹長(28)
エリサフ・ショシャン一等軍曹(23)
オハド・アシュル一等軍曹(23)
オシリ・モシェ・ブツアイク大尉(22)

石のひとりごと

クリスマスにこれだけの若者たちがいなくなった。ここまで、息子を愛をいっぱいこめて、生まれた時から今にいたるまで、毎日をともに育て上げた母親たちの慟哭の悲しみを思うと、本当にわずかではあるが、少しその耐え難い痛みを感じさせられた。

またこのニュースを見たあと、どういうわけか、十字架からおろしたイエス・キリストの遺体を抱く悲壮なマリアの顔を見た時に、戦死した兵士たちの母親を思わされた。

イスラエルという国は、聖書の神とその神が愛にみちた神であることを実質的に表す器として選ばれているのだが、歴史を見れば、それは、彼らの苦しみを通してという流れである。

イエスの母マリアは、イスラエル人として、結婚前の身でイエスを産むという、社会的にも難しい役割を与えられた。

そうして、心をこめて愛し、育て上げた息子を、罪がないのに罪人として、十字架で処刑されるのを目撃することになる。その痛みはどれほどのものかと思う。

イエスがこうして一旦死ぬことで、人類の罪のあがないが完成するのだが、そのプロセスの中で、イスラエル人であったイエス自身、またマリアも相当な苦しみを通ったということである。(その後復活するまでの3日間)

ここでは全部書ききれないのだが、聖書によると、イスラエルという国は、常にの先を行って、その失敗によって、反面教師的に異邦人たちに神がいることと、その神による救いがあることを世界に届けるための器として、用いられている。聖書は次のように言っている。

もし彼らの違反が世界の富となり、彼らの失敗が異邦人の富となるのなら、彼らの完成は、それ以上の、どんなにかすばらしいものを、もたらすことでしょう。(ローマ書11:12)

この大変な使命のゆえに、最終的には、イスラエルは勝利と栄光を得ることになると聖書は約束している。しかし、それまでは、まだまだ苦難の道を通るだろう。

ここで全部を説明することはできないのだが、イスラエルとハマスの戦いは、単に政治的なものでなく、霊的な背景がある。ネタニヤフ首相が言うように、イスラエルは大部分の人類が擁する聖書の価値観・信仰へ挑戦の戦いを、私たちに先立って戦っているということなのである。

こう考えると、今、ハマスと戦って、戦死したイスラエル人の若者たち、またその母親たちに、私自身も大きな仮があるとも感じる。

クリスマスに象徴される救いは、イエスキリストによるものである。しかし、それを現実世界で明らかにする舞台となったイスラエルもまた最後まで苦しむということも覚え、このクリスマス、イスラエルの人々、特に戦場にいる兵士たちやその家族、人質とその家族、家に帰れなくなって、避難民のままになっている南北国境の人々などを覚えて、今は天で主権者となっている主にそのあわれみを請いたいと思う。

石堂ゆみ

石堂ゆみ

ジャーナリスト、元イスラエル政府公認記者、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて20年。学校・企業・教会などで講演活動もしています。