エルバアル(ギデオン)の名前発見:1100BCの遺跡から 2021.7.16

エルバアルの名前が書かれた破片 出典:IAA

士師記時代にあったエルバアル(ギデオン)という名前

ここしばらく、聖書考古学の新しい発表が相次いでいる。12日、聖書の士師記時代の登場人物で、教会学校などでは特に愛されている英雄、ギデオンの別名、エルバアルという名前が、インクで書き込まれたつぼの破片が発掘された。

士師記に登場する人物の名前の文字が発見されるのは、初めてのことである。

発掘された場所は、イスラエル中央、カナン人時代からの遺跡があるラキシュに近い、キルベット・エル・ロイ。

ユダの山脈と海岸の間のシフェラ(低地)と呼ばれる独特の低い丘がつづく地域である。サムソン、後には、ダビデがゴリアテと戦った地域である。

ヘブライ大学、イスラエル考古学庁、オーストラリアからの発掘チームなどが、2015年から、毎夏、発掘調査を行な

低地にある発掘地
キルベット・エル・ロイ
IAA

っていた場所で、7年目の大発見であった。

*士師記とエルバアル(ギデオン)

士師記の時代は、紀元前12-11世紀、出エジプト後に、カナンの地に来たヘブル人が、カナン人を制覇できずにいた時代である。国家はまだなく、順次出てくるリーダーたちが、ヘブル人たちを導いていた。

ギデオン(エルバアル)はそのうちの一人で、弱くなんの力もなかった人物が、主に呼び出されて、まずは地元で信仰されていたバアルの祭壇を破壊し、そこにあったアシェラ像も破壊する。(士師記6章)

その後、イスラエル北部、ハロデの泉周辺で、わずか300人とともに「主の剣。ギデオンの剣だ。」と叫びながら、ミデヤン人を撃退したことが聖書に書かれている。(士師記7-8章)その後、この地域はギデオンの支配の元、40年間は穏やかであったと聖書は記録している。

エルバアルの文字が書かれたつぼ

IAA

文字は、小さな1リットルほどの香油などが入るとみられるつぼ(炭素14法で1050BC)に書かれていたもので、その破片がみつかったということである。

この年代は、ダビデ、ソロモンがイスラエル王国を立ち上げる前であり、聖書では士師記の時代ということになる。

使われている文字は、カナン時代のもので、アルファベット5文字である。これらは「エルバアル」と読める。しかし、破片である以上、これが別の言葉の一部である可能性も否定できないという。たとえば、この5文字の前につく文字によっては「アズルバアル」になる可能性もある。

しかし、つぼに書かれていたことからも、所有を表すための名前である可能性は高く、最初がユッドであることからも、エルバアル(イエルバアル)であると見てさしつかえないとヘブライ大学のハガイ・ミスガブ教授は語っている。

エルバアルという名前は、今のところ、聖書の中でのみ見られる名前である。

その名前が、ちょうどエルバアル(ギデオン)が登場する士師記の時代の遺跡からみつかったということであれば、少なくとも、その名前がその時代に実在したことを証明することになる。無論、本人のものであった可能性も否定できないわけである。

また、この発見は、古代の文字の変遷を明らかにするものでもあった。この地域では、紀元前1800年ごろ、エジプトの支配を受けていた時代に、アルファベットが使われていた。

この時代の文字は、キルベット・エル・ロイに近い、カナン人の大都市、ラキシュの遺跡でみつかっている。

しかし、ラキシュがヨシュア一行に滅ぼされた1150BC以降のものとみられるこの文字はどこにもみつかっていなかった。このため、この文字とその後みつかったイスラエル、ヘブル文字との間に、150年ほどの空白があり、両者の明確なつながりが不明であったということである。

しかし、今回、この文字がラキシュから約4キロと近隣のキルベット・テル・ロイで、しかも、ヘブル人の名前の表記で発見されたことから、このアルファベットは、ラキシュが滅びたあともヘブル人たちが、引き続き使っていったことが明らかとなった。

イスラエル王国前の士師記の時代の生活と習慣

発掘現場 IAA

キルベット・エル・ロイは、葡萄畑にかこまれた発掘現場である。ダビデ王の時代(10世紀BCの層)とその下にある士師記の時代(11-12世紀BC)のものが発掘されている。

カナンにヘブル人と同じ頃、この地域に来て住んでいたとみられるペリシテ人たちの遺跡も発掘されている。

IAA

その時代の生活においては、つぼに入れた食物を地下の貯蔵庫に入れておくという習慣があったという。キルベット・エル・ロイでは、地下の貯蔵とみられる穴が20箇所発見されている。

今回のつぼは、こうしたつぼとともに発見された。つぼの名前はその所有者を表したと考えられる。

考古学者のガーフィンケル教授は、これらのつぼは、

考古学者ガノール教授とガーファンケル教授
IAA

内容物を10-50年保存されるのに使われたと語っている。しかし腐ったものもあったとみえ、不要になったつぼをはき捨てたとみられるゴミ捨て場になったとみられる穴もあるとのこと。

また、この時代、カナン人の神はバアルで、人の名前がバアルで終わることは普通であった。

その後、ダビデ、ソロモンの時代になると、バアルが偶像であることが強調されるようになり、名前にはバアルではなく、エレミヤフなど、ヤフがつくようになる。

www.timesofisrael.com/five-letter-inscription-inked-3100-years-ago-may-be-name-of-biblical-judge/

ギデオンは、イスラエルの神に支えたが、エルバアルというニックネームが聖書に残されている。せっかくバアルの祭壇を一掃したのに、エルバアルという別名が聖書に残されたというのはどうにも腑に落ちないところである。

バアル信仰がいかに地元に染み込んでいたかを想像さられる点でもあり、イスラエル王国の前の移行期である士師記時代ということを表しているといえる。

石堂ゆみ

石堂ゆみ

ジャーナリスト、イスラエル政府公認ガイド、日本人初のヤド・ヴァシェム公式日本語ガイドとして活動しています。イスラエルと関わって30年。イスラエルのニュースを追いかけて18年。学校・企業・教会などで講演して15年になります。